21 クレイ・アクエリアス 極秘任務④
その日は珍しく、ミィアが『今日の夜くらいパートナーの下を訪ねてあげたらどう?』と僕を返した。
久しぶりに守護者へ逢いに行くと、彼女は相変わらずだった。
「あら、今日は例のお姉さんとのご遊戯はして来なかったのかしら?」
「嗚呼。どうやら君に危害を加えるつもりはないようだからアメジストは安心して研究を続けているといいさ」
「そう、まぁいいわ。クレイも遊びの延長で命を落とさないように気をつけなさいね」
どうやらアメジストなりに僕の特別任務を心配してくれているらしい。
ま、加護者が居なくなって困るのは守護者だから当然のコトか。
「で、そっちは相変わらず色々と仕込んでいたりするのかな?」
「仕込みだなんて。実験と言って欲しいわねぇ~。でも今回私の出番はないんじゃないかしらね? あのパンケーキ好きの幼女が暫くこの国を襲う事はないでしょうしねぇ~」
「へぇ~。あの邪神が君との約束を護るとは思わないんだけど?」
「ふふふ。私と利害が一致している以上、あの子は静観するわよ、きっと。まぁ、あの子以外がどうするかは知らないけれど」
アメジストは、『ちなみにヴォーグは私を昔から好いているから、アルシューンを攻めて来る事はないわよ、きっと』と付け加える。流石、元五魔星。奴等の行動理念はよく理解していると言いたげだ。
「とりあえず任務の成功を祈って乾杯でもするかい?」
「残念だけど、明日は朝早くから司祭会議へ行くからもう寝るわ」
「そっか。じゃあ僕も眠るとするよ。研究室の仮眠室を借りるよ」
「ええ、おやすみ、クレイ」
「おやすみ、アメジスト」
こうして僕とアメジストは挨拶を済ませ、この日は夜の運動をすることもなく、眠りにつく。
そして翌日――
運命の日はやって来る。
僕は身支度を整え、ミィアから指定された集合場所へとやって来る。既にハルキがスタンバイしており、僕の姿を見ると出迎えてくれた。
「別れの挨拶は済ませたのかい? ハルキ」
「クレイ、ガーネットは数日前からトルクメニア国へ帰国している。今日出発する事は意思伝達で連絡済だ」
「へぇ~、保護者なしで一人でも眠れたのかい?」
「そういうお前はどうなんだよ、クレイ」
「僕んとこは互いに無関心だからいつもと変わらないさ」
「そうか」
遠く、噴水の水音が聴こえる。冬の冷たい風が広場を抜ける。こいつとこうやって会話する日が来るとも思っていなかったな。黙って手を差し出すハルキ。
「勘違いするなよクレイ。同じ任務をするからには仲間だ。お前に死んでもらっても困るからな?」
「ふ、君こそ、僕の足手纏いにはならないでくれよ、ハルキ」
差し伸べられた手を軽くパシっと弾く僕。今はお互いこれくらいで充分だろう。ハルキ、僕の守護者は上級魔族で元五魔星、水瓶座の守護者――アメジスト。君と僕はいずれ敵同士になる可能性もあるんだ。直情的なのは構わないが、君が持っているその優しさは時に障壁となる危険性を孕んでいる。此処での感情移入は互いに毒。だから、僕は君とはあくまで距離を保つつもりだよ。嗚呼、それを教えてあげる僕も優しいね。
「あら、漢同士の友情かしら? そのまま抱擁してくれるのなら、もう暫く静観しておいてあげるわよ?」
「いやぁ~、百合の花も尊いけれど、情熱の薔薇も素敵だよねぇ~」
どうやら途中から様子を見ていたらしい双子賢者姉妹。姉妹の視線が何故か生暖かいような気もするが、そこは気にしないようにしておくよ。
「僕は女子にしか興味がないから君たちが想像している展開にはならないよ?」
「あら、それは残念ですわね」
「せっかく朝からデザートが堪能出来ると思ったんだけどなぁ~」
おいおい、その茶番は他でやってもらいたいものだね。双子賢者の登場に気づいたハルキが気合充分と言った表情で二人へと話かける。
「ミィアさん、シーアさん。いよいよルーインフォールト国へ出発するんですよね? アルシューンからどうやって行くんですか?」
「もう~、ハルキっちは真面目だよねっ。焦らなくてもルーインフォールトへはすぐ着くからね」
シーアが背伸びしてハルキの口元へ人差し指をあてる。いつも間にか呼び方がハルキっちになってるあたり、真面目なハルキ君もシーアと色々あったようだね。
「さて、ミィアさん。そろそろ話してくれてもいいんじゃないかな? これまで一週間、ただ観光名所を廻っていた訳じゃないんだよね?」
「流石クレイはわたくしが認めただけのコトはありますわね。既に準備は整えてあります。そこの林の中へ行きながら説明しますわ」
そういうと姉ミィアが僕らを促し、人気のない林の中へと連れて行く。
やはり僕の予想していた通り、ミィアとシーアは観光しながらアルシューン公国を廻り、色々と今回の特別依頼に備えるための準備をしていたらしい。邪神の足跡を辿り魔力の残滓を追う事で、終始結界が張ってあり、通常足を踏み入れる事すらままならないルーインフォールト国へ空間転移する術式を完成させること――これが最強の賢者と謳われる双子姉妹の目的だったという訳だ。
アルシューン公国の美味しいものを食べ歩き、観光名所を巡り、夜は大人の時間を愉しむ。賢者はただ遊んでいた訳ではない……そういうことにしておこう。
「ハルキっちぃ~、何その疑いの眼差しは~」
「いや、シーアさん。全くそんな調査しているような素振りを見せてなかったし……」
「甘いね、ハルキっち。カカオ領のふわとろプリンくらい甘いね。白金の賢者たるもの、バレバレの調査なんてしないものなんだよ」
「そういうことにしておきます」
シーアとハルキのやり取りを横目で見つつ、僕はミィアの後を追う。ふと彼女が立ち止まると、そこには地面へ魔法陣が展開されていた。
どうやらこの魔法陣で空間転移をするらしい。
「さ、着きましたわよ。準備はいいかしら? 転移先は魔族の国。いつ何が襲って来てもおかしくないというコトを肝に銘じておきなさい」
「嗚呼。勿論です。俺は準備万端です」
「はいは~い、シーアもオーケーだよ~!」
「ま、僕は基本いつ誰が襲って来ても対処出来るようにしてるしね」
皆が魔法陣へ入ったところでミィアとシーアが互いに向かい合った状態で手と手を取り、目を閉じ何やら詠唱を始める。幾何学模様の魔法陣から淡い光が立ち昇り、だんだんと光は強くなっていく。やがて、魔法陣の中は光に包まれ、視界は真っ白になる。
僕が次に捉えた景色は、夕闇に染まる空。天井が抜け落ちた魔の城。左右に魔像が並び、中央に赤い絨毯が敷かれた回廊。しかし、外壁はところどこ崩れ落ちている。これは城跡と言った方がいいのか?
「ここは邪神の居城だった死魔宮廷ですわ。どうやら今は使われていないようですわね。先へ進みますわよ」
周囲へ警戒をしつつ、ミィアを先頭に前へ進む。続けてハルキと僕。後方をシーアが固める。
魔物の気配がしない。というより、生物の気配がない。風もなく、血の臭いもしない。暫く此処で戦闘が行われていない証拠だ。それもその筈、星戦以降、邪神は結界を張り、外界から魔族以外の侵入を閉ざしたのだ。よって、人間が此処へ訪れた者は僕らが初めてとなる訳で。
やがて、女王の間らしき場所へ到着すると、正面に大きな玉座が壊れることなく部屋の奥に鎮座していた。
「邪神の研究施設が此処の地下にあったハズですけど、それも移転してしまったようですわね。あら?」
ミィアの違和感。その違和感に僕も気づく。明らかに最近置かれたような羊皮紙のメモが玉座に置かれているのだ。周囲に罠がないかを警戒しつつ、僕がそのメモを手に取る。
『いらっしゃ~~い♡ ざんね~ん。るいーなぱれすはいてんしましたぁ~。ひっこしさきは〝はめつのおか〟をこえたさき、いーすとちほうのデスマウンテンのふもとだよ~』
「おいおい、これって」
「どうしてわざわざ移転先を書いているんだ」
ハルキの言う通りだ。もう、罠としか考えられない訳で。メモの続きを読んでいく僕。
『というわけで。ぶじここをいきてでてこれたなら、かんげいするよ! ぼくからのささやかなプレゼント、よろこんでもらえるといいな。じゃあね~、ごきげんよう~~ みんなのオパール』
「「「「――!?」」」」
メモを読み終えた瞬間、激震が走る! 外壁が震動と共に地中へと沈んでいく。赤銅色の大地が広がる中、僕達は全身血塗られた体毛の獣に囲まれていた。確かこいつらは……高位種の魔物、血塗られた獣――アビュッスムジャッカルだ。
その数――約千匹。
「なんだぁ~? 邪神に唆されて来てみれば、人間のガキばっかりじゃねーーか!? 久し振りに派手に殺れると思ったのに、これじゃあ準備運動にもならねーな?」
アビュッスムジャッカルが僕らを取り囲む中、大鷲の翼を羽搏かせ、銀色の鬣を逆撫でた獅子の頭をした悪魔。纏っている妖気が違う。こいつは桁違いの上級悪魔だ。
「そう、あなたとは初対面でしたわね。五魔星が一人、強欲の魔獣――グリード」
「なんだぁ~? 俺様の名前を知ってるのか? あんたがリーダーか? まぁいい。せっかく出向いてやったんだ。少しは楽しませてくれないと困るぜ?」
今にも襲い掛かりそうなアビュッスムジャッカル達。主の合図を待っているんだろう。
「おい、お前がこいつらの親玉か。さっさと降りて来い! 俺が相手してやる!」
「ハハッ! 死に急ぎ野郎が混ざってるナァ? 餓鬼、俺様の相手をしたければ、此処に居る千体のアビュッスムジャッカルを倒してみせな?」
槍先を向けて威圧するハルキに対して、悠然と宙へ浮かんだまま応える魔獣グリード。さぁ、これだけ大量の魔物相手だと、僕とハルキの強力な攻撃でも時間はかかりそうだ。僕がどうしようか思案していると、キラキラと煌めく宝石のついたステッキを手に取り、一人の女性 (見た目は少女) が前に出る。
「ねぇねぇ、おじさん! このワンちゃん倒したら、相手してくれるの~?」
「なっ!? 餓鬼……今、何て言った……」
あーあ、怒らせちゃったよ。グリードの全身から闘気が滲み出ている。しかし僕は、このとき一瞬黒い笑みを浮かべた妹シーアの表情を見逃さなかった。
「何てって。おじさんって言ったんだよ? お・じ・さ・ん」
「餓鬼ーー! お前等、餌だ! こいつらを骨まで喰らいつくせ!」
グリードの合図で迫るジャッカル達。
と同時に、双子の妹シーアは天上へ杖を掲げた。
「――蹂躙は魔族だけの特権と思ったら大間違いだよ」




