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プリマドンナ

 王子さまは単に容貌が美しいだけではなく、踊りも上手だった。スタイルは些か古めかしかったものの、ダンス経験者の灰原を巧みにリードしていった。二人の踊りは華やかで美しく、時には艶かしく切なく、否が応でも招待客たちの注目を集めた。

 王子さまが一息入れようと休憩すると、他の女性たちが群がってきて「私と一緒に踊って下さい」と申し出てきた。ところが王子さまは、「僕には最高のパートナーがいる。他の人と踊るつもりはないんだ」と断り続けた。

 そうやって二人は踊り続け、灰原はあまりの幸福感に時の経つのも忘れ、いつの間にか夜遅くなっていた。ふと、王子さまは灰原の顔を怪訝そうに覗きこんだ。

「どうかされましたか? 顔色がよくないようですが……」

 灰原はハッとなって手鏡を覗きこんだ。すると、化粧が崩れ始めているのがわかった。

(わたくしとしたことが、お化粧が長く持たないことをうっかり忘れておりましたわ)

 灰原は慌てて大広間から飛び出した。王子さまは、急に灰原がいなくなったのに気がついて家来たちに命じて探させた。灰原は家来たちが自分を探していることに気がつき、やつれたスッピン顔など王子さまに見せるわけにはいかない、そう思って中庭の小屋の中に隠れた。それに気づいた家来の一人が、小屋の扉を激しく叩いた。灰原は小屋の中のものをかき集めて、必死で扉が開かないようにした。

 やがて王子さままでやって来て優しく語りかけた。

「お嬢さん、どうしてお逃げになるのです。どうかそのお顔をもう一度見せてください」

 ……見せられるわけありませんわ、こんな顔! と思っていると、一人の男の声がした。

「どうなさったのです、王子さま」

 それは川井宗太郎……もとい、父親の声だった。

「実は踊りのパートナーが突然姿を消してここに隠れてしまったのです」

「ならば……斧を貸して下さい。わたくしめがこの扉を開けてご覧にいれましょう」

 すると王子さまは家来に命じて斧を持ってこさせた。

(川井ったら! いつもは気が利かないのに、こんな時ばっかり機転を利かせて!)

 灰原は完全に父親と川井を混同していた。それはともかく、このままでは見つかってしまう。灰原は小屋の中を見渡し、藁の束の中に身を隠した。父親が扉を破り、一行が中に入っても灰原を見つけることは出来なかった。

「……どうやら誰もいないようですな」

 父親がそういうと、一行はあきらめて去って行った。灰原は小屋の中に誰もいなくなったのを確かめると、素早く小屋から出てハシバミの木までかけていった。そこでドレスを脱ぎ、いつもの汚れた服装に着替えると家に戻った。継母たちが帰ってくる頃には灰原はいつも通り灰の中で寝ていたので、まさか彼女が城へ行ったとは思わなかった。

 継母や姉たちは、灰原が王子と踊っているのを目撃していたものの、あまりに普段とかけ離れていたので、それが灰原=シンデレラとは全く気がつかなかった。しかし、父親だけは彼女が実の娘であるような気がしていた。


✴︎✴︎✴︎


 次の日も宴会が行われた。継母たちが出かけると、灰原はハシバミの木へ行き、新しいドレスを鳥から受け取った。それは昨日着たものよりもずっと綺麗なドレスだった。

 完璧にドレスアップした灰原がお城の大広間に現れると、そのあまりの美しさに一同はどよめいた。王子さまはそんな群衆をかき分けて、真っ直ぐ灰原のところへやって来た。

「どうか僕にお供させて下さい」

 王子さまの申し出に灰原が頷くと、二人は華麗に舞い踊った。継母は目の前のプリマドンナがシンデレラだとは気がつかなかったが、それでも目障りだった。そこで娘たちに積極的にアプローチするよう促した。そこでアナスタシアとドリゼラはかわるがわる王子さまにアタックした。

「王子さま、どうか私と踊って下さい」

 ところが王子さまは全く相手にしなかった。

「僕には最高のパートナーがいる。他の人と踊るつもりはないんだ」

 アナスタシアとドリゼラは悔しくてたまらなかったが、どうしようもなかった。

 やがて遅い時間になり、またもや灰原の化粧が剥がれてきた。そして灰原は大広間から飛び出し、家来たちは彼女の後を追った。一方、アナスタシアとドリゼラも〝プリマドンナ〟消失の噂を聞きつけ、良からぬことを企みだした。

「ふふふ、あの小癪な娘を誰よりも早く捕まえて、宴会に来れないくらい酷い目に合わせでやりましょうよ」

 そしてアナスタシアとドリゼラは血眼になって灰原を探した。すると、ドレスを着た娘が裏庭の梨の木に登っていくのが見えた。アナスタシアが目を剥いて叫んだ。

「見つけたわ!」

「でも、あんなに高く登られちゃ、捕まえようがないわね」

 ドリゼラがそういうと、灰原を探す家来たちが駆けてきた。そこでいじわる姉妹はその家来たちに言った。

「あの娘ならそこの梨の木の上ですわ。その手に持っている斧で切り倒しておしまいなさい」

 ところが家来たちはかぶりを振った。

「とんでもないことです。あのお嬢さんは王子さまの意中の方。木が倒れて大怪我でもされたら大変です」

「大丈夫ですわ。娘が落ちてきたらわたくしたちがちゃんと支えますから」

 もちろんアナスタシアとドリゼラにはそんなつもりはなく、不気味な笑いを浮かべていた。

((ふふふ、小癪な娘め! 木から落ちて大怪我するがいい!))

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