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機動デンカ  作者: 不二日沙夫
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デジタルとアナログ part2

 エリア04の中央通りから続くハイウェイ。エリア間を跨いで伸びる長い一本道を、一台のエアカーが疾走していく。穴井と厚井の乗った覆面パトカーだ。前方の車両は慌てて脇に逸れ、ドライバーたちは何事かと振り返る。が、搭乗している二人はそんな視線など気にも留めず遺体安置所へと急いでいた。エアパトカーはかなりの猛スピードで走行していたが、厚井の見事なハンドルさばきでぶつかることなく車両の間をすり抜けていく。その勢いについて来れるものなど……


 いや、一人だけいた。

「飛ばし過ぎだぜあっちゃん。追いかけるこっちの身にもなれっての」

 銀色のエアバイクに跨ったT.Vが、爆音をふかせながらエアパトカーの後をピッタリとついて来る。バイクといっても前傾姿勢で乗るスーパースポーツではなく、どっしりと腰を下ろして乗るクルーザータイプである。故に車体はかなり大きく、エアパトカーと並んでもなかなかの存在感を醸し出していた。

「兄貴、なんであの二人の後をついて行くんですか?」

 エアバイクから風を切る音に混じって、若い男の声が聞こえてきた。ヴィクターの透き通るような声とはまた違った癖のあるだみ声。その声に合わせてヘッドライトがチカチカと点灯するが、T.Vは気にすることなく語りかけた。

「そりゃお前、二人と一緒にいた方が事件の情報が手に入りやすいからだよ。アナロクさんの計らいで現場にも潜り込めるしな。あの人はああ見えて捜査の指揮権を任されてる凄い人なんだぜ」

「なんで捜査の指揮を執る人間がほぼ単独で現場に出向いてるんですかね」

「百聞は一見に如かずが座右の銘らしいからなぁ。本当は駄目なんだろうが、そのおかげでこうして関わることが出来てるんだから文句は言えないね」

「グレーなことしてるのはお互い様ってことですかい」

 エアバイクと二人、いや一人と一台揃って談笑するT.V。そうこうしているうちにパトカーが車線を変更し、ハイウェイを降りていく。慌ててギアチェンジし、後を追った。


遺体安置所はハイウェイを降りてしばらく行った道沿いにそびえ立つ立派なビルの中にあった。コロニーポリスのエンブレムがでかでかと印字された高層ビル。穴井たちが拠点としているエリア04署である。

「ご苦労様です警部」

 入口に立っていた警備員の敬礼に軽く応え、エントランスに入る二人。T.Vはその後をぴったりと着いて行ったが、関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉の前まで来ると、穴井がくるりと踵を返し、彼の眼をまっすぐに見て言った。

「悪いなT坊。ここから先は流石に許可できん。何か解ったら後で教えるから、その辺で待っててくれねえか?」

T.Vは一瞬、何か言いたげな表情を浮かべたが、すぐに諦めたように肩をすくめ、首を縦に振った。

「解りました。そこで一服でもしてきますよ」

 慰めるように肩をポンポンと叩き、ドアの奥へ消えて行く穴井。その直後、厚井がT.Vの前にぐいっと詰め寄る。

「妙な真似は考えるなよ。公務執行妨害でしょっぴくからな」

「はいはい。早く行きなよ」

 鬼のような形相を浮かべる厚井をよそに、T.Vは回れ右して喫煙所のある方へと歩いて行った。


「おう、ご苦労さん」

 穴井は先に来ていた捜査員に軽く挨拶すると、安置室の扉を開けた。灰色の壁に覆われた薄暗い部屋の中心に、長方形の台がポツンと置かれている。その上に、白い布を被せられた被害者の遺体が横たわっていた。

「鑑識は?」

「一連の検視は終わったそうです。データと照合した結果、100%フレイダー本人と一致したとのことで」

「そうか。後は遺族による確認だけってわけだな」

 穴井は深く頷くと、横たわっている遺体をじっと見つめた。そのまま何かを考え込むかのように口元に手を当て、黙って遺体を見つめ続ける。

 沈黙を破ったのは、入口の扉が開く音だった。我に返り振り向くと、捜査員の一人に連れられて美しい女性が入ってくるところだった。憂いに満ちた表情を浮かべ、うつむいている。

「警部。お連れしました」

 穴井は女性の前に立つと、真剣な眼差しで深々と頭を下げた。

「ご足労いただいてすいません。私、コロニーポリスエリア04署の穴井六蔵と申します」

 女性は何も言わず、おずおずとお辞儀をした。微かに身体を震わせながら。

「この度はご愁傷様でした。お辛いとは思いますが、遺体の確認をお願いします。こちらへ」

 穴井の手招きに合わせて女性がゆっくりと足を踏み出す。重苦しい空気の中、一同は台の傍まで歩み寄った。捜査員が慎重な手つきで遺体にかかった白い布をめくり上げていくと、首から上を失った無残な姿が露わになる。

「どうでしょうか奥さ――」

「ああああああああ!」

 穴井の質問は、部屋中に響き渡る嗚咽交じりの絶叫でかき消された。声の主は顔を両手で覆い、その場に崩れ落ちた。

「ま、間違いありません。わ、私の、夫です……」


 エントランスの端に、透明な壁で区切られた喫煙室がポツンと立っている。T.Vは中で一人、電子タバコを咥えながら何やら上着の内ポケットをごそごそまさぐっていた。

 やがて懐から手を出すと、指先につまんだものをじっと見つめる。黒い、小さな金属片。事件現場に落ちていたもので、遺体にアクセスした直後こっそり拾って持っていたのだ。

「……念のため調べてもらうか」

 誰に言うでもなく呟いたその時、喫煙室の扉が開いて男が一人入ってきた。慌てて金属片をポケットに突っ込み、何事もなかったかのようにタバコを手繰らせる。

「これはこれは探偵さん。奇遇ですねえ」

 入ってきた男はT.Vの姿を見つけるや否や、馴れ馴れしい口調で近寄ってきた。対するT.Vの顔に一瞬嫌悪の色が浮かび上がるが、すぐに平静を取り戻し、あまり感情のこもっていない声で話しかける。

「……よう、キャメル。相変わらず警察に張り付いてネタ探しか?」

「まぁそんなところです。探偵さんこそここで何を?」

「ちょっと野暮用でな。ある事件を追ってる」

「ほう、それはひょっとして切り裂き魔の事件ですか」

「何だよ。知ってたのか」

「穴井警部たちと署に入って来るのが見えましたんでね。今度の被害者は誰です?」

「言えるわけねえだろそんなこと」

「それは残念。もしかしたら私が持っている情報が、解決の糸口になるかも知れませんのにねえ?」

「一介の記者であるお前さんの情報がか?」

「探偵さんだって警察から見れば私と同じ立場じゃないですか。フリージャーナリストの勘を侮っちゃいけません。これまでのこと、忘れたとは言わせませんよ」

 キャメルが挑発的な視線をT.Vに向ける。その顔に内心嫌悪感を抱きつつも、T.Vは目をそらすことができなかった。これまで警察とともに解決してきた事件の中には、彼から得た情報が決め手となったものも確かにあるのだ。

「はぁ……フレイダーだ」

 観念したかのようにため息を吐きながら呟く。瞬間、キャメルの不敵な糸目が大きく丸く見開かれた。

「なんとなんと。その名前をこのタイミングで聞くとは」

「大手アトリエ事務所のコンシューマン。お前さんもよく知ってるだろ」

「もちろん。建築業界じゃ今一番名を上げた男ですよ。コンシューマンにもかかわらず、数々の独創的なデザインを考案して一目置かれるようになった。おまけに去年、ヒューマンの女性との結婚が取り沙汰されたばかりじゃないですか」

「幸せの絶頂だったろうな。それが……奥さんもわずか一年で未亡人。気の毒な話さ」


「……いや、それはどうでしょうな」

 キャメルの瞳が妖しく輝き、眉と声をひそめる。どう見ても被害者の死を悼んでいる表情ではない。

「どういう意味だ」

「ここだけの話、夫婦仲はあまりよくなかったようです。原因は仕事漬けの夫にあったとも、浪費家の妻にあったとも言われていますがね。とにかく近所の人によると毎晩喧嘩が絶えなかったとか」

「何でお前がそんなこと知ってるんだ?」

「私も生活がありますんで、時には事件性のないゴシップで日銭を稼ぐんですよ。まぁそれはともかく、フレイダー夫妻が仲睦まじい夫婦だったと一概には言えませんな。そんな中で夫が首を斬られて殺された。どうもタイミングが良すぎると思いませんかねえ」

 口角がニヤリと上がり、ねっとりと首を捻るキャメル。いつの間にかT.Vの目と鼻の先まで踏み込んでいた。

「じゃあ何か。お前さんの見解としては、妻が事件に関与しているとでも言いたいわけか」

「確証はなーんにもございませんがね。あくまでも記者としての勘です」

「それじゃ当てにならないな。同様の事件はこれまでも4件起きてる。それに現場検証でヒューマンが犯すには難しい手口だと既に判明してるんだ」

「別に私は妻が直接手を下したとは言ってませんがね。それこそ実行犯が別にいて、そいつに頼んだのかも知れない」

「食い下がるな。だいたい何を根拠に妻が夫を殺したと言い張るんだ。多少夫婦仲が悪かったぐらいで殺す動機になり得るか?」

「探偵さん、ヒューマンってのはあんたが思ってるよりずっと醜い。私らみたいに工場で清廉潔白に造られた存在じゃあないんですよ。自分の感情を満たすためなら人だって平気で殺す。このコロニーで起きる殺人事件の9割は奴らによるものだ。私も長いことこの目でそんな現場を見てきた。あいつらは理屈で動く生き物じゃない。合理的でないと頭で分かっていても、時には感情というものが打ち勝ってしまうこともあるんです」

 キャメルの目はぎらつきを増し、鼻息も荒くなった。皮肉にも、そんな熱弁を振るう姿が薄気味悪いニヤニヤ笑いよりよほど人間味を感じさせた。

「わかった。わかったからそれ以上近づくな。俺に接吻する気か」

 T.Vに制され、はっと我に返るキャメル。慌てて引き下がり襟元を正すと、踵を返し、出口に向かって足を進めた。

「とにかく私は、奥さんが怪しいと睨んでます。探偵さんもあまりヒューマンの肩を持たんことですな」

 吐き捨てるように呟くと、ヒューマン嫌いのフリージャーナリストは扉の外へと去っていった。後に残されたT.Vが一人、その後ろ姿に向かって非難の眼差しを向ける。

「……自分だってコンシューマンの肩持ちまくりじゃねえか」


「ご協力ありがとうございました。ゆっくりお休みになってください」

 安置室の扉が開き、ぞろぞろと部屋を後にする警官たち。その内の一人に半ば支えられるようになりながらふらふらと出て行こうとするマリアに厚井が穏やかな声で語りかけた。

「ご主人の無念は我々が必ず晴らします。どうかご安心を」

 胸を張って頼もしさをアピールするが、当の本人にはまるで響いていない。差し出されたハンカチに顔を埋め、終始悲嘆にくれている。厚井はさらに激励の言葉をかけようとしたが

「もういい厚井。その辺で」

 同僚の警官から肩を叩かれ、思いとどまった。

「……すいません」

 気まずい表情でその場に立ち尽くす厚井。彼を尻目に、マリアはとうとう一度も顔を上げることなく、安置室から出ていった。


 そんな彼女の後ろ姿を何も言わず、じっと見つめている者がいた。穴井だ。他の皆と違い安置室から立ち去る素振りもみせずに何やら深く考え込んでいる。

「どうしたんですか?」

 彼の様子に気がついた厚井が振り返り、駆け寄って来る。

「……あの女、何かあるな」

「え?」

 口元に手を添えてぼそりと呟く。目は驚く厚井を無視してただひたすらにマリアが後にした場所を鋭く見つめていた。

「彼女のことで何か解ったんですか?」

「いくら何でも、遺体を夫だと断定するのが早すぎる。おかしいと思わないか? 首から上がなくなった状態。身体にも特にフレイダーだと解る痕跡がない。それを一目見て間違いないと言っていた。コンシューマンならまだしも、ヒューマンが死体を見て動揺も葛藤もせずそこまではっきり答えられるわけがないんだ……あらかじめ準備していなければ」

「どういう意味です?」

「厚井。さっきの彼女を見て、俺にはどうも夫が殺されたことにして早く終わらせたがっているようにしか思えなかった。何故そんなことをしたがるのかは分からんが」

「ちょっと待ってくださいアナロクさん。じゃあ今回の事件の真犯人は……」

「少なくとも俺の中ではその可能性が出てきた。だがそれを決めるには証拠が足りん。T坊の力をもう一度借りる必要がありそうだ」

 言うが早いか、顔を上げると足早に安置室から出て行こうとする穴井。

「ちょ、ちょっとどこ行くんですか」

「お前さんたちはとりあえず切り裂き魔の線で進めておいてくれ。こっちは俺一人でやる。どっちが正解かはまだ判らん。だがこの事件、必ず解決してみせるぞ」


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