30 ハルキ・アーレス 邪神の罠③
ルーインフォールト国の五魔星が一人、強欲の魔獣――グリード。
奴が放つ獣躙爆殺掌は紛れもなく規格外の技であった。
灼熱の火焔に身を焼かれようが、肉体が溶けようが構わない。魔獣の頂点に立つ妖気を纏った最狂の拳。鳩尾、心臓、喉元。肉体の急所を超高速で狙う魔獣の乱打。一発でも喰らえば命を奪われること必至の一撃。それが、俺に向けて放たれた獣躙爆殺掌という技だった。
きっと全身を覆っていた陽火星衣が無ければ、俺は一瞬で意識を刈り取られてしまっていた。俺の急所へ届く前に、魔獣の拳は灼熱の火焔によって焼かれ、消滅するのだが、同時に再生し、連撃は休むことなく放たれたのだ。
――あなたがその情熱と希望を捨てない限り、私は常にあなたと共にある
それはガーネットが俺へ告げた言葉。彼女の情熱は俺の魂に宿り、正義の炎を導き、俺の中に希望の灯を燈している。魔獣が放つ打撃も妖気も、今の俺には関係なかった。希望の炎が俺の傍で、俺の身体を護ってくれているのだから。
やがて、火星紅焔渦による灼熱の爆発と魔獣の拳が衝突し、俺とグリード両者の身体が後方へと吹き飛ぶ。
灼熱の衣で身を覆っていても肉体を抉った妖気による衝撃に身体中から痛みを感じる。問題ない。この身に宿した炎が消えない限り、俺の身が滅びる事はない。立ち上がり、反対側へ吹き飛んだ魔獣の姿を確認する。
体躯の一部を失い、頭の一部が消滅した状態の魔獣は、大の字になって横たわっていた。
「チィ、外れだと思ったんだがナァ……」
「あんたはここまでだよ、グリード」
間違いない。こいつは闘いを愉しむ戦闘狂だ。全身を焼かれ、満身創痍の魔獣は追い込まれても尚、笑っていたのだ。俺は槍先に炎を籠め、奴の顔へ向ける。
「それで勝った気になっているんなら、大間違いだゼェ?」
「なっ、お前……っ!?」
全身を焦がした魔獣の全身が妖気に包まれた瞬間を、俺は見逃さなかった。魔獣の全身から白い光が放たれた瞬間、周囲の大地が瓦解する。続けて衝撃と共に大地が競り上がり、爆音と共に戦いの舞台が消滅したのだ。
残っていた妖気全てを爆発力へと変えた攻撃。
そう……自爆だ。
俺は槍先に籠めていた炎を放射状に放ち、高く飛び上がるも、爆発は周囲全体を包み、俺の身体を呑み込んでいく。競り上がる大地と共に、視界は真っ白に染まり……そして、俺は気を失った。
★★★
「おーい、ハルキっち……大丈夫?」
「ガーネット……もう少し寝かせてくれよ……うーん……」
「おーい、起きろ~~? ハルキっち~~」
「あれ? ガーネットじゃない……ん? シーア……シーア!?」
俺は慌てて身を起こす! と、瞬間全身に痛みを覚え、頭を抱える。
「っ……痛っ……」
「嗚呼、ミィアお姉様がみんなの外傷は回復させたけど、魔力が復活した訳じゃないから気をつけてね」
シーアの桃色ツインテールが揺れている。彼女の言葉を聞きつつ、次第に意識が覚醒していく。そう、俺は魔獣グリードと戦っていたのだ。しかも、今此処に居るシーアもだ。奴はどうなった? ミィアとクレイは? 俺はあたりを見回す。すると、不意に放たれた背後からの声に俺の身体が跳ねる。
「誰をお探しかな? まぁ、僕じゃあないんだろうけど」
「!? クレイか。びっくりした。無事だったんだな」
「当たり前だ。僕だってこんなところで殺られるような男じゃないさ」
蒼い髪をかきあげるクレイ。全身の服はところどころ破けているが、どうやら無事らしい。そんなクレイの横へ立つ水色ポニーテールの女性。双星の賢者の姉、ミィアだ。
「まぁ、クレイが苦戦していたところをわたくしが助力してあげたんですけどね」
「なっ……それは言わない約束だろうミィア」
「えっと、ミィアさん。俺の傷も回復してくれたんですね、ありがとうございます」
「ええ、礼には及びませんわよ、下僕その1」
「嗚呼……俺は未だに下僕扱いなんですね……」
俺はそんな彼女の態度に苦笑する。いつの間にかあの狼の死体すら消滅してしまう程、戦場と化した魔国の舞台は、死地と化していた。しかし、そんな死地に伏す事なく、俺を含む加護者四名は此処に立っているのだ。
どうやら、四体のグリードは、それぞれの加護者と対峙し、死闘を繰り広げたらしい。四体共にグリードは強く、分裂しても尚、その強さを誇示し、各々襲い掛かって来た。クレイと姉ミィアは途中から合流し、二人で二体のグリードを撃破したんだそう。特に妹シーアと対峙したグリードも、最後に自爆し、周囲全てを消滅させたらしい。シーアはともかくとして、俺は覚醒力を使っていなければ恐らく負けてしまっていたかもしれない。
「シーア、君との特訓のお陰で助かった。ありがとう」
「うんうん。ハルキっちとは、毎日いっぱいいっぱいハッスルしたもんねっ! よかったよかった!」
いや、シーアさん。何か勘違いさせそうなその言い方はやめて欲しいよね。シーアさんとは、加護者としての力のコントロールや、覚醒力の訓練をしていただけですよ。予想通り自身の腕を絡ませ、俺へと擦り寄って来るシーアの様子に、クレイとミィアが何やら微笑み、二人顔を見合わせ頷いている。
「お、なんだよハルキ。真面目そうに見えて、ようやく大人の階段を上ったんだな。少しは僕に近づいたんじゃないか?」
「ええそうね。下僕その1から手下その1へ格上げしてあげてもよくてよ」
「いや……たぶん勘違い……まぁいいや」
戦闘の後で最早突っ込んでいる余裕もなかったため、訂正する事を諦める俺。俺の肩を叩き、クレイは俺の耳元で囁く。
「心配するな。ガーネットさんやメイちゃんには内緒にしといてやるから」
「だからお前と違って俺は何もしてないからな」
あとでクレイにはちゃんと説明しておかないと、大変な事になりそうだ。
こうして俺達は五魔星が一人――強欲の魔獣・グリードを退けた。剛腕、剛脚、剛翼。圧倒的な力を持った奴は間違いなく最強の魔獣だった。敵の本拠地だけあって、やはり出迎える相手の底が知れない。俺はまだ見ぬ次なる敵を想像し、気合を入れる。
「よし、この勢いで、あの邪神が何をしようとしているか、探ることにしよう」
「何を言ってるの? 一旦自国へ帰りますわよ?」
「え?」
冷静に今の現状を分析し、腕を組んでいた姉ミィア。彼女は俺とクレイの魔力がほぼ尽きている事を見抜き、これ以上、潜入捜査を続ける事は危険だと判断したらしい。幾ら五魔星の一人を退けたとして、まだ他の五魔星が潜んでいるかもしれないし、今の俺の実力で、日に何度も覚醒力を連発する事は出来ないのだ。
「心配は要らないよ? 邪神の転居先はもう分かったから、次回はそこへ直接飛べるもの」
「ええ、転移先は捕捉しました。座標を記憶しておきます。邪神の居場所を調査するのなら、万全な状態で改めて臨むべきですね」
いつもは我儘放題で傲慢そうに見えた双子座の姉は、いざ任務となると、思っていたほど暴走することは無く、むしろ冷静だった。と、言うよりは、二体の魔獣を蹂躙し、運動を終えた後だったため、今は落ち着いているのかもしれない。と、クレイが耳元でこっそり俺に教えてくれた。
「と、言う訳で、邪神は既に拠点を移動していると一旦ギルドへ還って報告しますわよ」
「はーい、お姉様。狼と獅子と遊べて楽しかったね~~」
シーアとミィアが手と手を取り合い、魔法陣を展開する。俺とクレイも魔法陣の中へと入り、俺を含む四人の姿が淡い光に包まれる。視界はだんだんと白に包まれ、俺達はその場から姿を消す。
ルーインフォールト国へ潜入し、五魔星と交戦するも、無事に仕留める事が出来たと考えると、充分な収穫だろう。やがて、真っ白な光が薄れ、そこにはアルシューン公国の街並み……ではなく……。紫色の床、闇色に輝く柱が高い天井へ向けて伸びる広い空間が眼前に広がっていた。
「はーい、いらっしゃーーい! 死魔宮廷へようこそ~。君たちを出迎えるために、今日は特別に客間を用意したんだよ~。楽しんでいってね~♡」
空間の奥、競り上がった舞台。壇上で無邪気に嗤う幼女。その姿からは想像も出来ない狂気の存在。忘れもしない。そいつは蠍座の守護者、邪神――オパールだった。
「なっ……まさか……わたくし達の座標を操作した?」
「あれ? これってもしかして、シーアたちピンチ?」
邪神による強制転送。
舞台上、無邪気に踊る幼女を前に、俺達は武器を構えるのだった――




