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機動デンカ  作者: 不二日沙夫
6/9

デジタルとアナログ part3

 一週間の月日が流れた。切り裂き魔の足取りは依然としてまるで掴めず、ニュース番組やワイドショーでは連日のように市民の不安と警察への批判が取り沙汰されている。警察は何をやっているのか、次の被害者は誰なのか。キャスターや有識者が重苦しい面持ちで語り、SNSでも様々な情報が錯綜していた。

こうした声は当然刑事たちの耳にも届いていた。彼らは連日連夜、血眼でコロニーマップや被害者、事件現場の情報とにらめっこを続けていたが、有益な情報は何も入ってこない。せめてもの救いは、犯人が警戒を強めたのかまだ次の被害者が出ていないことであろうか。プラスにもマイナスにも進展しない、不気味なこう着状態が続いていた。

焦りと疲労感に悩まされる同僚たち。一方厚井は、もう一つの気がかりなことが頭を離れなかった。穴井の動向である。一週間前、マリアに突然の疑惑を持ちだして以降、捜査本部を離れることが頻繁にあった。何やら単独で真実に近づこうとしているようだが、何の相談も報告もないため、具体的にどこまで進展しているのかは誰にも分からなかった。


そんな時、ある動きがあった。

――マリアが警察署に呼ばれたのだ。


 取調室を訪れたマリアの表情は、精気を失っているというほどでは無かった。一週間前の身元確認の時より血色が良く、精神的にもある程度落ち着いているように見えた。促されるままに椅子に座り、老刑事の顔をじっと見つめる。

「まずはお忙しい中、ご足労いただいてありがとうございます。旦那様のご遺体を確認したこの署にまた来るのはお辛かったことと思いますが」

「いえ、今はだいぶ落ち着いて来ました。ありがとうございます」

「それは良かった」

 穴井は机に肘を立てて腕を組み、ゆっくりと深みのある声で言った。聞いた者を例外なく落ち着かせる優しい声だ。しかし、マリアを見つめるその眼は、笑っていない。

「私がここに呼ばれたってことは、夫の件で何か進展があったのですか?」

「はい。その通りです。ご承知の通り、連続殺傷事件の犯人はまだ捕まっていません。それどころか、足取りさえ不明のままです。しかし少なくとも、ご主人の事件に関しては一つの結論が出ました」

 自信に満ちた声で語る穴井。そんな彼を見て、マリアは不可解そうに首をかしげた。

「どういうことですか? 犯人はまだ捕まっていないんでしょう。それなのに夫の事件に結論が出たって……」

「単刀直入に申し上げます。今回のフレイダー氏殺人事件。実は切り裂き魔の犯行ではない。もう少し具体的に言うと、巷で話題になっている切り裂き魔の犯行に見せかけた、全く別の事件なんです。一種のカモフラージュですな。そして私の仮説が正しければ、真犯人は……あなたです」

 

取調室に緊張が走る。壁の向こう側に集まって固唾を飲んで二人の様子を見守っていた刑事たちも思わずざわついた。

「ごめんなさい。何をおっしゃっているのかよくわからないわ」

 マリアは特に動揺した様子も見せず、首を横に振った。

「なぜ私が夫を殺した犯人にされなければならないのかしら。彼が殺された夜、ずっと遠く離れたところにいたのだけれど……まさか、ちょっと意見がぶつかることが多かったって理由だけで言っているのではないわよね?」

「まぁまぁそう焦らず。あなたの動機、アリバイ。その辺のことも仮説に基づいてちゃんとお話しましょう。ですがその前に、こちらを見てください」

 そう言うと穴井はポケットをまさぐり、黒い破片のようなものを机の上に差し出した。

「それは?」

「事件現場に落ちていた金属片です。私の知人が拾ったもので最初は特に何の関係もないと思われていたんですが、念のため解析してみたところ、興味深いことが解りましてね」

「興味深いこと?」

「破片の材質を詳しく調べた結果、破損したアクセサリーの一部であることが解りました。一週間かかりましたが、そのアクセサリーというのがどういったものなのか掴めましたよ」

 穴井は軽く笑いながら再びポケットをまさぐった。その様子を、マリアはにこりともせず見つめている。やがて銀色の光を放つ“それ”が、机の上にぽんと置かれた。

「これが何か、解りますか」

「チョーカー……かしら?」

「そうです。私はおしゃれに疎いもんで、ネックレスとの違いがよく分からなかったんですが、どっちにせよ首に巻くもののようですね」

「それがどうかされたんですか?」

「すいませんが、これをちょっと首にかけてみてください」

「え?」

 唐突なお願いに困惑するマリア。しばらくの間、考えこむように硬直していたが、穴井の視線に根負けしたのか、渋々チョーカーを首にかけようと


「キャッ!!!」

 マリアが叫び声を上げ、恐怖に満ちた表情でチョーカーを投げ捨てた。彼女の視界の先に、いつの間にか小さなスイッチを取り出していた穴井の姿があった。

「その反応の早さ。やっぱり解っていたんですね。これがただのアクセサリーじゃない……リモコン式の、爆弾チョーカーだと」



 ――遡ること、12時間前。


「お忙しいところすいません。ロトワンさんですね?」

 不意に背後から声をかけられ、男は何事かと振り返った。声の主たち――穴井とT.Vは、にこやかな笑みを浮かべ、軽く頭を下げる。

「あんたら、誰?」

「コロニーポリスエリア04署の穴井と申します。こっちは相方のT.V」

「……警察が俺に何の用だ」

「ある事件の捜査をしておりまして。少しお話を伺ってもよろしいですか」

 訝しげな顔を浮かべるロトワンをよそに、T.Vが前に進み出て掌を上に向けた。同時に掌から青白い光が放出され、人の顔らしきホログラムを一瞬で宙に作り出す。

「フレイダー……」

 宙に浮かぶ人物の顔を見て、ロトワンの目が大きく見開かれた。何かを察したかのように、穴井とT.Vの方を見る。

「ニュースでご存知かもしれませんが、この男性はある事件の被害者なんです。捜査は難航していますが、私は何とか、解決のための糸口を見つけました」

 穴井の言葉とともに、T.Vがロトワンに向かって腕を差し出した。その指先には、黒く小さな金属片が握られている。

「それは?」

「こいつはねえロトワンさん。爆弾の欠片だよ。フレイダーの首を吹っ飛ばした、恐ろしい殺人アイテムの一部さ」

「何?」

「鑑識が解析した結果、この破片が元々は銀色のアクセサリーの一部だったということが解りました。しかもただのアクセサリーじゃありません。内側と表面にコーティングされたある2つの物質が結合すると爆発する仕組みになっている、非常に危険な代物です。表面に塗装されている物質はアルミニウム粉末。警察でも指紋の採取に使われているものですが水と結合すると爆発します。そしてアクセサリーの内側には水が充満していました。水と粉末を隔てる障壁はスイッチ一つで開閉。一度開けば外す暇もなくドカーンというわけです。これがフレイダー氏の死亡現場に落ちていました。そして彼の首元には、焼き切ったような跡があったのです。偶然にしては出来過ぎているとは思いませんか?」

「……知らん。そんなものと俺がどう関係ある」

「調べたところこの恐ろしいアクセサリーに関して4つのことが解りました。

1つ、これをフレイダー氏がここ一ヶ月の間、身につけていたということ。

2つ、これを氏にプレゼントしたのは、妻のマリアさんであること。

3つ、マリアさんがこのアクセサリーを購入したのは、あなたの店であるということ。

そして4つ。当時彼女に応対した店員は……あなたです」


 ロトワンは何も答えない。ポケットに手を入れたまま、二人をじっと見つめている。

「現時点で判っていることはこれぐらいです。ここから先は我々の憶測でしかありません。爆弾チョーカーの細工をしたのはマリアさんの方で、あなたは無関係の可能性もあります。しかしそうでなければ――」

 ――あなたを逮捕します。という穴井の言葉は、最後まで続かなかった。突然ロトワンがポケットから小さなカプセルを取り出したかと思うと、二人に向かって投げつけたからだ。

「くっ!」

「何を……」

「ここまで来て、捕まってたまるか!」

 周囲一帯に黄色い煙が充満し、ロトワンの叫び声が響く。思わず顔をそむけた二人の背後で、足早に遠ざかっていく気配が感じ取れた。

「アナロクさん、大丈夫っすか?」

「俺のことはいい。奴を追うぞ! T坊」


 ビジネス街の雑踏をかき分け、三つの影がいたちごっこを繰り広げる。逃げるロトワン。追う二人。純粋な足の速さなら後者に軍配が上がるだろう。現に何度か、裾を掴みかけた。しかし通勤途中のビジネスマンの波やジグザグに進路をとるロトワンの動きに翻弄され、確実に捕らえるまで至らない。

「くっそ! 待ちやがれ!」

「見かけによらず、すばしっこい野郎だ」

 全速力で並走する穴井とT.V。刑事と探偵だけあってそのスピードはかなりのものだ。しかし数分後、無尽蔵な機械と生身の人間の残酷な差が浮き彫りになり始めた。

「はぁ、はぁ……はぁ」

 穴井の息が、上がりだした。寄る年波には勝てないのか、顔に刻まれた皴がますます深くなっていく。

「アナロクさん、大丈夫っすか?」

「はぁ、はぁ、大丈夫だ……これぐらい……」

 そう言いながら足が止まってしまう。

「無理しないでください。ロトワンは俺が追います」

「ここまで来たんだ。今更諦めきれるか――」

 膝を屈め、前方を睨みつける穴井。その視線の先で、ロトワンが表通りを逸れ、細く入り組んだ路地へ足を踏み入れていくのが見えた。

「――いや、そうだな。T坊。お前はこのまま奴の後を追え」

「え?」

「二手に分かれるぞ」


 ゴミや空き箱が散乱し、一見すると足の踏み場もない入り組んだ裏路地を、死にもの狂いで駆け抜けていくロトワン。小柄な割にがっしりした体格のおかげで、大柄な追手二人より人混みの中をかき分けて行きやすかったのが功を奏した。ふと振り返れば、相変わらず鬼の形相でT.Vが追いかけてくるが、穴井の姿はない。どうやら上手く振り切ったようだ。

「一人は諦めたか。だったら」

ロトワンは再びポケットからカプセルを取り出すと、あと一歩のところまで迫って来るT.Vに向かって投げつけた。

「これでもくらえ!」


「同じ手を二度も食うかよ」

 ロトワンがカプセルを取り出すのと、彼の予備動作を見切ったT.Vが胸元からREMOコンバットマグナムを抜き出すのはほぼ同じタイミングだった。直後、顔面めがけて飛んできたカプセルを、正確無比な軌道で一発の弾丸が撃ちぬく。


 その瞬間、空気が木端微塵に吹き飛んだ。


 耳をつんざくような爆発音。狭い路地を覆い尽くす炎、そして衝撃。


 気がつくとロトワンは、路地の遥か前方まで押し飛ばされていた。背中の皮が引き剥がされたようにヒリヒリと痛む。全身の力を両足に込め、何とか立ち上がると背後を振り返った。

 そこに広がっていたのは、地獄のような光景だった。紅蓮の火柱が上がり、散乱していたゴミや空き箱は塵と化している。そして、すぐそこまで追いかけてきていたT.Vの姿はどこにもない。

「はぁ、はぁ、ざまあみろ。ただの煙幕だとでも思ったか。可燃性の硫黄ガスだ馬鹿野郎」

 息も絶え絶えになりながら、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべるロトワン。しばらくの間、燃え盛る路地を見つめていたが、やがて左手の薬指にはめた指輪にちらりと目を通し、愛する女性の顔を思い浮かべる。

(こんなところで捕まるかよ。俺は彼女と、マリアと幸せになるんだ)


 炎に包まれた路地を抜け、入り組んだ細い通りをひたすら道沿いに逃げるロトワン。足を引きずってはいるものの、追手がいなくなったことでいくらか余裕が出てきたようだ。煤で真っ黒になった顔には絶対に逃げ延びてやるという信念の色が浮かんでいる。


 やがて、細長い逃避行に終わりが見えてきた。視界が徐々に明るくなり、人々の行き交う足音が聞こえて来る。狭い裏路地から賑やかな表通りに戻ってきたのだ。

(や、やった。逃げ切った……)

 これでもう大丈夫。追手のうち一人は爆発に巻き込まれて死んだ。もう一人が追ってきたとしてもあの人混みの中、自分を見つけることなど困難だろう。あと少し、もう一歩で全て終わる。警察の追手から逃げおおせ、マリアと幸せな生活を送るのだ。

 ロトワンの前に続く表通りへの道は、希望に満ちた未来を象徴しているように思われた。光差す明るい未来、その先でマリアが自分を待っている。こちらに近づいてくる。向かってくる。向かって……

「え?」


「とぉおおりゃあああ!」


 表通りから近づいてきた人影が、胸ぐらをつかんだ。そう認識する間もなく、ロトワンの身体は宙に浮き、勢いよく投げ飛ばされていた。地面に激突し、意識が朦朧とする中、その声がわんわんと頭の中に響く。

「残念だったな。もう終わりだ」

 薄れゆく意識の中、ロトワンの目は自分を投げ飛ばした人物の正体に気がついた。マリアであるわけがなかった。

「あ……穴……井……」


「ったく。手間かけさせやがって」

 完全に意識を失ったロトワンの手に錠をかけながらぼやく穴井。しばらくすると、裏路地の方から足音が近づいてきた。

「流石っすね、アナロクさん」

「ようT坊。さっきの爆発はやっぱり関係あったみたいだな。大丈夫か」

「大丈夫じゃないですよ。一張羅が台無し」

 言葉とは裏腹に、けろりとした表情で黒ずんだコートの裾をひらひらと振るT.V。

「あの爆発に巻き込まれておきながら服一枚焼けただけで済むあたり、やっぱコンシューマンってのはすげえな」

「まぁ腐っても機械ですからね。それよりもアナロクさんの方が凄いっすよ。二手に別れるって言い出した時は回り込むんだろうなとは思ったけど、本当に捕まえちまうとは」

「はは、まぁな。厚井にも言ったんだが刑事ってのは地図アプリに表示されないような裏道抜け道の知識にも精通していなきゃならん。今回はそれが役に立ったってところか」

 軽く笑い合った後、穴井は改めて、気絶しているロトワンの方を見た。

「さて、取り調べの時間だ」



「――安心してください。あなたの着けているチョーカーは、本物のデータをもとに鑑識が作ったレプリカです。爆発などしませんよ」

 机の上に置かれたチョーカーを顔面蒼白で見つめるマリア。彼女を落ち着かせるように、穴井が穏やかな声で話を続ける。

「およそ12時間前、このチョーカーを作った人物と会ってきました。まぁ会おうとしたら逃げられたので捕まえた、と言った方が正しいですがね。名前はロトワン。エリア04在住、とあるアクセサリーショップに勤務するヒューマンの職人です。彼の務める店はなかなか面白い特徴を持っていましてね。何と店の裏に工房が付いていて、作り立てのアクセサリーを買うことができるんです。もちろんオーダーメイドも可能だそうで。私の給料じゃとても注文できないような高級志向の店ですが、それでも客足が遠のくことはない人気店でした。その人気店の中でも随一の腕を誇る名物職人兼店員が、ロトワン氏だったのです。

彼の経歴がまた面白くてね。その店で働く前、どこで何をしていたと思います? なんと政府直属の爆発物処理班にいたそうです。A級ライセンスを取得していて、特に金属粉末の取り扱いに長けていたという証言を元同僚の方から得ました。一昔前ならさぞ活躍されていたことでしょう。レジスタンスが仕掛けた爆弾の処理とか。まぁ今は平和な時代ですから、日常的に爆弾処理をすることもなくなって、5年前に退職しています。元同僚の方々は現在も訓練校の教官を努めていらっしゃいますが、ロトワン氏は手先の器用さ、前職の知識などを活かして今の仕事を始めたようです」


マリアが顔を上げた。それがどうしたと言わんばかりの眼差しで、穴井を睨みつけている。

「おおっと失礼。前置きが長くなりました。我々と少々揉めた後、ロトワン氏は病院に搬送され、数時間前に意識を取り戻しました。しかし今も黙秘を貫いています。フレイダー氏の殺害に関与したのかどうかはまだ彼の口から聞けていません。ただ、あなたとの関係についてはある程度情報が集まってきました」

 穴井が身を乗り出し、先程とは打って変わって真剣な表情でマリアを見つめる。心の奥底を見透かされているとでも感じたのか、マリアが思わず身を引くのが見て取れた。

「クレジットや監視カメラのデータ、周囲の方々の証言などから、ここ数年のあなたの動向について調べさせていただきました。ロトワン氏の勤めるアクセサリーショップは、あなたにとって行きつけの店舗だったようですね。幾度となくオーダーメイドでアクセサリーを購入していらっしゃる。そして毎回あなたの応対をされていた店員も、ロトワン氏でした」


「ここまでなら、単なるお得意様と顔見知りの店員程度の関係だったでしょうが、どうやらそれだけではないらしいことも掴みました。マリアさん。あなたロトワン氏と何度か店の外でも会っていますね。それもフレイダー氏が不在の時に限って。高級レストランでのランチ、映画鑑賞、そしてホテルでの密会。全て周囲の証言から裏付けが取れています。単なる顧客と店員の関係にしては随分と仲がよろしいじゃありませんか」

 穴井はわざと慇懃無礼な口調で語りかけ、マリアの様子を伺った。爆弾チョーカーが偽物だと分かったことで恐怖の表情はなくなっていたが、代わりに感情がまるで読み取れないデスマスクのような無表情が浮かんでいる。空虚な眼差しで机を見つめていた。

「これらの情報からあなたとロトワン氏が不倫関係にあったと考えるのは難しいことではありません。そしてフレイダー氏がそれに感づいたために、あなた方は彼を殺害することにした。しかし生半可な方法ではすぐ自分たちに疑いがかかる。そんな時、巷を騒がせている切り裂き魔の存在を知り、そいつの仕業に見せかけることを思いついたというわけです」


「切り裂き魔が首を切断し殺害する方法をとっていたことで、あなた方もどうやって奴の仕業に偽装するか悩まれたと思います。標的がコンシューマンである以上、首を切断しても流血することはない。反面ヒューマンよりも遥かに頑丈なボディーを持っているため、普通に切断するのではあまりにも手間がかかる。そこでおそらくロトワン氏が考えついたのが、爆弾で首ごと吹き飛ばすという方法です。自分の手を汚すことなく、コンシューマンの頑丈なボディーも一瞬で破壊できる。更にリモコンによる遠隔操作で完璧なアリバイを立てることもできるというわけです。事実フレイダー氏の死亡推定時刻に、あなたが現場に出向くことは不可能でした。あなた方の計画に我々はまんまと乗せられ、フレイダー氏を殺害した犯人は切り裂き魔だと当初は完全に思い込んでいました」


「しかし、この計画には一つ、どうしても避けて通れない点があった。切り裂き魔の犯行に見せかけるため必要不可欠な点がね。そう、切断したフレイダー氏の首をどこかへ持ち去ることです。といっても事件現場にいなかったあなたにそんなことはできません。だとすれば必然的に、首を持ち去ったのはロトワン氏だということになります。調べてみて驚きました。アクセサリーショップと彼の自宅の間がちょうどフレイダー氏の殺害現場だったのです。となると、ロトワン氏が帰宅途中にフレイダー氏の首を回収することも可能なわけです」

 無表情だったマリアの顔が、僅かながら小刻みに震えた。追い込み時だ。そう思ったのか更に声を張り上げ、穴井は彼女の課を覗き込むように見た。

「ロトワン氏の自宅では既に家宅捜索が行われています。彼がフレイダー氏の首をどこに隠したにせよ、私の推理が間違っていなければ何らかの痕跡が発見されるのは時間の問題ではないかと。もしそうなれば、我々は速やかに彼を逮捕し、あなたとの関係もより厳しく追求することになるでしょう。しかし私の推理が間違っていて、彼もあなたも事件と無関係だった場合は、責任を取って辞表を提出する所存です……まぁ一世一代の賭けですな」

 最後はやや自嘲気味に笑いながら――しかし目は笑っていない――穴井は自分にできることはやりきったというような顔を浮かべ、天を仰ぎ見た。

 ――マリアは終始、何も言わなかった。穴井の話に耳を傾けているのかどうかも解らない。ただひたすらに鉄面皮を浮かべ、机を凝視していた。


 沈黙を破ったのは、勢いよく開くドアの音だった。一人の警官が息せき切って飛び込んできたかと思うと「失礼します」の一言もなしにマリアの横を通り過ぎ、穴井の傍までやって来ると何やら耳打ちする。

「……マリアさん。ロトワン氏の自宅から、フレイダー氏の生首が発見されました」


 マリアの震えが、限界に達した。


「何がいけないのよ! 人の形をした道具を一つ壊しただけでしょう?」

 ヒステリックな金切り声が取調室に響く。それまでのか弱い態度からは想像もできない、憤怒の表情を浮かべた女が立ち上がっていた。

「さっきから聞いてれば人を血も涙もない殺人鬼みたいに言って。確かに罪は犯したわよ。でもせいぜい器物破損よ。私もロトワンも人殺しなんてしてない。使いづらくなった道具を荒っぽい方法で処分しただけ。コンシューマンは所詮道具よ。道具なんだわ!」

「だがその“道具”を一度でも愛し、結婚したのはあなただ」

「表向きはそうかもしれない。でも私とあいつの間に愛なんか無かった。どれだけ気遣っても、身綺麗にしてもあいつは私の想いに応えてくれることはくれなかった。女としての尊厳をどれだけ傷つけられたかわかる?」

「その思いをちゃんと口で伝えられたのですか?」

「いいえ。でも夫婦なら普通わかるでしょう?」

「いや、きちんと伝えなければ解りませんよ。私には連れ添って30年になるヒューマンの妻がいますがね、未だにすれ違ってぶつかることも多い。相手が何を考えているのかまるで解らんことも多いんです。ヒューマンですら、人の心を真に理解することは難しい。人間に近づきつつあるとはいえ、まだまだ発展途上のコンシューマンにとってはどれほどの難題であるか。それをきちんと理解していなかったのではないですか?」

「芸術を理解しているなら人の心も解ってくれると思ったのよ! でもそうじゃなかった」

「いずれ解ってくれたと思いますよ。フレイダー氏は特別なコンシューマンだ。芸術を理解でき、人々を感動させられる機械なんてそうそういません。ですが申し上げた通り、人の心を理解することは難しい。長い長い時間が必要なんです。しかしあなたはそれを受け入れる覚悟が足りなかった。生半可な期待と依存心で結婚して、自分の期待に添えなかったというだけで間男に逃げ、挙句の果てに心を理解するかも知れなかった一人の男を殺したんです。それが、事実です」

 穴井も立ち上がっていた。深く、よく響く声でマリアの心を貫くように語りかける。その言葉が響いたのだろう。彼女はがっくりと机に突っ伏し、嗚咽を上げた。

「酷い……酷いわ刑事さん。あなたどこまでもコンシューマンの味方なのね」

「いえいえ違いますよマリアさん。私はね、犯罪者の敵なんです」


「お疲れ様でした。やりましたね」

「ああ、とりあえずフレイダーの事件はこれで解決だ」

 取調室から戻ってきた穴井を、T.Vが出迎える。ポケットから煙草を取り出すと、彼を労うかのように火をつけて渡した。

「アナロクさん、最後のあれって本音ですか?」

「ん? まぁな」

「そうっすか……ありがとうございます」

「よせやい、大したこと言ってねえよ。もうコンシューマンを道具として見る時代じゃなくなったってこった。大っぴらに人間扱いできる。レジスタンスと新しい法律のおかげだな」

「昔は散々レジスタンスとやり合ってたコロニーポリスの身とは思えないっすね」

「そりゃお前、法律に則っておまんま食ってんだからな。郷に入っては郷に従えだよ」

「そういう思想的なところは全然アナログじゃないですね」


 二人して笑いあっていたその時。T.Vの耳に着信音が鳴り響いた。

「おっと。すいませんアナロクさん。ちょっと失礼します」

「お、おう」

 穴井から一旦距離を取ると、T.Vは耳に手を当て、脳内から語りかけた。

(ヴィクターか。切り裂き魔の件、何か解ったのか?)

(工具系のコンシューマンって線で進めていたんだけど、どれもこれもピンと来なくてね。それより一つ、興味深い情報を見つけたよ)

(興味深い情報?)

(事件があった日のSNSを漁っていたんだ。そしたら目に留まった。“風”だ)

(風?)

(事件の夜、現場周辺の半径1km圏内で一瞬だけ突風が吹いたらしい。空調設備の整ったコロニーでは、人為的に起こさない限り有り得ない現象だ)

(それが事件にどんな関係がある?)

(まだ解らない。確証は持てない。だがひょっとすると、僕たちは何か重大な勘違いをしているのかもしれないよ)

(勘違いか……)


T.Vが神妙な面持ちを浮かべた、その時

「アナロクさん! 大変です」

 厚井が警察署から、物凄い勢いで穴井のところに駆け込んできた。

「切り裂き魔の件で、新たに怪しい人物が追加されました」

「何!? どんな奴だ」

「住居不明。年齢不詳。一つだけ解っているのは、扇風機のコンシューマンってことです」


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