白い鳩
灰原は父親──正確にはこの世界での父親役──からもらった木の枝を見て、ため息をついた。
(こんなものいただいても、どうしようもなくてよ……)
灰原は失望のあまり、木の枝を炉の中に投げ込もうとした。その時……
「燃やしてはいけないわ」
という声がしたので振り向くと、白い衣を着た美しい女性が微笑みをたたえていた。
「……どなたですの?」
「わたしを忘れてしまったの? モイスヒェン(注:ドイツの幼児の呼び方)、あなたの死んだ母親よ」
「まあ、化けて出るとか、怖いじゃありませんこと?」
しかし〝母親〟は灰原のリアクションはスルーして話を続けた。
「その枝をわたしのお墓のそばにうえてちょうだい。その枝が育って大木になった時、その木に白い鳩がくるの。そしてその鳩があなたを助けてくれるわ」
と告げると〝母親〟は姿を消した。
灰原は早速外に出て、〝母親〟の墓を見つけると、そのそばに木の枝を植えた。それから一晩寝て、翌朝そこへ行ってみると、なんと木の枝は大きなハシバミの木に成長していた。
「ありえない……さすがおとぎ話ですわね……」
灰原が感心していると、白い鳩が飛んできてハシバミの木の枝に止まった。
「ポッポー、何がお望みかな?」
「お望みって……何をなさるの?」
「ポッポー、そなたの〝心の願い〟を叶えて差し上げますぞ」
「でしたら……アナスタシアとドリゼラ、それに継母をギャフンと言わせてやりとうございます。そのために有効なアイテムを何か出してくださいな」
すると鳩はかぶりを振った。
「わしは心の願いを叶えると言ったはずじゃ。憂さ晴らしのお手伝いなら御免被る」
「でしたら……間に合っておりますわ。わたくしは社長令嬢として幼ない頃から願うものは何でも与えられてまいりましたの。大人になってからは、父の会社で課長のポストも手に入れましたわ」
「ポッポ、本当にそれがそなたの心の願いじゃったのかのう?」
「……何がおっしゃりたくて!?」
鳩はわずかに口角を上げた……ように見えた。すると、鳥の大群が空からやって来て、大量の本を落としていった。
「きゃっ、何ですの!?」
見ると、それは灰原が少女時代に夢中になっていた少女マンガばかりだった。内容は王子さま、もしくはそれに類する男性との恋愛物語……灰原は顔を真っ赤にしてマンガ本の上に覆い被さった。
「おやめになって、恥ずかしいですわ!」
すると鳩は哀れむようにいった。
「そなたは少女の頃から、自分を幸せにしてくれる白馬の王子さまに憧れておった。そんな微笑ましい夢も、高校生の頃、脆くも崩れ去ってしまった」
鳩が合図をすると、空中にスクリーンのようなものが現れた。そこには高校生の頃の灰原と、イケメン同級生が映っていた。
✴︎✴︎✴︎
「……加藤君。わたくし、あなたのためにチョコレート作りましてよ♡」
「バレンタイン? っていうか手作りチョコ? げええ、勘弁してよ」
✴︎✴︎✴︎
「……そなたの幼い夢は辛くも崩れ去った。それからそなたはキャリアウーマンとして人の上に君臨する道を志した。父親の会社に入ればそれも難しくはないと思ったんじゃろう」
「……何かいけませんこと? おかげでわたくしは成功いたしましてよ」
「じゃが、成功すればするほど、心の隙間風が冷たく感じるんじゃ。そして以前よりもっと欲求不満になって、周りに当たり散らしておる。あのままあの会社におったら、誰もついて来なくなって、とどのつまりは孤独な行かず後家のお局さまじゃ」
「大きなお世話ですわ!」
「そもそも情緒不安定の原因は、幼い頃に抱いた心の願いをそなたが蔑ろにしたためじゃ。どうじゃ、ここで心の願いを叶えてみんかの?」
すると灰原は石を拾って鳩に投げつけた。
「馬鹿になさらないで! カウンセラーにでもなったつもりですの!?」
灰原が叫ぶと鳩は逃げていった。そして灰原はその場にしゃがみ込んで咽び泣いた。