あなたこそ王子さま
王子さまを前にして、継母と父親は小さくなっていた。
「他にこの家に娘さんはいないのですか?」
王子さまは半ば苛立たしげに尋ねた。継母たちは出来るだけ灰原のことは隠しておきたかったが、二度も嘘をついたことで引目を感じていた。それで父親の方が遠慮がちに言った。
「恐れながら王子さま、私どもにはもう一人娘がおります。しかしわけあって下女として働いておりまして灰まみれの汚れた娘でございます。とても王子さまにふさわしいとは思えませぬが……」
「その娘さんを連れて来て下さい」
王子さまが言うと、父親は灰原を連れてきた。その姿はあまりにもみすぼらしく汚れていて、王子さまは彼女が宴会で一緒に踊ったパートナーだとはわからなかった。
「娘さん、この靴をお履きなさい」
王子さまが金の靴を差し出すと、灰原は恭しくそれを受け取り靴に足を入れた。するとそれは寸分違わず彼女の足にフィットした。それを見た王子さまは感激して言った。
「あなたこそ僕の運命の女性です! どうか、僕と結婚して下さい!」
「はい。こんなものでよろしければ……」
灰原が返事をすると、王子さまは彼女を汚れた服のまま抱きしめた。周りの者たちは、王子さまの服が汚れてしまうことを案じて止めようとしたが、王子さまは全く気にしなかった。
それから王子さまは家族に灰原の身支度をさせるよう命じた。そして城から持参したドレスに着替えた灰原は、宴会で踊った時のように美しくなった。王子さまは灰原を馬車に乗せ、城へと向かった。
✴︎✴︎✴︎
ところで、王子さまの母親、王妃イザベラは自分が世界で一番美しいと信じていた。彼女は毎日魔法の鏡に向かって「鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだあれ?」と訊き、「それは王妃さまでございます」という答えを聞くのを楽しみにしていた。
王子さまが金の靴の持ち主を探している間、イザベラはいつものように魔法の鏡に向かって尋ねた。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだあれ?」
ところが鏡は予想外の回答をした。
「それは、王子さまがこれからお連れになる、シンデレラという娘でございます」
鏡はそう言って、王子さまと一緒に馬車に乗っている灰原を映し出した。それを見たイザベラは血管が破裂しそうな程怒り狂った。
「シンデレラ……許せん!」
灰原が城に到着すると、王妃の部屋に通された。そこでイザベラは満面の笑みで灰原を迎えた。
「ようこそ我が家へ。王家というのは華やかなようで、色々大変かもしれませんね。何かあったら、私たちを家族として頼って下さいな」
「ありがとうございます。不束者ですがよろしくお願いします」
灰原が頭を下げると、イザベラの笑顔が冷酷なものに変わった。
「まあ、そう固くならずに。……そうそう、お庭で美味しそうなリンゴがなっていましたの。お口合うかわかりませんが、遠慮なさらずにお召し上がりなさいな」
イザベラはそう言って真っ赤なリンゴを差し出した。それはよく熟れていて見るからに美味しそうだった。
「……いただきます」
灰原は何も疑わずにリンゴを口にした。ところがそのリンゴには致死量の猛毒が塗られており、灰原は突然呼吸困難に陥った。
「く、苦しい……たすけて……」
灰原は苦しみ悶え、床に崩れ落ちた。遠のく意識の中で、王妃イザベラの悪辣な冷笑がぼんやりと見えた。
⌛︎
灰原が目を覚ますと、和室の布団の中にいた。
(……夢? それにしても知らない部屋ですわ)
とその時、ふすまがガラガラと音を立てて開いて、一人の婦人が入って来た。
「お目覚めですか? 林の中で気を失って倒れていらっしゃったから驚きましたのよ」
「……あなたは?」
「私は栗夢の家内でございます。いつも主人がお世話になっております。灰原さんがこちらでお休みになっていることは会社の方にご連絡差し上げましたよ」
灰原は少しずつ思い出した。栗夢が鬱病で休みたいというので、抗議しに来たのだ……なんて酷いことをしようとしていたのかしら、と灰原は反省した。
「あのう、ご主人のご病気の件なんですけど……」
「はい、本人も仕事に出たいと申しておりますが、私としましては医師の指示どおり……」
「も、もちろんですわ。どうか充分お休みになって下さいませ。回復の際には確実に復帰出来るよう、わたくしもかけあってみますわ」
「ありがとうございます!」
栗夢の妻は深々と頭を下げた。そして灰原は栗夢家を後にした。
✴︎✴︎✴︎
それから数日間の休養を経て職場に復帰した灰原は、これまでとは人が変わったように優しく穏やかな女性になった。それが部下たちのモチベーションアップに繋がり、営業課の業績は急速に上昇し、ついには全国支社のトップに躍り出た。そのことが本社の耳に入り、灰原について〝景気回復のマドンナ〟として社報で特集記事が組まれることになった。
そしてその取材の日、現れた担当者を見て灰原はハッと息を飲んだ。
「広報課長の王寺です。よろしくお願いします」
その王寺と名乗った広報課長は……まさしくあの王子さまだったのだ! それは他人の空似というレベルではなく、本人としか思えなかった。取材が終わってから、灰原はバカなこととは知りつつ訊いてみた。
「あの、王寺さん。わたくしたち、どこかでお会いしましたかしら?」
「そうでしたっけ、どこでしょうか?」
「……お城で……一緒に踊ったりとか」
言ってから灰原は恥ずかしくなって耳まで真っ赤になった。笑われる……そう思ったが、王寺は真面目な顔をして言った。
「踊りですか。……実は、本社でダンスパーティーがあって出るように言われているんですが、……もし灰原さんさえよろしければ、パートナーとしてお付き合いいただけませんか?」
衝撃の展開……灰原はまた気を失いそうになった。ようやく正常に呼吸出来るようになると、灰原は喉を絞るようにして答えた。
「こっ、こっ、こっ、こんなものでよろしければ」
その時、窓辺に一羽の白い鳩が止まっているのが見えた。もしかしてあの時の鳩? と思って灰原が声をかけようとしたが、鳩はすぐに羽を広げて飛んで行った。
おわり




