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花が散った、その後に  作者: 魚の涙


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12 おそろしいもの

その花畑を、荒らすとどうなりますか?

 辿り着いた。

 ついに辿り着いた。

 この花畑の中心に。


 そこには一着のローブと、そこから突き出た二本の腕があった。


 腕は白く細く華奢で艶やかで。

 腕は妖しく美しく静かだった。


 途轍もない存在感はここが花畑であると言う事すら忘れそうだと言うのに、気を抜くとその腕と花の区別が付かなくなりそうになる。


 妖腕の花売り。

 古鞄の川流れと同じ位意味不明な通り名だと思っていたが……そこにあるのはまさに妖腕だった。


 妖しく美しく、怪しく怖ろしい。

 禍禍しくも神聖な印象を放つ腕を前に、俺は眠る王女様を花畑に落とした。

 無性に泣きたくなる。

 俺は、俺は……。


「はぁ、こちらもこちらで面倒臭い……。銀芯の獣追い」


 側頭部に鋭い衝撃が撃ち込まれた。

 気が付くと古鞄の川流れが手にした杖を俺の側頭部に突き立てていた。

 肉を抉り骨をも割るその一撃は銀芯に触れて辛うじて止まった。


「ああ、すまない。風色の逃げ森」


 風色の逃げ森?


「その程度の事を気にしている場合ですか? あまり考え過ぎると虚無化……花畑に呑まれますよ」


 ああ、そうだ。

 ここはやばい。何がやばいってやばいからやばい。


「さて、最初の目的は果たしました。銀芯の獣追いが封国から受けた依頼はその第一段階を達成しましたね?」


 封国? ああ……封国だったな、この依頼の主は。あれ?


「銀芯の獣追い、疑問は一先ず捨て置きなさい。迅速に行動しなければ、呑まれますよ?」


 俺の混乱を見透かすように、風色の逃げ森は肩を竦めて溜息を吐いて見せた。

 その脇にはいつの間にか妖腕が抱えられていた。


「それは、持ち帰るのか?」


 俺の受けた依頼は妖腕の花売りが死んでいる事を確認し、その死体を持ち帰る事。

 体内で銀芯を流動させ、風色の逃げ森の隙を伺う。

 まるで勝てる絵が見えないが。


「私の目的はこの腕を花畑から除去する事ですよ。全く、妖腕の花売りそのものよりも腕の方が強く認識されているなんて誰が予想したのでしょうか?」


 風色の逃げ森はそう言って額に手を当てて天を仰いだ。

 花色の空が、ぐにゃぐにゃと揺らいでいた。


「……ついに空まで花畑になりますか。あまり猶予はありませんね」


 風色の逃げ森が視線を俺の足元に向ける。

 その先には先程落とした王女が寝そべっていて、その見開かれた目が俺を見ていた。


 声にならない声を呑み込んで、数歩後ずさる。


「あー……。あ?」


 ぐにゃりと王女が起き上がる、が、誰だこれは?

 カミノクラ=アズキには会った事がある、と言うかほぼ全ての奇術師はカミノクラ=アズキと面会している。

 会って話をするだけでそこそこの報酬が貰えるのだ。

 断るのは一部の上位奇術師だけだろう。


 だが、今花畑に横たわっている女はカミノクラ=アズキでは無い。

 なのに、俺はこの女を今でもカミノク=アズキと認識している。


「カミノクラ王家は非常に長い歴史を持っていましてね」


 風色の逃げ森がカミノクラ=アズキへと歩み寄る。

 カミノクラ=アズキの視線が片方だけ風色の逃げ森を捉えたが、もう一つは俺へと向けられたままだ。


「基本的に王位継承権第三位以降の王族は過去の王族の名前を引き継ぐのですよ。花が散った時点で王弟と第一第二王子が存命でしたから、カミノクラ=アズキは王位継承権第五位。なので、自分の名前を与えられてはいなかった」

「そう。だから私はカミノクラ=アズキ。花咲か王女カミノクラ=アズキであり、同時に奇術師王女或いは三流以下の模倣カミノクラ=アズキでもあるのよ」


 カミノクラ=アズキは皮肉気な笑みを浮かべて、立ち上がった。


 その雰囲気は奇術師特有のそれで、俺は理屈では無く感覚でカミノクラ=アズキが奇術師であると理解した。


 足が竦む。

 ここは花咲か王女の領域だ。

 花咲か王女がその気になれば、俺は殺された事に気付かないまま殺されるだろう。

 風色の逃げ森とは異なり、纏う空気が刺々しい。

 世界の全てを恨み辛み妬み嫉む。

 花畑から湧き出たおどろおどろしい澱に腰まで浸る幻覚を見た。


「どちらかと言うと、私は武闘派では無いのですけどね?」


 風色の逃げ森が右腕を縦に振る。

 澱が二つに割れて退き、その底から花畑が姿を現した。


 鮮やかで煌びやかな花畑に、おどろおどろしい澱以上の不安を覚えた。


「無駄だよ。今の私はカミノクラ=アズキなんだ。もう消える事は無い。何度だって蘇るさ」

「消えるし蘇らないでしょう? ただその複製が偏在するだけですよ、自動的にね」


 二人の奇術師が対面する。

 花畑から花嵐が湧き立ち、それを追う様に白い炎が立ち昇る。

 花嵐は灰と散り、炎は花弁になって宙を舞う。

 花弁渦を巻いて寄り集まり巨大な花となり、その花を暗緑色の葉が内側から食い破った。


 俺に出来た事は体表に銀芯を纏い身構える事だけだった。


 銀芯とは言うが、正体は変質した鉛だ。

 俺の奇術は体内に液体状の鉛を巡らせ、操作する事。

 鉛なので大して硬くは無いが、分厚くすればある程度の攻撃を防ぐことが出来る。

 原理は不明だが頭蓋骨の内側に張り巡らせる事で精神を侵す奇術を軽減する事も出来る。

 そして血液に直接流し込めば大抵の生物は死ぬ。


 こいつらの場合その程度で殺せる気がしないが。


「ああ、恨めしい恨めしい、その葉喰らう葉花喰らい」


 花を食い破った葉から花が湧き、再びの花嵐が吹き荒れる。

 花嵐は濁流の様な密度で風色の逃げ森を襲い、風色の逃げ森は当然の様にカミノクラ=アズキの背後に立つ。

 その左腕が肘程まで裂け、中から無数の牙が生えた。

 左腕はカミノクラ=アズキに牙を立て、カミノクラ=アズキは肩を食い破られながらも風色の逃げ森の左腕を引き千切った。


 食い破られた肩を花弁が塞ぎ、傷一つ無い皮膚へと変質した。


 風色の逃げ森は左手で二本の妖腕を持って佇んでいた。


「はぁ……思い通りに行かないのが人生とは言え、難儀な事です」


 それまでの激闘とは温度差の激しい呟きと共に頭を振り、妖腕を俺に投げた。

 慌てながらもそれを受け止め、二人の奇術師から視線を向けられた俺は冷や汗を流した。


「それ持って花畑を脱出しなさい。自力で」

「脱出出来ると思ってるの? 私の花畑から」


 無理じゃないかな? と言う言葉は声にならずに花畑に落ちて失くした。

 ひんやりと冷たい妖腕が、花畑に埋没しそうになる俺の意識を現実に繋ぎ止めている。


「花咲か王女が私を殺す可能性よりも高いと思いますが?」

「永遠に眠ってから言え、若造」


 カミノクラ=アズキの足元で大地が弾け飛び、風色の逃げ森に天から花弁が降り注いだ。


 俺は恐怖を呑み込み、二人の奇術師に背を向けて走り出す。

 そうして初めて、その戦闘に音が無い事に気が付いた。

 気が付いた所で何も出来る事は無いが。


 背中に恐怖を感じながら、俺はただ走る。


 疑問は全て捨て置く。

 どうせ説明される事は無い。

 どうせ説明されても理解出来ない。


 両手に抱えた妖腕。

 争う二人の奇術師。

 そして花畑。


 何が一番恐ろしいのか、何が一番致命的なのか、俺には見当も付かなかった。


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