12 ハルキ・アーレス 緊急招集③
――あれから数日が経った。
トルクメニアンの街並みはまだ、新年を迎えた喜びに沸く声で賑わっている。
日常を過ごしつつも、俺の心は何処か上の空だ。
「ハルキ、ちゃんと食べないと何かあった時に動けないわよ」
「嗚呼」
モーニングバードの卵で作ったスクランブルエッグにエリスポークの蒸し焼き。グリーンサラダにロールパン。アプロニア産の珈琲とよく合う食材をガーネットが用意してくれる。
パンをひと口千切り、機械のように口へ含む。既に何かあった後だ。かと言って行動を起こしても、今自身に出来る事はない。何か方法がないかと考えても、今はただ彼女の無事を信じるしかない状況だった。
「もう~、そんなんでどうするの? 正義の使者がこれくらいの事で狼狽えていたら、あの娘と肩を並べて歩くなんて到底無理よ?」
「そうだね……それは困る」
確かにそうだ。ただ出来ない事を悔やんで鬱々とした日々を送るより、今何が最善かを考え、行動へ移していく他ないのだ。
そう思った俺は、ガーネットが作ってくれた朝ご飯を一気に食べる。ようやく動き出した俺に対し、ガーネットが笑顔を見せる。
「そう来なくっちゃハルキ」
食べ終わったところで食器を片付けるガーネット。彼女はこうして俺がどんな状態であっても傍で支えてくれている。珈琲の苦味をアクセントに、俺はもう一度立ち上がる事を誓う。
「ガーネット、ありがとう」
「いいえ」
*****
「少しは戦場で踊ってくれよ。牡羊座の加護――火星焔槍!」
首都トルクメニアンより西方に位置する森。粘液で衣服を溶かして来るグリーンスライムを燃やし、一直線にこちらへ突進して来る低位種の魔物――エビルイノムーを飛び上がり回避する。
タイミングを併せて槍を突き出してもいいが、こちらへ向かって来る事が分かっているならと、俺は槍先より炎を奔らせ……。
「――爆星直突!」
炎による閃光が魔物化した猪とぶつかる瞬間、地面より起きる爆発にエビルイノムーの身体が吹き飛ぶ! 爆星直突は、シェイクとの実戦で初めて使用した技。まだまだ実戦での使用回数が少ないため、鍛錬を重ねて昇華させる算段だ。
地面へ転がる焼け焦げた猪。これは今日の晩御飯は猪鍋だな。
「ハルキーー、食材となるキノコも採って来たわよ~。あら、エビルイノムーじゃない! 収穫ね」
「だな。暫く身体を動かしてなかったので、いい運動になったよ」
こちらの世界へ来て、いつの間にかこうやって戦闘をこなしつつ、日々の生活を送る事が日常になっているんだなと実感する。俺の場合、引き篭もる生活は向いていないらしい。
エビルイノムーの引き締まった肉。脂身は少なく噛めば噛むほど肉の味が広がる癖になる味だ。ガーネットが収穫した採れたてキノコに、トルクメニア産の野菜をふんだんに使った猪鍋。美味しい物を食べると気持ちが落ち着くものだ。腹が減ってはなんとやら。いつでも動けるように、こうやって準備しておく事も大事だよな。
「でもあれだな。トルクメニア国にこのまま居ても情報収集も出来ないし、アルシューン公国へ向かってもメイが居る訳ではないし。どうしたものか……」
「トルマリンが機を見てノクスモルス国へ侵入するタイミングで同席するって方法もあるけど、たぶん道化師はよしとしないでしょうしね」
もうすぐ新年のお休みモードも終わる。なんでも屋を再開させて、日常を過ごすか。メイを助ける方法を模索するか。猪鍋を食べつつ今後の方針を考えていると、ガーネットに誰かの意思伝達が届く。
「あら、あなたから連絡くれるなんて珍しいわね? え、嗚呼トルマリンから聞いたわよ?」
通話の主は誰だろう? トルマリンではないらしいし、守護者同士の意思伝達で間違いなさそうだ。
「ええ。……そうね。こちらはそのつもりだったわ。え? 何ですって?」
驚いた様子のガーネット。何かあったのだろうか。
「ええ。ええ。分かったわ。じゃあまたね」
「誰からだい? 何かあった?」
暫く声の主と会話した後、通話を切るガーネット。猪鍋のスープを啜り、俺は彼女へ尋ねる。
「通話の相手はサンストーンよ」
「え? 珍しいね、サンストーンからって。もしかして、メイちゃんの事?」
幾ら守護者同士でも〝よく話す相手〟はそれぞれ違ったりするものだ。中にはオパールやシェイクの守護者セラフィーのように、居場所を感知されないよう意思伝達の回線を自ら切っているものも多数なのだ。
「ええ。メイちゃんの件は、お互い知っている事を共有したわ。まぁ、あの子はいつもメイちゃんと連絡を取っているでしょうから、居なくなった事はすぐ気づいたんじゃないかしら」
「確かにあの二人、仲いいもんな」
メイと仲がいいサンストーンの事だ。よほど彼女が心配なのではないだろうか? しかし、彼女も公務があるため、私情で動く事は許されない訳で。もどかしい想いをしている者は俺だけではなかったようで。
「ノクスモルスの件はレオにも伝わった事で、監視対象として極秘に動くらしいわ。でも、あちらは今、それどころじゃないみたいで……それでこちらへ連絡をくれたみたいよ」
「それは……あまりいい報せではないみたいだな」
ガーネットの反応からするに、サンストーンからの報告は、また背後で動いている悪意に関する事で間違いないだろう。猪鍋、スープの残りを口に含んだ後、ガーネットは俺へこう告げる。
「ハルキ。明日、準備してアルシューン公国へ向かうわよ」
「え? それって……」
よほどの緊急事態だろうか? 話の流れからするに、拉致されたメイを助けに行く話ではないらしい。
「アルシューン公国のギルドマスターからの極秘依頼よ。本来はメイちゃんが依頼を受けていた話のようで。彼女が居ない今、代役を務める事が出来る者として、ハルキが選ばれたみたい」
「え? 俺が?」
(ギルドマスターから直々の指名だって? しかも、メイが受ける予定だった?)
「ええ。詳しくは明日ギルドマスターが直々に話してくれるそうよ。任務の内容は、私達の国へ害を及ぼす可能性があるルーインフォールト国、五魔星の調査」
「な、なんだって!?」
ガーネットから告げられたとんでもない任務。
こうして新年早々俺の日常は終わりを告げようとしていた。




