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機動デンカ  作者: 不二日沙夫
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切り裂きエアロ Part1

 エリア04に夜が来た。乱立するビルのネオンが鮮やかに灯り始め、道行く人々の足取りも職場と営業先を行き来する焦燥感に満ちた急ぎ足から、開放感に包まれた軽やかなものに姿を変える。家族との団欒を求めて帰路をまっすぐ目指す者もいれば、行きつけの飲み屋の方角へふらっとつま先を曲げる者もいる。いずれにせよ太陽光が遮断され、暗闇に覆われつつある街の大通りには、人がひしめき合っていた。

 そんな華やかな歓楽街の様相に混じって、一人のビジネスマンがとぼとぼと帰り道を歩いている。かっちりとしたフレームの黒縁メガネに灰色のコートを着込み、周囲の誰と会話を交わすでもなく黙々と早歩き。時折腕のスマートウォッチに目をやっては、自身の歩く先と交互に見合わせていた。この男、よっぽど早く帰りたいらしい。

 

 やがてビジネスマンは人々の行き交う大通りから左に逸れ、一転して人通りのまるでない寂しい裏路地に入った。ネオンやヘッドライトに照らされることのない漆黒の細道。文字通り人っ子一人見当たらないばかりか、翌日の回収日に備えてぽんと置かれたゴミ袋と空き瓶の詰まったカゴ、潰された段ボール以外これといって何もない小路を、臆することなくずんずん進んでいく。

 その場を照らすものといえば、腕に身につけたスマートウォッチの灯りぐらいのものだ。しかしビジネスマンはその唯一の光に頼っておどおどと進むのではなく、むしろその光がなくとも道の先がはっきり見えているかのように歩いていた。その姿は昼間のメインストリートを、大手を振って歩く人々と何ら遜色ないものだった。


トゥルルル、トゥルルル……


 スマートウォッチの光が点滅し、着信が入ったことを伝える。ビジネスマンは足を止めることなく、電話に出るアイコンをタッチして腕を口元に近づけた。そのまま低い声でぼそぼそと何やら囁く。静まり返った裏路地にいて尚、聞き取ることのできない小さな声だ。

「……分かりました。では私はこのまま――」


 ふと、ビジネスマンの足が止まった。


「――失礼します」

 ビジネスマンは電話を切り、足を進める暗がりの先に目を向けた。その場に棒立ちになり、じっと目を凝らす。


 ……誰かいる。そう気づいた瞬間


ビュオオオオォォォ


 突如として前方から強い風が吹きすさんできた。両隣の建物のダクトがガタガタと音を立て、ゴミ箱の蓋や段ボールが煽られて飛んでいく。咄嗟に身を屈めて手を交差させ、風圧から身を守るビジネスマン。高層ビルとビルの間で時折発生するビル風だろうか? いや、そんなはずはない。彼が今いる裏路地を挟み込んでいるのはそれほど高くない二軒の平屋だった。物が吹き飛ぶほどの突風が自然発生するとは考えにくい。

 コロニーの壁に穴が空きでもしたのか。それにしては逆に規模が小さすぎる。ゴミ箱の蓋どころか、ビジネスマン本人もとっくに宇宙に放り出されていておかしくない。そもそもそんな大惨事であればエリア中にけたたましいサイレンが鳴り響き、背後の表通りにいる人たちも騒ぎだすはずだ。

 不可解なことはもう一つあった。彼の前方にいる人影が、この強風の中で身動き一つしていない。何事もなかったように棒立ちで、じっとこちらを向いている。しかもそのシルエットからして、彼より細身のようだ。遥かにがっしりとした体格のビジネスマンが思わず身を屈めるほどだというのに、身じろぎ一つしないとはどうしたことか。


 そんなことを考え、腕の合間から前方を覗き見た、その時。


 ヒュンヒュンヒュンヒュン……


 風の音に混じって奇妙な音が前方から聞こえてきた。暗闇の中、何かが回転しながら飛んでくる。そうビジネスマンは認知し、目を見開き――


 ザシュッ!


 鋭い音とともに“何か”が、ビジネスマンの身体を通り抜けた。頭と体の間、細い首の喉仏あたりを一瞬で切り抜ける。直後、彼の首から上が風に煽られて吹き飛び、残された身体ががっくりと倒れ込んだ。


 やがて風が止み、静寂が路地に戻ってきた。同時に、前方に立っていた人影がゆっくりと歩き出す。動かなくなったビジネスマンの身体の前まで来ると、様子を確認するかのようにしゃがみ込む。

 スマートウォッチの光に照らされ、露わになったその顔は意外なほど若々しく、全体的に切れ込みを入れたような鋭い顔立ちの少年だった。透き通るような白い肌の上に荒々しいウルフカットがもっさりと生え、耳も鼻も不用意に触れば切り裂かれてしまいそうなほど尖っている。黄色い瞳はたった今、殺人を犯した事実に打ち震えているかのようにぎらつき、口元にはそれが喜びの現れであるとはっきり解る、残虐な笑みを浮かべていた。


 少年はしばらくの間、首を失った遺体をじっと見つめていたが、やがて立ち上がると周囲を見回した。どこかに転がっている頭を回収し、証拠隠滅を図るためだ。コンシューマンの頭部に内蔵された電子頭脳には、それ自体が破壊されない限りヒューマンと同等レベルの五感から得た情報がそのままデータとして残っている。たとえ首を切断されて機能を停止したとしても、電子頭脳が無事ならば残されたデータを解析し、事件当時の状況から犯人の正体に至るまで詳しく知られてしまう恐れがある。そのため少年は、殺害した被害者の首を必ず持ち去るようにしていた。のだが……


「……ない?」

 少年の顔から笑みが消え、代わりに困惑した表情が浮かぶ。首がない。風に煽られて多少は飛んだが、そう遠くへは転がっていないはずだ。にもかかわらず、どこにも見当たらない。

「チッ」

 少年は機嫌を損ねたように舌打ちすると、遺体の傍を離れ、周囲一帯を探し回ろうと一歩踏み出した。同時に彼の背後にあった首なし遺体が煙のようにふっと消える。

「何……?」

 振り向いた少年の顔に、驚愕の色が浮かんだ。その時


 カッ! カッ! カッ!


 突如眩い光が路地を包み込んだ。あまりのまぶしさに思わず顔を手で覆う少年。その耳に、勝ち誇ったような声が響く。

「そこまでだ。製造番号42-731-37564。殺人容疑で逮捕する」

「名前で呼んだ方がいいかな。切り裂きエアロ」

 聞き覚えのない、二人の男の声。同時に路地の両側から物々しい足音とともに大量の武装警官がなだれ込んできた。鉛色のライオットシールドを隙間なく構え、敵意に満ちた眼差しを少年に向けている。

「……罠だったか」

 自分を包囲する警官たちと、遺体が消えた場所を交互に見合わせながら、少年が悔しそうに呟く。そんな彼を嘲笑うかのように、警官隊の背後からまた別の声が聞こえてきた。

「お前さんが殺したと思ったリーマンは、俺が見せた幻さ。おたくは今夜、誰の首も斬り落としたりなんかしてない。ただいたずらに何もないところで風を起こし、こいつを振るっていただけだ」

 並べられたシールドの後ろから、腕が一本ひょっこりと顔を出した。高く振り上げられたその指先には、何やら歪な形をした四角形の物体が握られている。

「これが四人の命を絶った凶器。お前さんの羽根だろう? 扇風機のコンシューマンさん」

 謎の声は羽根を持つ手を見せびらかすように振りながら言った。飄々としているようで、どこか熱のこもっているような、そんな声だった。エアロは凶器として提示されている羽根よりもずっと鋭く凶暴な視線で、姿の見えない声の主を睨みつけた。

「てめえ、何者だ。エリア04のコロニーポリスに幻覚なんて使えるようなコンシューマンはいないはずだ」

「ほう、無差別に殺してる割にはちゃんと調べてんだな。確かに俺は警察官じゃない。俺はT.V。警察に協力している探偵だ」

「おい、余計なこと喋るんじゃない」

 別の声がした。最初に話しかけてきた声だ。逮捕すると叫んだ時よりも随分と苛立っているようだが。

「しゃーないだろ。聞かれたんだから。答えるのが筋ってもんだ」

「うるさい黙れ。とにかく、大人しく武器を捨て投降しろ。貴様は完全に包囲されている」

「それ言ってみたかったんだな」

「おいT坊。いい加減にしねえか。容疑者の前だぞ」

 再び別の声が間に入った。切り裂きエアロと名を呼んだ、低く威圧感のある声がT.Vを諌めるようにうなったが、既に現場の緊張感は台無しだ。シールドを構える警官の中には、呆れ顔を浮かべるものまで出始めている。


「ふ……ふひゃハハハハハ!」

 エアロが突然、気が狂ったように甲高い笑い声を上げた。人間味の欠片もない、冷酷さが滲み出た笑い方だ。脱力していた現場の空気が一瞬にして張り詰める。

「探偵か。どうりで知らねえわけだぜ。今回は俺のリサーチ不足だったな」

「知らないかぁ……これでも割とその道じゃ名の知れた存在なんだけどね。ああそれからもう一つ。次回あるみたいな言い方してるけど、ないからな」

「無駄な抵抗は止めるんだ。貴様に勝ち目はない」

「んなもんてめえらが決めることじゃねエ!」

 エアロが激情を露わにし、両サイドに向かって腕を突き出した。その瞬間、凄まじい風圧が警官たちに襲いかかる。咄嗟にシールドの陰に身を潜める一同。

「怯むな! 行け行け!」

 吹きすさぶ強風の中、厚井の声が拡声器を通して響く。警官隊はシールドを前に突き出し何とかエアロの元へ近づこうとするが、圧倒的な風圧でなかなか進めない。

「この程度で捕まえた気になんなよ。ゴミ共」

 今度はエアロが勝ち誇った声を上げる番だった。二方向に向かって放たれた突風はやがてより強力な暴風となって、彼を中心に渦を巻き始めた。

「まずい! 逃げられるぞ」

 エアロの体が渦に包まれ、ふわりと浮かび上がる。T.V、厚井、穴井の三人が警官隊を押しのけてシールドの前に飛び出し、躊躇いもなく銃口を向けた。

「逃がすか!」

「おい探偵さん、俺が扇風機のコンシューマンって知ってんならよぉ、羽根が一枚だけじゃないってことぐらい解るよなァ!」

 風の音に混じってエアロの甲高い叫びが響く。最早竜巻と化した渦の中心にいる彼の姿は見えない。が、T.Vの耳に、その言葉ははっきりと届いた。

「……まさか」

 言葉の意味を理解した次の瞬間。ヒュンヒュンヒュンという音とともに竜巻の中から四枚の羽根が、高速回転しながら飛んできた。

「伏せろ!」

 咄嗟に振り向き、背後で踏ん張っている二人の刑事に迫りくる危険を知らせる。が、風の音が強すぎて彼らの耳にその声は届かない。

「クソッ!」

 T.Vは二人に飛びつくと、両手を突き出してその身を押し倒した。直後、四枚の羽根が彼の背中を容赦なく切りつける。

「ぐぁぁ!」

 痛みに耐え兼ね、叫び声を上げるT.V。しかも、それで終わりではなかった。


ズバァッ!


 胸ポケットにしまっていた五枚目の羽根が独りでに動き出し、彼の胸元を切り裂いて宙に舞った。前後同時にダメージを受け、流石のT.Vもばったりと倒れ込む。一方、羽根は残りの四枚に合流すると、まるで意思があるかのように異様な急カーブをして竜巻の中に戻っていった。

「ヒャハハハァ! 次回なんてないっつったな。あるんだよ。あんたが五人目だ探偵さん!」

 既に手の届かない所まで急上昇した竜巻の中からエアロの残虐な笑い声が轟いた。しかし声をかけられた相手には聞こえない。T.Vは穴井と厚井に覆いかぶさるようにして意識を失っていた。


 風が止んだ。シールドの陰に身を潜めていた警官たちが、恐る恐る上空を見上げる。そこにはもう竜巻もエアロの姿もなかった。

「T坊、T坊しっかりしろ! 目を開けろ! おい!」

 静寂を取り戻した路地に穴井の声が虚しく響き渡る。彼は自分たちを守って倒れたT.Vを抱き寄せ、その頬を必死の形相で叩いていた。

 しかしT.Vは目を覚まさない。青白く血の気の引いた顔からは精気が消え失せ、胸元と背中には深く大きな切り傷が痛々しく残っていた。

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