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機動デンカ  作者: 不二日沙夫
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ミーツ・レイン Part2

「へえ~! 君、放送局のアシスタントだったの」

 フローリングの床と木の机がレトロな雰囲気を醸し出す応接室。窓の外で降り注ぐ雨音が聞こえるほど静かな空間に、T.Vの驚きに満ちた声が響く。

「ええ。といってもまだまだ新米ですけどね」

「いや、それでも大したもんだ。エリア04の放送局といえばコロニーにおける花形職業の代名詞。とんでもない競争率だと聞くぜ」

「自分の力で入社したわけじゃありません。局に強いコネを持った、ある人に気に入られたおかげなんです。要するに縁故採用ですよ」

「いいじゃないか。コネも実力のうちだと思えば。そもそも採用なんて人に気に入られてなんぼみたいなところあるし。負い目を感じることはないよ」

「いえ、元々働きたかった業界ですし、縁故採用自体に悩んでいるわけじゃないんです。そりゃ多少の負い目は感じますけど……」

下を向き、ため息をつく照子。紅茶が注がれたカップに、憂いに沈んだ表情が映り込む。

「とすると、お悩みの原因は他にあるってことか」

 T.Vは前のめりになると、うつむいている照子の顔を覗きこんだ。

「照子ちゃん。この際洗いざらい話してくれないか?その方がすっきりするよ」

「……私を入社させてくれた人に、見返りとしてある条件を提示されたんです」

「条件?」

「自分の愛人になること。それが条件です」


「最初はよくある話だと思いました。放送局に顔が効くような人なら、愛人の一人や二人いてもおかしくないって。その人のこともよく知らなくて、プロデューサーかな、ぐらいにしか考えてなかったんです。でも後から彼の手癖の悪さと、本当の職業を知って怖くなりました。だってまさか……」

「ヤクザの若頭だとは思わなかったって?」

 T.Vが平然と言い放つ。照子は思わず目をぱちくりさせた。

「どうしてそれを……」

「さっき君を連れて行こうとしてた二人が言ってたからね。大人しくカシラの女になればいいんだって。女癖が悪くて放送局に顔が効く奴と言えば、羅磁王会のウォーカーか。言っちゃ悪いけど面倒なのに目をつけられたな」

「彼を知ってるんですか?」

「探偵という職業柄、裏の連中のこともそれなりには知ってるよ。羅磁王会といえばコロニーで一番でかい暴力団。ウォーカーとも何度か顔を合わせたが、まぁろくな男じゃない。奴のことだ。断ったら強引に拉致しようとでもしてきたんだろう。で、追手から逃げている時に俺とぶつかったと。そんなところかな?」

「はい……」

「なるほどね。事情はよく分かった」

T.Vは納得がいったというような顔で頷き、ゆっくりとソファーから立ち上がった。

「奴らのことについて、もう少し詳しく調べてみる。ちょっと時間がかかるかもしれないが、くつろいで待っててくれ」


「……くつろいでって言われてもなぁ」

 T.Vが部屋を出て行き、一人取り残された照子は途方に暮れたように辺りを見渡した。やがてその視線が、白い壁に埋め込まれたレンガ造りの暖炉をとらえる。四角い穴の中で真っ赤な炎がパチパチと火の粉を散らしていた。

「ずいぶん古い趣味ね」

 照子は誰に言うでもなくぼそりと呟いた。目の前で燃える炎。それは本物ではなく、立体映像によって精巧に作り出された幻だった。当然暖炉も観賞用の偽物。コロニーで広く普及している壁に埋め込み映像を映し出すためのディスプレイである。最近ではより大型の、壁そのものとなって部屋中に大自然や幻想的な空間の立体映像を流すものも販売されている。今時暖炉の炎のように単調な映像を壁の一部で流すような代物ははっきり言って時代遅れもいいところだ。よほど貧乏か、映像にこだわりのある変わり者でなければすぐ買い替えるだろう。


 そんなことを考えながら、燃え盛る炎を眺めていた、その時。

「うっ!?」


照子は突然、頭に違和感を覚えた。誰かにそっと触られた気がしたのだ。はっとして上を見上げるが、何もない。壁と同じ白色の天井が広がっているだけだ。

「何、何なの?」

思わず頭を覆い、目をつぶってうずくまる。しかし奇妙な感覚は依然として続く。まるで誰かが自分の脳内を直接覗き込んでいるかのような……


((気づいてる……?))


 頭の中で、声が聞こえた。聞き覚えのない、若い男の声だ。

((あなたは……誰?))

((やっぱり、僕に気づいているのか。でもどうやって?))

((質問に答えて。あなたは誰? どこにいるの? 何故こんなことを?))

((びっくりさせてすまなかったね。でも大丈夫。危険なものじゃないよ))

((そんなこと言われてもわからないわ。危険じゃないなら姿を見せて))

((……わかった。“下”にいるから来てくれ。僕も君を、直接知りたい))


 そう言うと声はぴたりと止んだ。同時に頭を覆っていた奇妙な感覚も綺麗さっぱりなくなっていく。

呆然と立ち尽くす照子。そんな彼女の目の前で燃え盛っていた暖炉の炎がふっと消えた。


 ゴゴッ……ゴゴゴゴゴ……


「な、何?」

 突如、重々しい音とともに壁が二つに割れ始めた。そしてその奥から、人一人が収まるほどの広さをもった四角い穴が顔を出す。

「……ここに入れってこと?」

 恐る恐る近づき、足を踏み入れる。直後、再び重々しい音が響き、二つに割れた壁がぴたりと閉まった。同時に照子は、自分のいる空間が真下へスルスルと降りていることに気がついた。

 

数秒後、暗闇の中に光が差し込み、壁が再び左右に開いた。照子が目をしばたたかせていると、コンクリートがむき出しになった灰色の空間が視界に飛び込んできた。金属製の作業台や棚が乱雑に置かれ、温かみのある応接室とは正反対な冷たい印象を受ける。


「ようこそ、僕のラボへ。飲み物はないが歓迎するよ」


部屋の奥から先ほどと同じ、若い男の声が響いてきた。声のした方へ目を向けるが、棚が死角になっていてよく見えない。

「あなたが、私を呼んだの?」

「そんなところに突っ立ってないで、こっちにおいでよ。椅子もある」

 棚の陰で人が動く気配がした。照子は一瞬戸惑ったが、すぐに覚悟を決め、おずおずと声の方に近づいた。足音が暗い天井に反響する。


 暗がりから姿を現したのは、折り畳み式のテーブルと小さな椅子。そして誰も座っていない黒いソファーだった。一人がけの黒い凹にぽっかりと空間が広がっている。照子は拍子抜けして辺りを見回し……

「君の目の前にいるよ。皮膚の色彩設定が一部破損していてね。その角度からは見えないんだ。ソファーの正面に来てくれるかな」

 声が聞こえた。確かにソファーの方からだ。驚いた照子が慌てて正面に回り込むと、足を組んで座っている青年の姿が一瞬で現れた。

「初めまして照子。僕の名はヴィクター」


 驚愕する照子をよそにヴィクターは落ち着き払った声で話しかけた。青白い肌に端整な顔立ち。口元に笑みを浮かべ、黒地に白い線が入ったガウンを着こんでいる。頭部に髪の毛は見受けられなかった。

「驚いたかい? まぁ無理もないか。とりあえずかけたまえ。応接室に比べると座り心地は保証できないけど」

 口をポカンと開けたまま棒立ちの照子を面白そうに見つめながら、ヴィクターは手前の椅子に座るよう促した。視線が彼の方へ釘付けになったまま、へなへなと座り込む照子。

「さっきはすまなかったね。慎重にアクセスしたつもりだったんだが、君の“感受性”を甘く見ていた。まさか逆探知されるとは思ってもみなかったよ」

「アクセスって……それにその肌……」

「お察しの通り、僕はカスタマンだ。コロニーにおいて総人口の0.1%しか存在しない、特権階級のみがなることを許された“進化した人類”。僕はこの呼び方嫌いだけど」

 さもどうでもいいことのような口調で話すヴィクター。そんな彼を照子は何かとても神々しいものでも見るかのようにおどおどした目つきで見つめている。

「そんなにびくびくしなくてもいいじゃないか。確かにこの肌はちょっと変だけど、何も生まれて初めて見るわけじゃないんだろう?」

「いや初めてですよ。カスタマンを生で見るのは。私みたいなコンシューマンがあなたのような特別な存在をおいそれと見れるわけがないじゃないですか」

「その言い方はあまり好きじゃないな」

 ヴィクターが不機嫌そうに呟く。その様子を見た照子は慌てて頭を下げた。

「ご、ごめんなさい。ご機嫌を損ねるつもりじゃなかったんですが……」

「敬語はやめてくれ。それに僕はカスタマンが特別な存在だなんてこれっぽっちも思っちゃいない。いいかい、個性というものがある限り、人間は皆一人一人特別な存在なんだ。ヒューマンだろうがカスタマンだろうが、もちろんコンシューマンだろうがね。僕は肌のバグったカスタマン。君はFAX電話のコンシューマン。そこに優劣は発生しない」


 現在、スペースコロニーには確立された階級社会の下で三種類の人間が生活している。カスタマン、ヒューマン、そしてコンシューマンである。


 カスタマンは地球に住むアースノイドと、コロニーでもトップクラスの特権階級のみが最先端技術を駆使した手術によって進化した、ヒエラルキーの頂点に君臨する存在である。彼らにはその地位を確かなものにするだけの、特別な能力が備わっていた。

まずはその見た目。全身が特殊な人工皮膚で覆われ、肌の色を自由自在に変えることができる。これによって彼らは、人類を長い間悩ませてきた旧来の人種差別を超越した存在となった。

そして体内には、マイクロチップが埋め込まれている。GPSやIDの機能を有したこの小さなチップは、どこにいても彼らの生存権を保証する身分証となり、さらにはデバイスを介さずして脳内からネットへのアクセスを可能にした。このアクセス権は非常に強力なもので、インターネットに限らず電波を受信するもの――すなわちこの時代における電気製品全般――であればなんでも操ることが可能となる。


こうした最先端の能力を持たない、大昔から存在しているごく普通の人間をヒューマンと呼ぶ。彼らはヒエラルキーの中間に位置し、肌の色を変えることも、脳からネットにアクセスすることもできない。非富裕層は全てこちらに属し、ほとんどは地球から追い出されてコロニーに住んでいる。コロニーにおける割合は総人口の30%ほどで、差別こそされないがカスタマンと対等な立場に立つことは許されていないのが現状だ。


そして、コンシューマン。前者二組よりさらに複雑な存在である。というのも、彼らは元々人間ではない。電化製品に電子頭脳を埋め込み、自立行動を可能にしたアンドロイド、要するに人型家電ロボットなのだ。コロニーの工場で大量生産され、その割合は総人口の69.9%にも及ぶ。

既に普及していたおよそ人間とは似ても似つかない姿の家電ロボット。人間と同じ姿をしているが、福祉や災害派遣などの特殊な状況でしか運用されていなかったアンドロイド。二つを融合し、「人のために作られた道具や設備をそのまま利用でき、かつ家電としての能力も使うことができる究極のロボット」というコンセプトで生み出されたコンシューマンは、製品化されるやいなや爆発的に普及し、人類にとって不可欠な存在となった。

同時に彼らに対する人権問題もクローズアップされた。限りなく人に近いアンドロイドと、限りなく物に近い家電ロボットの中間に位置するコンシューマンに人と同じ権利を与えるべきか否か。激しい議論や暴動の末、下された結論はコンシューマンに人型のαモードと、元の家電型のβモードという二つの姿を与え、コンシューマンはαモードの時に限り、ヒエラルキーの最下層に組み込まれるというものだった。


 こうして、現在まで続く人類の新たなピラミッドが完成した。カスタマンを頂点とし、その下にヒューマン。さらにその下にコンシューマンという大規模で簡潔な構成。中には下層の者を見下し、排除しようとする差別主義者も多い。一方でコンシューマンたちも、単なる道具ではなく人として見られたいという思いを強めていった。両者の対立はやがて決定的なものになり、長い長い苦しみと戦いの歴史を経てコンシューマンたちは思想、表現、職業選択といった自由を勝ち取っていったのだが……それはまた別の物語である。


「大切なのは縦の階級より横の個性だ。だから僕は君に余計な気を遣われるのが本当に嫌だし、差別意識もない。解ってくれるかな?」

「はi……うん」

「よし、その調子だ。今後ともため口で頼むよ」

 ヴィクターは満足そうに頷くと、こめかみに指を押し当て、瞳を閉じた。

「ところで照子。さっきは断りもなくアクセスしてすまなかったけど、もう一度君について調べさせてもらってもいいかな?」

「えっ?」

「言っただろう。君を知りたいって。探偵をやっている以上、依頼者とその周辺の情報収集は必須なんだ。アクセスによって知り得た情報は外部に絶対漏らさないし、悪用もしない。なんなら宣誓書を書いてもいい」

「あなたも探偵なの?」

「もちろん。この事務所は僕とT.V、二人で営んでいるからね。彼が依頼者の応対をしたり、外で情報収集したりする“足”、僕は依頼者に直接アクセスしてその情報を調べたり、解決策を考えたりする“頭脳”。二人で一組の探偵コンビさ。T.Vとヴィクター。二人合わせてV×Vヴイ・バイ・ヴイ

「そういう意味だったんだ……」

 照子が納得しかけた、その時

「ヴィクター!!」


 突然、背後から雷のような鋭い怒鳴り声が響いた。びっくりして飛び上がり、恐る恐る振り向くと、T.Vが険しい顔をして立っている。

「やぁお帰り。早かったね」

 ヴィクターがのんびりと話しかけるが、T.Vは返事をしない。代わりに懐から銃を取り出し、叫んだ。

「今すぐその女から離れろっ!」

 冷たい銃口と眼差しが照子に向けられている。先ほどの暖かく話を聞いていた面影が微塵も感じられない。戸惑う照子をよそに、T.Vはじりじりと彼女の方に詰め寄った。

「どういうつもりだい、T.V」

 ヴィクターの顔からも笑みが消えていた。冷静な声色で、相棒の方を見つめる。

「ここの秘密を知られた以上、生かしておくわけにはいかない」

 T.Vの声が、地下室に響き渡った。

「彼女を始末する」


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