15 拮抗する侵食
その花畑を、止められますか?
淡々と、花畑の中で起きた事を話す。
景色が後ろへと流れて行き、風圧に意識を潰されそうになる。
俺は今、三翼の飛眼球に抱えられて空を飛んでいる。
飛びながら話をしているが、自分の声が聞こえないので時折何を喋っているのか分からなくなる。
この状況でも三翼の飛眼球は俺の声を拾えているらしい。
とても良い耳をしていると言うより、物理的に口元に耳が伸びて来ている。
人間に見えるのは輪郭だけだ。違うな、輪郭すら人間から逸脱している。
人体改造主義者には何人か会った事があるが、ここまで逸脱している奴は初めて見た。
人体改造主義者は揃いも揃って成りたい自分と現実の自分が違うと言うが、果たして三翼の飛眼球は成りたい自分になれたのだろうか?
そんな考え事が声にならない様に注意しながら、淡々と花畑の中で起きた事を話す。
封国からの依頼で花畑に入った事。
カミノクラ=アズキを名乗る女と出会った事。
古鞄の川流れを名乗る老紳士に出会った事。
そのどちらも本人ではないのにも関わらず、名乗るままに認識してしまった事。
古鞄の川流れを名乗る老紳士、風色の逃げ森が次々に俺の記憶を改竄した事。
封国の依頼が聖国の依頼になり、単独で受けた依頼が共同で受けた依頼になり、道中の会話は所々不鮮明である事。
最終的に妖腕の花売りの死体に辿り着き、そこでカミノクラ=アズキと風色の逃げ森が争い始めた事。
その戦闘は全く理解の出来ない奇術の応酬で、どうやら拮抗しているらしい事。
そんな中で風色の逃げ森が妖腕の花売りの腕を持って花畑を脱出する様に指示した事。
思い返せば思い返す程生きて帰れた事が奇跡としか思えない。
そして、妖腕の花売りの腕は今もひんやりとした冷たさでその存在を主張している。
風色の逃げ森の言葉から推測する限りだとこの腕は花畑とは別の何かの様だが、持ち出す事に何の意味があるのだろうか。
風と思考と言葉に意識を引き千切られそうになりながら飛んで飛んで、俺は森林を抜けた先の荒野に下ろされた。
三翼が徐々にその回転速度を落として行き、それに伴い音と風が収まって来る。
舞い上がる砂埃がもうもうと立ち昇り、弱い風に流されて森林の方へと流れる。
風に芯まで冷やされた身体にじわじわと熱が通い始め、抱えた腕の冷たさがより一層俺の意識を占めて行く。
花畑の中では他の脅威に気を取られていて目立たなかったが、この腕も相当やばい代物ではなかろうか?
「興味深い話だった」
翼を折り畳んで、三翼の飛び眼球がおもむろに口を開く。
喋る為ではないだろう。何故なら声はその口から発せられていない。
圧縮された空気が漏れる音がして、両肩から大量の水蒸気が排出された。
……本当にどうなってるんだろうかその身体は。
「少し確認したいのだが、風色の逃げ森はその王女の事をどう言っていたのだ? なるべく正確にだ」
なんだろうか……風色の逃げ森より横柄な言い方だが話が通じる感じがする。
風色の逃げ森は、慇懃無礼が服を着ている様な感じで要点だけを一方的に伝えて来る感じだったからな。
それはそうと、正確にか……。
記憶が曖昧な事もあるが、風色の逃げ森の話は小難しくて今一理解できていないんだが。
「ええと、カミノクラ王家は長い歴史を持っていて、継承権の無い王族は名前を引き継ぐ、とか」
「それは知っている。継承権第三位以下の王族はその代の王との関係性で名前を授かる風習だな。王が代替わりすると全員名前が入れ替わるややこしい風習だ」
常識だと言わんばかりの物言いだが、少なくとも俺は知らなかった。
王国は閉鎖的な国だし奇術師と直接面会する奇特な為政者は奇術師王女くらいだからな。
「だからカミノク=ラアズキは奇術師王女でありながら花咲か王女でもあると」
「ふむ。その花咲か王女とは何者だ?」
そう言われてはたと気付く。
俺は花咲か王女と呼ばれる奇術師の事を何も知らないのに、カミノクラ=アズキが花咲か王女であると今も認識している。
「理屈では説明出来ないが、カミノクラ=アズキは花咲か王女と言う奇術師だ。記憶改竄の類だと思うが、多分風色の逃げ森の仕業ではない、と思う」
「他には何か言っていなかったか? カミノクラ=アズキと認識する存在に関して」
他にはと言われても、細かい記憶が曖昧なので何とも言えない。
強いて言える事があるとすれば……。
「……消えるし蘇らない。ただその複製が偏在するだけ。自動的に」
「何だそれは?」
「カミノクラ=アズキの言葉に風色の逃げ森がそう言い返していた。カミノクラ=アズキは……私はカミノクラ=アズキだからもう消える事は無い。何度だって蘇ると」
「……どう言う意味だ?」
そんなこと聞かれても俺にだって分からない。
あの二人の奇術師は、その奇術も言動も存在すら意味不明だったのだから。
「終始俺には理解出来ない会話だったとしか……」
「外包系の奇術師はな……とは言え、風色の逃げ森か。確かに奇術師の中でも飛び抜けて異質な男だが、その一方で分かり易い」
風色の逃げ森は世界を維持する事を最優先にしていると、三翼の飛眼球は全ての目で嫌悪感を表現しながら言い捨てた。
「奇術師は総じて自分勝手で他人の事を軽視するが、風色の逃げ森は自分勝手に人死にを減らそうとする」
風色の逃げ森が人格者呼ばれている事は知っているが、具体的にどんな思想を持つ人物かは曖昧だったりする。
それは風色の逃げ森が守る存在に一貫性が無いからだ。
ある時に味方した者達と、次の機会では敵対したりする。
それは国に対しても同じで、ここ最近は北の王国に味方していたが王国分裂時は南の王国に肩入れしていた。
「風色の逃げ森は世界を守る為ならその世界の大半を犠牲にもする。そう言った意味で花畑に対して共闘する事は出来るが、それが最善だと思えば共闘した者を犠牲にもする」
私の弟子の様になと、三翼の飛眼球は憎しみを含んだ声を吐き捨てる。
俺個人としては妙に納得できる話だ。
花畑で共に行動した際に感じた心強さと不安はそこから来ていたのだろう。
「だからその腕を持って花畑を出ろと言ったと言う事は、花畑にその腕があると何か拙い事が起きると言う事だ。そうでなければ森林の外まで運んだりはしな……」
言葉の途中で三翼の飛眼球が押し黙る。
その目が出鱈目に周囲に視線を走らせる。
俺は妙に達観した心境で、体表に銀芯を纏って身構えた。
俺が準備するのを待ったかの様に、その異変は発生した。
唐突に花が咲き始めた――と思った次の瞬間木が生えた。
俺の身体が高速で上昇した。
打ち上げられた訳では無い。
猛烈な速度で生える木に呑み込まれる様にして、持ち上げられている。
生えた瞬間は若木の様だったその木は瞬く間に枝を増やし葉を茂らせ、気が付けば荒野は森林になっていた。
しかしその森林は安定して森林である訳では無く、木の幹から、葉から、花が咲く。
咲いた花の一部は即座に枯れて腐り、一部は木を花弁に変質させて崩壊させる。
花色と緑色が目まぐるしく入れ替わり、花と森林の香りが喧嘩する。
舞い散る花弁に遮られて地表をしっかりと見通せないが、恐らく五メートル程まで持ち上げられているのだろう。
いくら銀芯を厚く纏っても、流石にこの高さから落ちれば無事では済まない。
そう思った瞬間に足場にしている木が花に負けた。
俺の体重を支えていた木の枝は花と散り、支えを失った俺の身体は落下する。
俺はとっさに伸ばした銀芯を別の木に絡めて墜落死を免れ様として――再び木に持ち上げられる。
周囲を見れば木が花と散っては、舞い散る花弁を蹴散らして木が生えている。
俺の記憶が正しければこの荒野は聖国の領地内だった筈だ。
花畑がそんな場所まで広がっていると言う事か?
「銀芯の獣追い」
そう声がすると同時に、騒音と強風が空から落ちて来た。
見上げると三翼の飛眼球が三翼を回転させて飛んでいた。
三翼の飛眼球は聖国の方を指差すと、そのまま花畑の方角へ飛び去って行った。
……多分何か言っていたのだろうけど、何も聞き取れやしなかった。
どこから声を出しているか分からないせいで発言内容は推測すら不可能だ。
聖国に何かを伝えるのか、或いは聖国の方に逃げるのか、聖国から遠ざかるのか、そちらに敵がいるのか、味方がいるのか。
何一つ分からない。
分からないが、別に三翼の飛眼球の指示に従う必要は無い。
何がどうあれ花畑から逃げる。それが俺にとって最善であるのは間違い無いだろう。
そんな事を考えている間に付近の状況は幾分か落ち着いた。
未だ木から花が生えては枯れているが、大勢としては森林が花に勝った様だ。
今の内に少しでも花畑から遠ざかろうとそう思い、ひんやりとした感触が思考に割り込んで来た。
俺は未だに腕を抱えている。
空中に投げ出された時も、無意識に腕を抱え込んでいた様だ。
俺にとってこの腕をどうする事が最善なのだろうか?
そんな疑問が脳裏を過ぎるが、取り敢えず今は花畑から遠ざかる事が重要だ。
聖国の方に視線を向けると、うっそうと茂る森林が視界を埋め尽くしていた。
花が一輪、すぐ傍の枝から咲いて直ぐに散った。




