Ⅲ 五魔星会議 06 オパール 邪神の日常①
「にゃは☆彡 やっぱりこの時期は白雪苺のベリーパンケーキに限るよねぇ~。もぅ、おおきすぎへ口にはいひきれないよぉ~~」
生クリームをたっぷりつけた大きな苺を口の中へ入れるとお口いっぱいに苺の酸味と甘味が広がって僕はと~っても幸せな気持ちになったよ。
「はぁ、これが世界を恐怖で震撼させた邪神だって想像もつきませんわね」
「ちょっほぉ~ママ~~。周りにお客さんいっぱいいるんだはら~。そのワードは厳禁だよぉ~」
僕の向かいに座るロングコートを着た三角眼鏡の貴婦人。此処では僕の母親という事になってるよ。前回の豪華な衣装は既出だし、正体バレると面倒だしね。僕とルルーシュの髪色も橙色に統一。ふわふわウエーブの髪に、白のふわふわが基調の服と臙脂色のフレアスカートで可愛さを演出だよっ。
「だいたい何ですの。あのキラキラした気持ち悪い装飾は。あなたが来たいと言うからついて来ただけで。こんな場所、ワタクシにとって何のメリットもありませんわ。さっさと帰りますわよ」
「まぁまぁそう言わずに。僕一人だと、店に入れて貰えないし、迷子と間違われて面倒なんだよ~。ママも食べる? 美味しいよ?」
「結構ですわ」
ママ役のルルーシュは、このお店で一番苦い珈琲を頼んで飲んでいる。ルルーシュも上級魔族なんだから、苦手なものくらい克服して欲しいよねっ。期間限定のパンケーキ、最後のひと口を頬張り、僕は満面の笑みを浮かべる。
「ふぅ~~。食べた食べたぁ~~。お腹いっぱいで満たされたよぉ~。ありがとう~~ママ~~」
「まぁいいわ。で、わざわざこの国に出向いたという事は、何か用事があっての事ですわよね?」
さっすがぼくのお気に入り。よく分かってるねぇ~。
「このあとはねぇ~。タピオカミルクティーって新食物を食べに行くよ?」
「……ワタクシ帰ってもよろしくて?」
「待って、冗談だって冗談。ちょっと、ある子と待ち合わせしてるんだよねぇ~」
「へぇ~。あなたが待ち合わせって事はロクな相手じゃない事は確かね」
腹の中を探るかのようにルルーシュが双眸を細めて僕を凝視する。
「そんなに見つめられると照れちゃうなぁ~~ママ~~」
「……誰も褒めてませんわよ」
猫耳ウエイトレスの女の子がお水を取り替えに来る。ルルーシュが『結構よ』と伝えるとお辞儀をして戻っていった。可愛い子だね。今度僕の玩具として迎え入れても良さそうな子だね。
「まぁいいや。ママも知ってる子だから、懐かしい相手だと思うよ」
「わかりましたわ。こんなお店に用はないからさっさと予定を済ませますわよ」
ルルーシュが立ち上がろうとする前に、僕は猫耳ウエイトレスを呼び寄せる。そして、猫撫で声をあげて、上目遣いでルルーシュとウエイトレスを交互に見る。
「ママぁ~~ママぁ~~。僕、この季節限定の〝聖なる極夜パフェ〟食べた~~い!」
「なっ!? あなたパンケーキ食べたばかっりでしょう! ……分かりましたわ。あなた、これもひとつお願いするわ」
「かしこまりましたぁ~~」
満面の笑みで注文を受けるウエイトレスの女の子。欲望と憎しみと甘い物は僕の活動エネルギーだよっ。これ、今度試験に出るからねっ!
待ち合わせまでまだ時間があったため、ちゃっかりタピオカホットミルクティーまで堪能した僕は、ルルーシュを連れ、此処アルシューン公国のメインストリートを歩いていた。
街は虹色に輝く装飾。うんうん、いいねいいね。まるで僕が普段身につけている七色のドレスみたいだね。隣に歩く貴婦人は街の煌めきを見る度に顔を顰めているけれど。
「もう駄目ですわ……だんだんワタクシ、気分が悪くなって来ましたわ。早くこんなところから離れますわよ」
「おーけー。まぁ、空間転移使えば目的地まで一瞬なんだけどねぇ~」
「なっ!? ならばどうしてそれを使わなくて!?」
「だって突然仲睦まじく歩いている親子が忽然と姿を消したらその辺の人達驚くじゃん」
本当はルルーシュの様子を見て楽しんでいるんだけど、適当な理由をつける僕。僕が人目を理由にした事で、彼女は僕を人気のない場所へと誘導していく。
「さぁ、此処まで来れば誰も居ません事よ。オパール。早く空間転移で目的地へ連れていきなさい」
「おい、何僕に命令してるんだよ、僕の玩具」
僕がドスの利いた声で彼女を威圧し、その言葉を発した瞬間、彼女の身体は石になったかのように硬直し、瞳の色が失われる。そのまま機械のようにぎこちなく身体を僕へ向けた彼女は、抑揚のない口調で僕へ首を垂れる。
「モウシワケゴザイマセン……オパールサマ」
「そうそう、分かればいいんだよ。ちゃんと立場を弁えないとね」
僕が彼女とやり取りをしていると、僕達の居る路地裏へと五月蠅い羽虫がやって来た。あれ、どうやら左の手首を失っているようだねぇ~。
「くそっ。くそっ。血が止まらねぇ~。表はスピカ警備隊がうじゃうじゃ居るし、今日はついてね……お、おい!? すまねぇ~そこの貴婦人。腕を魔物に切断されちまったんだ。治療薬持ってねーか? お礼はするからよぉ~~助けてくれ……頼む!」
手首の切断面を押さえた状態で懇願する大男。僕はこの時既に、男の魂にどす黒く絡みつく欲望を視ていた。
「へぇ~。面白い魂の形しているねぇ~。ねぇおじちゃん。助けてあげようか?」
僕は一瞬口角をあげた後、満面の笑みで大男に近づく。
「お、ぉう! 嬢ちゃん。そこのママに助けてくれって言ってくれないか?」
「ルルーシュ~~。ご飯の時間だよぉ~~!」
刹那、光を失っていたルルーシュの双眸が光を灯したかと思うと、大男の身体が薄い氷に覆われる。
「なっ、なんだっ!? 何をしやがった!?」
「嗚呼……ワタクシが助けてあげますわよぉ~。よかったわねぇ~~坊や♡」
既にルルーシュの能力で、動けなくなった大男の顔をペロリと舐め、彼女は爪先で男の首筋をゆっくりとなぞっていく。
「ひっ……た、助けてくれ……」
「大丈夫。もう、あなた。手首から出ていた血は止まっているわよ。そう、そのまま。凍える程の快感をあなたにア・ゲ・ル♡」
うん。確かに凍結によって手首からの血は止まっていたね。ルルーシュは嘘をついていない。大男の双眸がぐるりと回転し、白目を剥いたところで欲望を貪り続けた大男の体躯は三枚下ろしとなる。あーあ。もう眼前の食事に夢中だね。辺りに響く咀嚼音。これ、誰かに見られると不味いから、僕が結界張らないといけないじゃん。
「あ~。たまには生肉もいいですわね。久し振りに堪能出来ましたわ。あら、オパール。そこに居たの?」
「プププ~。もう~ルルーシュ。最初から一緒だったじゃん。さぁ、お互い食事も終えたところで、そろそろ目的地へと行こうか」
欲望を摂取したところでルルーシュの精神も安定したようだね。正気に戻った彼女を促し、僕は目的地へ向けて空間転移を発動させようとする。
「待ちなさいオパール。この後、誰と会うのかしら。そろそろワタクシへ教えてくれてもよくて?」
「嗚呼。だからルルーシュもよく知ってる相手だって。君と同じ元五魔星。平和ボケしたこの国で、子供達と伸う伸うと生きている女って言ったら分かるでしょう?」
ルルーシュと僕の身体は漆黒の渦に包まれ、路地裏から姿を消した。




