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機動デンカ  作者: 不二日沙夫
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デジタルとアナログ part1

大勢の人が行き交う繫華街エリア04。その一角にちょっとした人だかりができている。人々が好奇の眼差しを向ける先には立ち入り禁止の電光掲示板と黄色い柵が立て掛けられ、青い制服に身を包んだ複数の警官たちが出入りしていた。

「警部! こちらです」

 その中の一人が、人混みに向かって声をかける。やがて野次馬の群れをかき分けるようにして灰色のコートを羽織った二人組の男性が姿を現した。

「はいはい、ちょっとごめんよ。通してね」

 先陣を切る初老の男は慣れた手つきで人々の間を縫って進む。もじゃもじゃの髪に白髪が若干混じっているが、がっしりとした体格のためかそこまで老いを感じさせない。一方で低くゆったりとした声や、浅黒い肌に刻まれた無数の皴からその道何十年の苦楽を生きてきたベテランの風格が漂っている。

「こらそこ、それ以上近づくんじゃない」

その後に続く若い男の方は、野次馬たちを口うるさく制しながらやや遅れて後をついて行った。初老の男よりも背が高く、きびきびとした所作やメリハリのある高い声から若さと自信に満ちたパワフルさを感じさせる。しかし同時に、人混みをさばききれず飲まれかけているところにまだまだ経験の浅い新人感も垣間見えていた。


 二人は人だかりから脱すると、黄色い柵の前に立った。若い刑事は左手に巻いたスマートウォッチを、初老の刑事は胸ポケットから古ぼけた警察手帳をそれぞれ取り出し、電光掲示板にかざす。ピコンという音とともに立ち入り禁止の文字が二重丸に変わり、閉じきられていた柵が左右にスライドする。背後から野次馬たちの視線を浴びながら、二人の刑事は柵の奥へと足を踏み入れた。


現場の中に入った二人を、制服警官が敬礼とともに出迎える。彼に指を指され目を向けた先、狭い路地の片隅にブルーシート……ではなく、人間一人がすっぽり乗っかるサイズの青い一枚板が横たわっていた。

「現場検証と行くか」

 初老の刑事がボソッと呟くと同時に、若い刑事が足早に板の方へ駆け寄っていく。すぐ傍まで来ると、再びスマートウォッチをかざした。その瞬間、何も乗っていなかった筈の板の上に、仰向けになった人間の身体が姿を現した。

 本物ではない。本物の遺体は既に安置室に運び込まれている。刑事たちの前に横たわっているのは、青い板――超薄型プロジェクターが映し出す立体映像、ホログラムだった。


 指先一つで遺体の向きを変え、その損傷をくまなく調べる若い刑事。一方初老の刑事は、遺体の欠損した部位を見ながら、世も末だと言わんばかりに首を横に振った。

「また切り裂き魔だな」

「やっぱりそう思います?」

「この有様を見ればそう思わざるを得んだろう。首から上がスパッといかれちまってる」

「まずいっすね。これでもう五人目ですよ」

 若い刑事が、遺体のホログラムから目を離すことなく言った。やがてその指先が、遺体の首元、切り裂かれた断面をアップにしたところでピタリと止まる。血は出ていない。代わりに細かい電子部品や回路の一部が露出していた。

「しかも毎回コンシューマンだ。今回もその例に漏れずだな」

「クソッ、これがヒューマンならDNA鑑定で一発なのに」

「コンシューマンじゃ身元を明らかにするだけでも大幅に時間がかかる。おそらくその辺も計算に入れての犯行だろう。残虐かつ計画的。一番厄介なパターンだな」

「こうして俺たちがモタモタしてる間にまた次の犠牲者が……酷いイタチごっこですよ」

「仕方ねえ。今度こそ何かしら手がかりが見つかるのを祈るしかあるまいよ」

 二人は顔を見合わせ、溜息を吐いた。


「穴井警部。ちょっとよろしいですか」

外で野次馬たちを制止していた制服警官の一人が、初老の刑事の方へ駆け寄って来た。

「どうした。何か解ったか?」

「いえ、そういうわけではないんですが……」

 制服警官は刑事の餃子のように丸まった耳元に口を近づけると、何やら囁いた。

「……どうします」

「わかった。通してやれ」

「よろしいんですか?」

「責任は俺が取る。と言ってもあんまり大々的に話してくれるなよ。な?」

「はあ……」

 穴井警部は笑みを浮かべると、制服警官の肩をぽんぽんと叩いた。警官は困惑した表情を浮かべながらも、一礼し小走りに駆けて行った。入れ替わるように若い刑事が不機嫌そうな顔で詰め寄る。

「まさか、またあいつですか」

「そう嫌そうな顔するなよ。持ちつ持たれつの関係なんだからさ」

 穴井がなだめるように言った時、人混みの方から呑気な声が聞こえてきた。

「いや~すいませんねアナロクさん。毎回お邪魔させてもらっちゃって。お疲れさんです」


 二人が振り向くとT.Vが頭を軽く下げながら現場に入ってくるところだった。薄茶色のコートに身を包み、親しげな笑みを浮かべている。体格は二人と並んでも何ら遜色なく、一見すると刑事の一人にしか見えないほど場に溶け込んでいた。

「探偵。遊びに来たつもりなら帰れ。こっちは今仕事中だ」

若い刑事が心底鬱陶しそうな顔を浮かべてT.Vを睨みつける。対するT.Vも容赦ない一言に気を悪くしたのか、笑顔が崩れた。

「おいおい、軽く挨拶しただけで随分と辛辣じゃねえか。警部どの直々に許可を頂いて入れさせてもらってんだぜ? 遊びに来てるわけないだろあっちゃん」

「だったらその馴れ馴れしいあだ名で呼ぶな。俺はお前の友達じゃない」

「そんな悲しいこと言うなよ。何度か一緒に事件を解決してきた仲だってのに」

「はぁ? 一介の情報提供者が調子に乗るなよ。事件を解決してるのは俺たち警察だ。探偵は大人しく浮気調査でもやってろ」

「そんな横柄な態度でカッカしてたら、いつまでたってもアナロクさんみたいな誰からも信頼される警部になれないぜ?」

「大きなお世話だ。とにかく邪魔だから帰れ。お前の助けなんかいらん」

「俺は捜査の指揮権があるアナロクさんの許可を得てここにいるんだ。あっちゃんに指図される覚えはないね」

「喧嘩売ってんのかこの野郎」

「先に言ってきたのはそっちでしょうが」

 前のめりになって睨み合う両者。間に挟まれた穴井は呆れたように頭をかくと、両手を広げて二人を引き離した。

「やめろT坊。厚井と小競り合いさせるために入ることを許可したわけじゃないぞ」

 T.Vはしばらくの間若い刑事、厚井の方を睨みつけていたが、やがて軽く息を整えると気を取り直して穴井に尋ねた。

「失礼しました。ホトケさんはどこです?」

「そこだ。まあ解ってるとは思うが、あんまり板を動かしたりするなよ」

「ご心配なく。ちょっとアクセスするだけなんで」

 T.Vは厚井を押しのけると板の前で拝んでからしゃがみこんだ。そのまま額に指を当て、静かに目を閉じる。

(ヴィクター。今からそっちに被害者のデータを送る。いつも通り解析頼むわ)

(解った。と言っても電子頭脳なしじゃどれだけ情報を得られることか……)


 ヴィクターの言葉が終わらないうちに、T.Vは左腕の五指を伸ばした。直後、五本指の関節がカパッと外れ、中から細いコードのようなものがぐにゃぐにゃと伸びてきた。五本のコードは触手のようにうねうね動き、青い板の側面にぴったりと張り付いた。

 同時にT.Vの眼前から周囲の景色が消えてなくなる。代わりに映し出されたのは、暗闇の中、無数に点滅する緑色の文字や数字の羅列だった。

(製造番号643‐585‐508223。名前はフレイダー。エリア04在住、アトリエ事務所「ヘルツ・マシーネ」勤務の電動エアブラシ型コンシューマン。死亡推定時刻は昨夜19時頃。帰宅途中のところを襲われたらしい)

(それ以外は?)

(切断面に若干だが熱を感じる。焼き切ったのか回転ノコギリで斬ったのかはわからないけどね。いずれにせよ、シンプルに何か鋭利な刃物で切断したというわけじゃなさそうだ)

(バーナーか。あるいはチェーンソーか。どっちにしても並のヒューマンがこの都会で持ち歩くには少々物騒な代物だな)

(だがコンシューマンなら可能かもしれない。そういった機能が内蔵されているなら人目につかず持ち運ぶことが出来る)

(だとすれば切り裂き魔の正体は、工具のコンシューマンってことか)

(その可能性は高いね。頭部が持ち去られていなければ、電子頭脳のデータからより確実に犯人の正体が特定できたんだけど……)

(ないものはしょうがない。とにかくここ数日エリア04にいた工具系コンシューマンを徹底的に当たってみてくれ)

(わかった。建築業者あたりから調べてみるよ。ちょっと時間かかるけどいいかな?)

(よろしく頼む)


 二人の刑事はT.Vが遺体にアクセスしている間、見て見ぬふりをして時間を潰していた。厚井は野次馬たちがテープの内側に入ってこないか目を光らせ、穴井は使い込まれた古い腕時計を弄っている。厚井のはめているピカピカのスマートウォッチとは対照的な、長針と短針で動くシンプルな針時計。最先端のコロニーで暮らす人間の所持品にしてはあまりにも時代錯誤な代物だ。

「アナロクさん、いつになったらこっちの支給品使うつもりですか?」

「そんなもん使わなくても俺にはこいつで充分さ。ごちゃごちゃ色んな機能が入ってるのは好きじゃない。時計はあくまでも時間を見るものだ。今何時かぱっと把握して、てめえの頭で計画を練る。そんなもんで良いんだよ」

「いや、でも通信機能や地図アプリなんかはあった方が便利だと思いますけどねえ」

「解ってねえなあ厚井。下手にアプリやら何やらに頼ってばかりいると、いざそいつが壊れた時なんにもできなくなるぞ。刑事ってのは手や口をふさがれても連絡を取る手段、地図に載ってない裏道抜け道の知識なんかを持ってなきゃ務まらん」

「はぁ……そういうものですかね」

「お前さんも場数を踏めばわかるよ。それにこいつは先祖代々受け継がれてきた穴井家の勲章みたいなもんでね。おいそれと手放すわけにはいかないのさ」

 得意げに鼻を鳴らす穴井。困惑の表情を浮かべる厚井。そんなやりとりをしているうちに、ヴィクターとの通信を終えたT.Vが二人の元へ戻ってきた。

「ようT坊。なんか解ったか?」

「被害者の身元が割れました。それとどこの誰とは特定できないが、犯人像が絞れましたよ」

「何だって!?」


「……なるほど。工具系のコンシューマンか」

「あくまでその可能性が高いという話ですがね。念のため彼らに関する聞き込み調査、それと鑑識で遺体の切断面を詳しく調べてもらった方がいいかと」

「解ったよT坊。協力感謝する」

 疑わしそうな表情を浮かべる厚井をよそに、穴井はT.Vの話に熱心に耳を傾け、メモをとった。これまたコロニーでは骨董品レベルの紙のメモ帳と鉛筆である。

「よし厚井、今聞いたことを鑑識に伝えてこい。そんな顔するなよ。T坊が適当なこと言うわけねえだろ?」

「はぁ……解りましたよ」

 厚井はもう一度T.Vを一睨みすると、これ以上彼と一緒にいるのはごめんだとばかりに踵を返し、駆けて行った。後に残されたT.Vがその後ろ姿に向かって舌を出していると、突然穴井に襟首を掴まれた。

「聞いたぞT坊。女連れ込んだらしいじゃねえか。しかもウォーカーの情婦だとか」

「げ……お、お耳が早いっすねえ。流石アナロクさんだ」

「あいつと派手にドンパチやった挙句、病院送りにして彼女は家政婦として働かせてんだってな。羅磁王会のお膝元でまぁ肝っ玉のでかい真似しやがる」

「あ~、これにはちょいと深い訳がありまして……」

「今度会わせてくれや。若頭の女ってことは奴の悪行をそれなりに見てきてるかもしれん」

「いや~どうですかね。愛人になるのが嫌で逃げてきたってんですからそこまでズブズブではないかと……」

「そうか? まぁいいや。詳しいことは彼女に直接会って聞こう。いつなら空いてる?」

「基本暇なんでいつでも。アナロクさんこそ今は事件で手一杯なんじゃないですか?」

「まあな。だがそう遠くないうちに片がつくだろう。何しろこの狭いコロニーの中だ。逃げきれやしねえさ。強力な助っ人もいることだしな。頼りにしてるぜ。名探偵」

 穴井がT.Vの肩をぽんぽんと叩く、T.Vも嬉しそうな笑顔を浮かべたその時、厚井が足早に戻ってきた。

「アナロクさん、鑑識に伝えてきました」

「で、なんて言ってた?」

「フレイダーのデータと照合して解剖を進めるそうです。向こうも半信半疑でしたよ。一介の情報提供者がなんで自分たちより先に身元が判るんだって」

「そりゃお前、名探偵だからだよ」

「……あと、身元確認のために一人立ち会ってもらうことになりました」

 T.Vを露骨に無視し、厚井はわざと穴井の方だけを向いて言った。

「フレイダーを造った技師あたりにか?」

「いえ、彼の妻です。ヒューマンで、名前はマリア」


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