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花が散った、その後に  作者: 魚の涙


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11 果て、或いは独白

その花畑の、形而上を理解出来ますか?

 私の奇術は二つの形而下媒体間で一方行に限って形而上の構成要素を移す事が出来る。

 そしてこれは不可逆的である。


 花が喋ったら楽しいだろうなと思ったのだ。最初は。

 だから私は人の形而上の構成要素を花に移そうとした。

 人なんて有り余っているのだから、一つ浪費した所で大丈夫だと思ったのだ。


 それに、人は総じて苦手だったから減って欲しかったし。


 でも、花は人に成ってしまった。

 形而上の構成要素は形而下に直接的な影響を及ぼしてしまうのだ。

 そして形而上の構成要素を失った形而下媒体は消失する。

 どうやっても形而下媒体はそのままに形而上の構成要素だけを移す事は出来ないのだ。

 それは集落にいる全員に例外は無かった。


 集落を訪れる人を使ってもやっぱり同じだった。

 それから幾度も試行を重ねて、行き着いたのは花みたいな人だった。


 人の形而上の構成要素を花に移して、そこから学習情報を虚無化した形而下領域に廃棄しただけの、喋る花の様な何か。

 それは高く売れて、私はその技術が奇術だと知った。


 妖腕の花売りと呼ばれるようになったのもその頃だ。

 人と視線を合せずに済む様に腕以外を隠していたからそう呼ばれるようになったのだと思う。

 そもそも、妖腕って何?


 私が真面に会話出来る相手は、古鞄の川流れと風色の逃げ森だけだ。

 あの二人の話は抽象的だから理解出来る。

 あの二人以外の話は具体的だから理解出来ない。


 虚無化した形而下領域に付いて教えてくれたのもあの二人だった。

 虚無化した形而下領域はあの二人の話よりももっと抽象的で、凄く分かり易い存在だった。


 私は虚無化した形而下領域になりたい。

 そう強く思った。


 私が虚無化した形而下領域になる事は即ち形而下領域から断絶した抽象的な概念となる事。そうなれば私が私である事が客観的観測では実証出来なくなるのだ。

 それによって形而下領域の虚無化は疑似虚数曲面上より逸脱する事も無くなり、それは風色の逃げ森の目的とも一致する。

 そして私が形而下領域から逸脱すれば、接続を失った花達は特性を喪失し、形而下領域は花弁に塗れて人が減る。


 そう思っていたのだけれど……。

 私は私の予想よりも少しだけ強固な現象だったみたい。


「まあ、確かにそれは私にとっても予想外でしたよ?」


 御免なさいね、風色の逃げ森。

 この期に及んで手間を掛けさせて。


「確かに手間ですが、この手間の直接的な原因は妖腕の花売りでは無いですからね。南の王国が虚無化した形而下領域の脅威を軽んじた事が原因です。虚無化した形而下領域の収束が予想より遅かった事は主要因では無いですよ」


 風色の逃げ森は凄く分かり易い価値観を持っている。

 人を個として見ていない。風色の逃げ森にとって人は群体。

 だから容易く人を犠牲に出来て、だから迷い無く大勢を救える。

 私みたいな他人と自分の区別しか無い人とは大違い。


「無を模した花畑は実態を喰らって広がり続ける……唯一花畑を喰らえる森林を過剰に伐採した事により花畑は南の王国を呑み込み、そこから加速度的に広がる……南の王国を呑み込むのに掛かる時間が過ぎ去ってしまえば、最早止める手立ては……」


 風色の逃げ森、分かり難い。


「疑似虚数曲面と有限多元構造による無限数との拮抗が崩壊した今、指数関数的に形而下領域の虚無化が無限拡大する事を止める手段は限られています。幸いにも拡大は連続的な変遷では無く累遷的な拡大を行うので、南の王国の形而上の情報量が多かった事から時間的猶予が生まれた事は幸いです。もっとも、時間的猶予の大きさと累進する擬似虚数曲面積は正の相関性を示すので後が無いとも言えますが……」


 そう。残念ね。

 貴方は形而下領域を守ろうとしたのに、その構成要素から邪魔をされたのね。

 私は形而下領域がどの様な相に変容したとしても構わないけど。


 だからこれは時間が問題ね。

 私が虚無化した形而下領域になるのが、形而下領域が虚無化する前か後かの違い。

 そう、私にはあまり関係の無い話。

 私は既に独立した形而下領域となり、七割程はこの虚無化した形而下領域と不可逆的な溶融を果たしている。


「はぁ……。まあ、それはいいのですが、ならば理解した範囲でこの虚無化した形而下領域の特質に関して解説願えませんかね? 例えばこの自称王女様とか」


 ……それは形而下媒体と形而上構成要素が逆転移侵食している実体の事を指しているのかしら?


「ああ、やはりそう言う……。予想通りと言えば予想通りですが、結局原因は過去の王族ですか」


 風色の逃げ森、分かり難い。


「独り言ですので気になさらずに。いえね、その……この実体ですが、形而下に付着している形而上情報がこの実体を完全に侵食する可能性は……いえ、愚問でしたね」


 それが有り得る事象であれば虚無化自体が可逆的である事になるのでは?

 完全な同時性を模倣された形而下媒体に依存する形而上構成要素の共有された断片的自動転写は、本来形而上構成要素が持つ形而下媒体に対する優先的影響力を放棄する事で存在を実現しているのよ?

 私の提唱した理論であるとは言え、こんな机上論を実践する思考は理解不能ね。

 一つ計算外だったのは虚無化した形而下領域においても限定的ながら転写が機能している事かしら?

 最終的に虚無化した形而下領域に形而下媒体を封じ込めれば時間経過で一連の仮想的に付与された特性が崩壊する筈だったけれど、そうはならなそうね?


「事実上の不老不死……無限自動転写構造ですか。まあ、その程度であればどうにかなりますよ」


 不意に浮遊感を覚える。

 今の私がどこかに浮遊する事は無いので、これは旧形体の思考に投影された別の現象だ。

 私の構成要素が永遠に残留する事は無い。

 私はいずれ虚無になるのだから。


 さて、風色の逃げ森、これは最後のさよならかしら?

 不確定要素が多くて正確に算出出来ないけれども、御機嫌よう。良い余生を。


「おやすみなさいな妖腕の花売り、本心から。私はしぶとく生き延びて見せますよ。花畑を封じ込めて、世界とそこで繁栄する人間を守るために」


 風色の逃げ森。


「何でしょうか?」


 ちょっと分かり難い。


「……どこまでも、面倒な方ですね」


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