14 踏み込む女
その花畑の、何を知っていますか?
見飽きた。もう花は見飽きた。
「見飽きました。もう花は見飽きました」
「まあ、そう言いなさんな」
一面の、とまでは行かないが花畑なのだ。
南の王国があった場所は花畑に呑まれようとしている。
人も動物もいない。きっと全て花畑に呑まれたのだ。
建造物が傾いて花畑に沈み掛けている。
瓦礫が花に変わりつつある様子が見て取れる。
ああ、何て事だ!
「これでは死体が残らないではないですか!?」
「死体屋、あんたやっぱり大概ね」
御者の死体を使って王女が喋る。
その声音からそこはかとなくうきうきしているのが分かる。
まあ、南の王国がこの惨状なのだ。北の王女としては楽しいだろう。
私は楽しくないけれども。
「それはそうと……何かしてる?」
「多少さね? いやぁ、神経太い女子さね」
古鞄の川流れと王女はこの現象に関して時折言葉を交わしているが、正直奇術師では無い私には良く分からない。
とりあえず、花畑と言う存在が良く分からないのだ。
王国の東に広がる花畑がやばいと言うのは良く聞く話だ。
逆に言えばそれしか聞かない。
死体屋の情報網をもってしても、花畑に関してはまるで分らないのだ。
存在だけなら良く知られている場所である。
どの国でも母親は子供を叱る時に花畑に置いて来るよと言う物だ。
どの国でも領土まで花畑が広がって来る事を恐れている。
でも、花畑が何かはほとんどの人が知らない。
まあ、世の中知らない方が幸せな事は多いが。
まあ、世の中知らずとも支障無い事も多いが。
知らない事が致命的な事もあると言うのに、私自身花畑の事は何も知らない。
「ああ、でも、静かなのはいい事かなあ」
「ほう? ほう」
「……何よ、意味有り気に」
風は凪いでいて、生き物の気配は無い。
これでそこらに死体が転がっていれば完璧なのに。
「で、古鞄の川流れは私達をここに連れて来て、どうする気なの?」
女言葉を喋る男の死体が、女の子の仕草でフセンに視線を流す。
何か気持ち悪い。
「王族さ連れて来れば何か起きるかと思ったさ。当てさ外れたね」
老紳士が肩を竦めてウインクをした。
気持ち悪い男の死体と違って無駄に恰好良い。
「元々依頼さ受けてたさ。封国と聖国と、おまけに帝国からさ」
稼いでいそうな老紳士だ。
普通に考えればフセンがそこらの死体屋より稼いでないと言う事は有り得ないか。
それにしても……。
「帝国からはどんな依頼を?」
「花畑の監視並びに溢れた場合の遅延工作」
それは文章を読む様な、と言うか恐らく契約時の文面をそのまま喋っているのだろう。
聞いた私が心配するのもお門違いだが、それは喋ってはいけない類いの情報だと思うのだがいいのだろうか?
「あれだけ離れているのに、そこまで警戒していたなんて意外ですね」
でも花畑だし、風に乗って遠くで芽吹くのかも知れない。
それでも帝国の気質から考えれば聖国の背後に火を点けるくらいはやりそうな物だが……ひょっとしてこの花畑、相当危険な代物か?
「そりゃそうさ? 皇帝は王家の血筋さ混ざっとるからの」
「何それ!?」
「そんな情報知らないですよ?!」
「そりゃあ、必死なって隠しとるからさ」
確かに、聖国に対する強硬姿勢の割に北の王国にはやたら温いとは思っていたが。
それはそうと、フセンは口が軽過ぎやしないか?
「王家の血筋は花畑の足止めに使えるんで、一人人柱になって貰っとるさ」
王女と私は同時に花畑の先を見た。
特に何も見えないが、あの先に死体があるのか。
「何さ考えとるか知らんが、まだ生きとるさ。死ぬのは明日当たりさ」
それは生きていなければ意味が無いのか、或いは死んでしまってからも意味があるのか。
「それって、皇帝は知っているんでしょうね?」
「その為さ用意した庶子の一人さ」
帝国の気質を考えればそのくらいはするだろうな。
と言うか、一人で済むのなら安い方だろうし。
帝国では安い人は本当に安い。転売をする死体屋もいるくらいだ。
「その庶子ですが、後何人予備はあるので?」
「私もそう思ったけど、普通そのまま聞く?」
聞けば聞いただけ答えてくれそうだし?
「話さ早い事はいい事さ。庶子はまだまだあるさね」
フセンはそこで少し面倒臭そうな顔をして、ここで使うのは最後さと言った。
「使い過ぎたら駄目さ」
「死体も濫用するのは良くないですしね」
「随分前から思ってたけど、その何でも死体に直結させる考え方はどうかと思うのよ?」
王女が変な事を言うが、正直それに構っている場合では無い。
この先に、明日には死体が転がると言う事が一番重要だ。
「人柱と言うのは、死んだらお終いなのですか?」
そう、重要なのは死体だ。
「回収せなあかんさ。ひょっとして、やってくれるさね?」
「死体を貰っていいなら」
「……色々な意味で正気?」
私の申し出にフセンは少しだけ考える様子を見せて、結局大して考えていない顔でまあいいさと言って、どこからか取り出した古びた手提げ鞄を渡して来た。
「死体を詰めるには小さすぎるのでは?」
革製のその鞄は作りこそしっかりしているが少々小さい。
これに入るのは首か赤子くらいだだろうか?
或いは人柱は赤子なのかも知れないし、首だけなのかも知れない。
「心配ないさ。それはただのお守りさ」
そう言って、フセンはおもむろに王女の首をもぎ取ると猿轡をして鞄に詰めた。
余りに自然で、その癖手早過ぎて、私も王女も何の反応出来なかった。
「――!!」
鞄の中で王女が何かを叫ぶが、くぐもってしまって何を言っているのかは分からない。
首をもぎ取られた死体の身体はいつの間にか消え失せていた。
勿体無いとも思うが、得体の知れない防腐処理が施された死体は使い所が限られてしまうだろうしまあいいか。
「普通奇術師でも無い人さ花畑入っても戻って来れないさ。だども、あんたなら大丈夫さ」
良く分からないが、大丈夫だと言うのなら大丈夫なのだろう。
奇術師の言う事なので話半分で考えていた方が良いのも事実だが。
気が付くとフセンはいなかった。
周囲は八割方花畑だ。
空は妙な程晴れ渡っていて、風は凪いでいる。
人柱がどこにあるのかは聞いていないが、何と無く進む先は分かった。
この静かな花畑の奥が少しだけ騒がしく感じる。
人柱はまだ生きていると言った。
なら、この騒がしさは人柱だろう。
死体と違って生きている人間は煩い。が、この状況に限ってそれは役に立つ。
歩き始めると靴裏から花を潰す感触が伝わって来る。
「――!!」
ああ、忘れていた。手元の鞄の中にも音源はあった。
しかし王女は生きている人間では無い。
この首は花よりは死体に近い。
少しだけ、甘い花の香りがした。




