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機動デンカ  作者: 不二日沙夫
3/9

ミーツ・レイン Part3

 寒々しい地下室に、追い打ちをかけるような冷たい緊張感が充満している。銃口を向けたまま立ち尽くすT.V。ソファーに腰をかけ、相棒を見つめるヴィクター。照子を挟んで相対する両者の眼差しは、張り付いたように動かなかった。

「ま、待ってください。急にどうしたんですか」

「どうしたもこうしたもあるか。ちょっと目を離した隙にこんなところまで。ここは何も知らない来客がおいそれと入れるような場所じゃないんだ。どうやって降りて来た!」

 T.Vは厳しい声色で詰め寄ると、改めて銃をジャキッと構えた。ひきつった表情で大汗をかく照子。そんな彼女の背後から、ヴィクターがさも当然といった声で語りかける。

「僕が招待したんだ。興味本位で彼女にアクセスしたら、その素晴らしい感受性で逆探知されてしまってね。ますます気になったんで直に話を聞かせてもらおうと思ったまでだよ」

「そ、そうなんです。自分からこの場所にたどり着いたわけじゃありません。案内に従っただけです!」

 照子が必死で弁明する。T.Vはしばらくの間、表情を変えぬまま二人を見つめていた。が、やがてゆっくりと銃を下ろし、ふーっと息を吐く。

「ヴィクター。俺に断りもなくここに他人をホイホイ連れて来るな。お前はもうちょっと自分が危ない立場にいるって自覚を持てよ。彼女がもしスパイだったらどうするつもりだ」

「そんなことはない。照子はごく普通の一般市民だ。ちゃんと彼女の素性について調べたから大丈夫さ。むしろ君こそ神経質になりすぎなんじゃない?」

「応接室で待っとけと言ったはずの客がたった30分で消えてたら焦るだろ! しかもよりによってここにいるとなれば尚更だ!」

 あくまでも平静を保つヴィクターに対し、激昂して地団駄を踏むT.V。そんな二人を交互に見つめながら、照子はここへ来たことを後悔し始めていた。

「ごめんなさい。私ここへ来ちゃいけなかったんですね……」

「全くだ。おかげでお前さんをこの事務所から出すわけにいかなくなった」

「へ?」

「当たり前だろ! ヴィクターの存在を外部の人間に知られるわけにはいかない。こいつには複雑な事情があるんだ。誰かさんの愛人云々よりよっぽど複雑な事情がな」

 最後の方は吐き捨てるような言い方だった。それまで困惑気味だった照子もこの言い草には流石に腹が立ったらしく、むくれてT.Vを睨みつける。

「そんな言い方ないでしょう。確かにこんなところにひそひそ住んでいるカスタマンなんてさぞ深~い理由がお有りなんでしょうけど、私だって切羽詰まった状況なんです!」

「切羽詰まった状況? 逃げおおせてここに保護されてんだから違うだろ。そりゃ今この場にウォーカーの野郎が来てるってんなら話は別だが――」

 T.Vの言葉は最後まで続かなかった。彼の声をかき消すように突然けたたましいサイレンが鳴り響き、天井のライトが赤く点滅しだしたからだ。

「な、何!?」

「どうやら君のお出迎えが来たようだね」

 ヴィクターが言うと同時に、天井から巨大なモニターが降りてくる。画面には事務所の正面と思しき路地が映し出されており、そこに数台の黒いエアカーが停まっていた。

「まさか……」

 エアカーからスーツに身を包んだガラの悪い男たちが続々と降りてきた。手にはナイフや金属バット、そして拳銃を握り締め、今にも襲いかかって来んばかりの獰猛な表情を浮かべている。そんな男たちの中心に立つサングラスとオールバックの男を見た途端、照子が小さく悲鳴をあげた。

「ヒィ!」

「ちっ、なんつータイミングだ。本当に来るかよ。続きは後だ。お前たちはここにいろ」


「おい照子ォ! いるのは解ってんだ。大人しく出てこい!」

「カシラへの借り、きっちり返しやがれ!」

 探偵事務所の玄関に向かって男たちが怒号をぶつける。周囲の家屋から住民たちが何事かと顔を出すが、ヤクザだと解るや否や慌てて窓を閉めた。一方オールバックの男は傍の罵詈雑言を気にする様子もなくじっと二階の窓を見つめていたが、やがてそっと手を上げ、男たちを制した。

「その辺にしておけ。怒鳴りつけたところで素直に聞くような女じゃない」

「しかしカシラ……」

 手下の一人が反論しようとしたが、振り向いた男の一睨みで黙らされる。

「これは俺とあいつの問題だ。お前らが口出しするな」

 細身の身体に似合わない低い声で凄む。その威圧感に、周囲の男たちもたちまち静まり返った。

「ここはもう少し紳士的にいくか」

 そう言うと男は一歩前に踏み出し、二階の窓を見つめたまま低い声を張り上げた。

「照子、約束が違うんじゃねえのか。俺はお前が放送局で働きたいというから、顔を利かせて願いを叶えてやった。要するにこっちの先払いだ。しかも一銭たりともせびってねえ。たった一つ、俺の可愛い女になってくれと言っただけだ。お前もそれは了承してたよな? なのに今更嫌だなんて、流石に虫が良すぎるじゃねえか。別にとって食おうなんて思っちゃいねえよ。お前が欲しいと思ったブランド品も買ってやる。何も悪い条件じゃねえだろ?」

 強面の顔にできるだけ温和な表情を取り繕い、男は二階の窓に語りかけた。が、返事はない。照子が顔を出す様子もない。

「……そうかい。そっちが出てこないなら、こっちから行くしかねえな」

 男は溜息を吐き、肩をすくめた。それを合図と受け取ったのか、金属バットを持った男たちがぞろぞろと前に踏み出す。そのままバットを振りかざし、玄関扉を叩き壊そうとした、その時。

「わざわざノックしていただかなくても、こちらからお開けしますよウォーカーさん」

 扉の隣のガレージからT.Vの声が聞こえてきた。シャッターが閉まっており、その姿は見えない。彼の声を聞いた途端、一瞬だけ男の顔に凄まじい殺気がほとばしる。が、すぐに元の表情に戻り、何事もなかったかのように語りかけた。

「よおT.V。うちの女が世話になってるな。お前としても仕事の邪魔だろう。さっさとこっちに引き渡してくれねえか」

「照子さんのことなら、一応うちの依頼者ってことで手厚く接待させてもらってますよ。邪魔だなんてとんでもない」

「まあそう言うなって。照子を渡せば大人しく引き下がるからよ。ヤクザが家の前に陣取ってちゃ近所迷惑にもなるだろ?」

「そうっすねえ。まぁとりあえず開けますんで、ちょいと下がっててもらえますか?」

 T.Vのあっけらかんとした声とともに、シャッターがゆっくりと上がりだした。ウォーカーは男たちに目配せし、金属バットを持った者はひとまず後ろへ下がる。代わりに銃を持った者が前に出て、ガレージに狙いを定めた。

「油断すんなよ。開ききる前に撃ち殺せ」

 ウォーカーが情の欠片もない冷たい声で囁く。銃を構えた男たちは唾をごくりと飲み、その瞬間を今か今かと待った。その中には、先ほど逃げ帰った二人の姿もあった。

 やがて、ガレージの奥からうっすらと人影のようなものが姿を現した。それを見定めた瞬間、ウォーカーが叫ぶ。

「殺れっ!」


パンッ! パンッ! パァンッ!


路地に響き渡る、数発の銃声。直後、男たちが腕を押さえてその場に崩れ落ちた。彼らの手に握られていたはずの銃は飛んできた弾丸によって弾かれ、地面に転がっている。

「くぅっ……すいませんカシラ。向こうの方が早いっす」

「ちっ、役立たずが」

 ウォーカーは近くにいた男の頭を引っ叩くと、懐からオートマチック拳銃を取り出し、ガレージの人影に向かって躊躇なく引き金を引こうとした。が


「ん?」

 ふとウォーカーの指が止まる。彼の視線の先、開ききったガレージの中にはT.Vと……もう一人のT.Vが並んで立っていた。

「「ごきげんよう。羅磁王会の皆さん」」

 混乱する男たちに向かって二人のT.Vが全く同時に語りかける。ウォーカーは隣にいた手下と顔を見合わせた。

「か、カシラ。これって……」

「幻覚だ。どうやら奴の能力に嵌ったらしい」

 警戒心に満ちた声で呟くウォーカー。彼の傍にいた男がナイフを握りしめ、T.Vたちに突撃しようとするが、咄嗟に止められた。

「やめとけ。下手に突っ込んでも相手の思うつぼだ」

 手下たちを下がらせると、ウォーカーは銃を相手に向けたまま言った。

「T.V。何の真似だ。そんなに俺たちの前に出てくるのが怖いか?」

「「怖いですねえ。挨拶代わりに鉛玉を二発も三発も撃ち込まれちゃたまったもんじゃない。もし照子さんを引き渡そうとしていたらどうするつもりだったんですか」」

「お前はそんな素直な奴じゃない」

 ウォーカーがぴしゃりと言い放つ。二人のT.Vは同時に肩をすくめ、苦笑いを浮かべた。

「「素直じゃない、か。悪い意味で信用されてるみたいっすねえ」」

「いいかT.V。これが最後だ。照子を連れてこい。さもないと本気で潰すぞ」

「「残念ながらうちの依頼人はもうあんたらに会いたくないとのことで。まぁ扉開けるなり撃ち殺そうとしてくるような連中なんて、嫌われて当然ですな」」

「そうかい。なら力ずくで連れて帰るまでだ!」

 ウォーカーが突然激情を露わにし、引き金を引いた。一発の弾丸が瞬く間に発射され、立ち並ぶT.Vのうち、右側に立っていた方の眉間を撃ちぬく。

しかし、何も起こらない。撃たれたT.Vは倒れることもなくカラカラと笑い、やがて煙のようにふっと消えた。

「ハズレか。ならこっちだ!」

 素早く狙いを定め、もう一度引き金を引く。弾丸は狙いを外すことなくもう一人のT.Vの心臓を直撃した。

「くっ……!」

 撃ちぬかれた胸元を押さえ、苦しそうに崩れ落ちるT.V。ウォーカーの顔に残虐な笑みが浮かび、傍にいた手下たちが勝ち誇ったように叫んだ。

「ざまあないぜ! カシラを甘く見た罰だ!」

「あばよ、探偵さん」


「……なんてな」

 T.Vが頭を上げた。苦しそうに歪んでいたはずの顔には、相手をからかうような余裕の笑みが浮かんでいる。

「何……?」

 入れ替わるようにウォーカーの顔から笑みが消え、勝ち誇っていた男たちも静かになる。彼らの眼前で、T.Vは先程と全く同様、煙のように消え去った。


「馬鹿な……どっちも…………」

 凍りついたように立ち尽くすウォーカー。予想外の展開に自分の目が信じられないのか、呆然とした表情を浮かべている。

「……! カシラ危ねえ!」

 背後からの叫びに振り向いた瞬間、脳天目がけて振り下ろされる、一本の金属バットが飛び込んできた。

「うぉ!?」

咄嗟に飛び退け、すれすれのところで回避する。バットの持ち主である手下の一人は、外した得物を再び振りかざし、憎しみに満ちた眼差しでウォーカーに吠えた。

「死ね! 探偵野郎!」

「はぁ?」

 困惑するウォーカーに向かってさらに襲いかかる手下。別の手下が慌てて止めに入る。

「馬鹿! 気でも狂ったか」

「うるせえ!」

 ウォーカーの眼前で、二人の男がもみくちゃになって争い始めた。

「おい、誰かこいつを――」

 抑えつけろと言いかけたが、周囲の光景を見て絶句する。あちらこちらで男たちが突然乱闘を始めていた。ナイフが、バットが、そして怒声が路地を飛び交っている。

「おいおい、何やってんだお前ら。やめねえか!」

 男たちを諌めようと一歩踏み出した、その時

 

パーン!


 一発の弾丸が、足止めするかのように目と鼻の先に撃ち込まれた。

「……まさか!」

 ウォーカーの視線が素早く二階の窓に映る。僅かに開いた隙間から覗いていた黒い銃身が、あざ笑うかのように中へ引っ込むのを彼は見た。


「ようやく気づいたか」

 ウォーカーが見つめる視線の先、事務所の二階にある応接室ではT.Vが空の薬莢をREMOコンバットマグナムのシリンダーから取り出していた。

「さぁ、どうする若頭」

 誰に言うでもなく独り言のように呟いたつもりだったが、早くもその返事は来た。一発の弾丸が閉め切られた窓に叩きこまれ、ピシッという音ともに白いヒビを作る。

「やっぱりな。すいませんねえ。うちの窓、防弾ガラスなんですよ。どうしてもぶっ壊したいなら対戦車ライフルでも持ってきてもらえます?」

「やってくれたなT.V。始めからそこで高みの見物を決め込んでたってわけだ」

「おたくの言う通り、素直な性格じゃないもんでね」

「しばらく会わねえうちに随分とスペックを上げたみたいじゃねえか。そんな所からうちの連中全員に幻覚を見せるなんてよ。おかげでせっかく連れてきた肝いりの奴らが揃いも揃って潰し合ってる。敵と味方の区別がつかねえんじゃもう使い物にならん」

「それは残念ですな。じゃあどうします? さっき警察に通報しちゃったんで、到着するまでもう10分もないですけど。このまま帰ってくれるなら、なかったことにしてあげてもいいですぜ」

「ハッ、馬鹿言え。ここまで来て手ぶらで帰れるか。お前を倒して照子を連れ帰る。それぐらい俺一人で……充分だっ!」

 喧騒の間を縫って、ウォーカーの叫びが路地に響く。同時に


 ガッシャアアアン!!


 突如二階の窓ガラスが粉々に砕け散り、凄まじい突風と甲高い金属音が応接室に飛び込んできた。咄嗟に椅子の陰に身を隠すT.V。

「ほう! そちらの超音波も随分とパワーアップしてるじゃないですか」

「スペックを上げたのは、てめえだけじゃないんだぜ? 防弾ガラスの一枚や二枚、なんてことねえ。お前ごときにとどめ刺すには勿体ないほどの力だ」

「言ってくれるじゃないですか。なら俺のマグナムとどっちが強いか。勝負します?」

「上等だ。てめえのおもちゃには散々手こずらされたからな。いずれはケリつけなきゃいけねえと思ってた。お望み通りサシで勝負してやるよ。普段嫌ってほど見せびらかしてるその銃ごとぶっ壊されれば、屈辱のうちに死ぬことになるだろうからな」

 路地に狂ったような高笑いが響き、T.Vの涼しげな顔が一瞬だけ真顔になる。が、すぐににこやかな笑みを浮かべると、懐から黒いカプセルを取り出した。

「……あんな挑発に乗るとは、俺もまだまだだな」

 言いながらカプセルを開き、中に入っていた物を取り出す。最初に装填していたものより長めの弾丸が6発、スピードローダーに詰められていた。それを空になったマグナムのシリンダーにセットし、スイングイン。ガラスの破片が散らばった窓辺に身を潜める。

「この窓けっこう高かったんだけどなぁ。今月も赤字か」

 自虐気味に軽く笑った。直後、勢いよく身を乗り出し、眼下に銃口を向ける。フロントサイトの先に、待ちかねたとばかりに大きく息を吸い込むウォーカーの姿があった。

「死ねっ!」


 ズ ダ ア ア ン


「…………」


「……………………」


「………………………………」


「…………………………………………ぐ……ぁぁぁああああああアアアアアアアアア!」


 顔の右半分を覆い、倒れ込むウォーカー。地獄から響くような低い呻き声が路地に反響する。血は流れなかった。代わりに粉々に砕け散った電子部品の類が割れたサングラスの隙間から大量にこぼれ落ちる。

「防弾ガラスを粉々にする超音波とは恐れ入ったよ。流石は羅磁王会の若頭だ。だがその能力を使うなら、選んだ言葉がまずかったな。音をより大きく、一瞬で伝えるには“あ”とか“は”とか言った方が良い。“死ね”は長すぎる。弾丸が到達するには充分すぎるだけのインターバルがあった。最後の手向けとしてその言葉を送ってくれたのかも知れんがね」

 冷静に呟くT.Vにありったけの罵詈雑言をぶつけようとするウォーカーだったが、痛みのせいか言語機能を破壊されたのか、思うように言葉が出てこない。そんな若頭の異変にようやく気づいたのか、殴り合っていた男たちがはっと我に返り慌てて彼の元へ駆け寄る。

「か、カシラアアア!」

「T.Vてめえ許さねえ! 絶対に殺して――」

「とりあえず、今日は無理だ」

 T.Vがさらりと言いのける。同時に路地の奥から、数台のパトカーがサイレンを鳴らし近づいてきた。

「照子の件、諦めた方がいいと思うよ?」


「凄いですT.Vさん! たった一人でウォーカーをやっつけちゃうなんて」

 地下室に戻ってきたT.Vのもとに照子が駆け寄ってくる。彼女は憑き物が落ちたように晴れやかな笑みを浮かべていた。

「これでしばらくの間、あいつに付き纏われることはないだろう。結局武力行使になっちまったのは少々残念だが」

「本当に……本当にありがとうございました」

 深々と頭を下げる照子。T.Vはにやりと笑い、彼女の向こうでソファーに座ったままの相棒に目線を移した。

「ご苦労さん。依頼達成だね」

 労いの言葉をかけながら、満足そうに微笑むヴィクター。T.Vは静かに頷くと、改めて照子に向き直った。

「さて、と。報酬の方だが……」

「それなんだけどねT.V。一つ提案があるんだ」

「提案?」

「ああ。確かにここの秘密を知られた以上、報酬を貰ってはいさようならというのはあまりにも危なっかしい。いつ彼女が口を滑らせるか解らないからね。それにウォーカーを倒したとはいえ、照子の働く放送局は未だ羅磁王会の息がかかっている。つまり彼女の身も100%安全ではないわけだ。

それで思いついたんだ。単に現金で報酬を払ってもらうんじゃなく、ここで家政婦として住み込みで働いてもらうっていうのはどうだろう。そうすればお互い危険にさらされることもない。聞けば彼女、放送局に勤める前はそういうアルバイトをしていたらしいし、僕としてもちょうど人手が欲しかったところだ。すでに照子の承諾は得ている。あとは君が首を縦に振れば成立するんだが、どうかな?」

「どうかなって……照子。愛人は駄目なのに家政婦はいいのか?」

「はい。身体を求められるのはごめんですけど、それ以外なら何でもしますから」

「そんなこと言って、もし襲いかかってきたらどうする?」

「お二人のこと、信頼してます。そんなことしないって。それにこの地下室とヴィクターの秘密を知られた以上、事務所から出すわけにいかないんでしょう?」

「確かにそう言ったが……なんでそこまで腹くくってんだ」

「私、嬉しかったんです。今まで周りの人に相談しても、みんな羅磁王会を怖がって誰も助けてくれなかった。さっきも言いましたけど本当に感謝してます。だから今度はこっちから恩返しする番、したいなって思いました。お邪魔にならないようがんばりますのでよろしくお願いします」

 もう一度、ぺこりと頭を下げる照子。T.Vは、しばらくの間考え込んでいたが、彼女の決意を感じ取ったのか、やがて諦めたように息を吐き、言った。

「はぁ……仕事の邪魔だけはするなよ?」

「はい!」

「それともう一つ。ため口でいい」

「はi……じゃなかった、えーっと……う、うん」

「これからよろしくな」

 T.Vは半分呆れながらも、そっと右手を差し出した。おずおずと握り、握手を交わす照子。そんなぎこちない二人を、ヴィクターが満足そうに見つめていた。


 

――雨がようやく止み、夕暮れの映像に切り替わる空。人々が傘を閉じ見上げる先にはホログラムによってかけられた虹が美しい七色の光を輝かせていた。


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