16 何も無いけれど死体はあった ◆
その花畑は、ありませんよ?
死体を求めて踏み入った花畑だが、若干拍子抜けである。
淡々と続く花畑は入った当初から見飽きた光景であるが、こうも変化が無いと最早背景である。
背景は死体ではないとか言う以前に、そもそも生きていない。
そもそも花はどれも生きてはいない。
きっと皆花と向き合わなさ過ぎなのだ。
それはヒナガタの花が散る前からそうだ。
この様な異様な光景、異様な場所が大陸の東側から広がって来ると言うのに、誰もその脅威を見ようとしていない。
それはこの花畑の持つ特性なのかも知れないけれど、きっと無視できない程度の割合で人間の性でもあるのではなかろうか。
誰も向き合おうとはしないのだ、花畑と。
それは花畑を軽視していると言う訳では無くて、脅威だから目を逸らしているだけなのだ。
死体だってそうだ。
いずれ誰もが行き着く未来であり終焉であり、それでいて誰もが目を背けそこに至らない様に無様に足掻く。
死体屋は皆が目を背けるそれに目を向ける。
目を向けるが故に目を背けられる。
ただ見れば良い。
そこに何も無いと言う事が、ただそれだけの事が容易に理解出来るのだから。
王女の呻き声が聞こえる。
フセンの寄越したこの手提げ鞄は王女の奇術を悉く封じている様だ。
淡々と花畑を歩く。
だが、本当に歩いているのだろうか?
花畑と呼ばれる場所は存在しない。そこには何も無い。
なら、歩くと言う行為、距離を移動すると言う行為も意味が無いのではなかろうか?
ここは何も無いのだからどこでも無い。
どこでも無いのだからどこでもある。
そう理解すれば、ほら、やっぱり。
「死体だ」
そこに転がっているのは死体だ。ああ、まだ生きているとも言えるか?
私の見立てではもう動き出す事は無いだろう。
でも、まだ身体はほぼ生きている。
脳死、と死体屋が呼ぶ現象だ。
頭が死んでいて身体が生きている状態。
非常に、付加価値の高い死体だ。
上手く生かせば意識の無いまま生き長らえさせる事も出来る。
それは生きている死体、非常に高く売れる死体だ。
嬉々としてその死体を確保しようとして、目の前にカミノクラ=アズキが現れた。
が、カミノク=アズキはそこにいない。
「若造を片付けたと思ったら……貴方、何?」
随分と抽象的な質問をされたが、私を定義する単語等一つしかない。
「死体屋だけど?」
目の前の存在しないカミノクラ=アズキは難しい顔をして、私に襲い掛かって来た。
これには困った。何が困ったって、死体を回収出来ないではないか。
カミノクラ=アズキの腕が空を切る、と言っても実際は存在していないが。
「私は死体を回収したいだけなのですが……」
必死の形相で襲い掛かって来ては私を透過するカミノクラ=アズキに、敵意や害意の無い事を伝えてみるが、状況は好転しない。
「だから! 何なのよ貴方は!」
「いや、だから死体屋ですって」
埒が明かないので、仕方なくその腕を受け止める。
その腕はそこには無いし、即ち重量も速度も無いのだから、あるとした場合の速度や重量や衝撃は私の認識に依存する。
つまり、その腕の太さに見合った重さしかないと思うのが当然と言う訳だ。
カミノクラ=アズキはそれ以外の何かを腕にある事にしていると思うのだけれども、元来私はその手の暗黙の了解的な事柄を察する事が苦手なのだ。
「っ! 何で!」
しかし困った。
カミノクラ=アズキは死体では無い。
生きていないのだから死体にならないのだ。
要するに死体の延長線上にカミノクラ=アズキはいない。
それはこの花畑と同じだ。
ああ、そうか。
つまりカミノクラ=アズキは背景か。
ならば解決だ。
「―――! ―――!」
カミノクラ=アズキが金切り声をあげたが、私は既にその内容を聞いていない。
私にとって一番重要なのは死体なのだから。
死体の前で片膝を付いて、じっくりと見分する。
年の頃は十かそこら。顔立ちは整っている。
死体は灰色の髪と赤い頬の美少年だ。
首も腕も華奢で細く、尚且つ病的な印象が漂う。
服は枯れ草色の非常に簡素な物で、足には木製の靴を履かされている。
そしてそのどちらも美少年に合っていない。
採寸もせずに適当に用意したのだろう。まあ、人柱に特別な装いをさせる必要もある筈が無い。
それにしても……軽く服の中を見ても目立った外傷が無い。
やせ気味ではあるが、その顔付きからは拷問や虐待の類を受けていた気配は無いし、病気の所見も得られない。
果たしてこの生きている死体は、どうやって生きていいる死体になったのだろうか?
「これはこれは、世の中凄い方がるものですね」
背後で酷く疲れた声がした。
振り返ると、そこには動いている死体がいた。
「死後二十年って所?」
「ふむ、死体屋ですか」
漂う濃密な死臭と死体の存在感はその人物がそこに居る事を証明していた。
「この花畑で初めて出会った……違うか、二人目の死体かな? いや、一人目?」
生きている死体は世間一般では死体として扱われるが、死体屋の間ではそれを死体として扱うかどうかがはっきりしていない。
何でも、死体じゃなくなることがあったとか。
まあ、私の知る限りここ数十年その事例は起きていないけれども。
声の主――色々と欠損したその老紳士を見る。
下顎が無い状態でどうやって喋ったのかは謎だが。
その背後ではカミノクラ=アズキが倒れ伏していた。
「それどうやって倒したの?」
「花畑の主が変わったと言うだけの事ですよ」
良く分からなかったが、重要では無さそうな話なので適当に頷いて死体へと向き直る。
その胸にそっと触れてみる。
低い体温と弱々しい鼓動が服越しに手の平に伝わって来る。
処置をしなくても後半日は保つかな?
「お嬢さん、つかぬ事を伺いますが、奇術に興味はおありで?」
生きている死体を背負った私に老紳士がそう尋ねた。
「興味無くは無いけど、死体の方が重要ですかね?」
「それはそれは、良かったと言うべきか残念ですと言うべきか」
「じゃあなんで聞いたんです?」
「ちょっとした興味です」
「そうですか」
改めて老紳士――動いている死体を見る。
奇術師っぽくはないけれど、今の質問から推察するに奇術師なのだろうか。
「ところで、どうしてこの花畑に?」
「止める為ですよ。花畑の拡大を」
適当に投げた質問に即答されてしまった。
「そうですか」
先程の質問もこんな感じで投げられたどうでもいい質問だったのかも知れない。
「私はこの死体を回収する事が目的だったので……」
じっと動いている死体を見る。
これも確保しておくべきか? 動いている死体の価値は未知数だけれども、安くは無いだろう。
でも、持って行くのには苦労しそうだし止めておこうか。
「……これで失礼しますね?」
花畑は存在しないのだから、ここは花畑の中のどこでもある訳で、ならば花畑の外に近い場所でもある訳だ。
一歩踏み出すと、そこは麦畑だった。
……麦畑?
え? ここはどこだ?
後ろを振り返ると、そこには森林が広がっていた。




