41 クレイ・アクエリアス 観察者
僕の知らないところで事件が動いている。そんな事はどうでもいい。僕だって世界の理全てを知っている訳じゃないし、そんな知識も能力も持ち合わせていない。
「クレイ、あなたにとっては朗報よ。メイちゃんがシェイクとの戦いに勝ったらしいわ」
「へぇ~。という事は暗殺を止めたのか。やるねぇ~メイ」
僕の守護者であるアメジストは相変わらず地下の研究施設で毒の精製をしている。彼女の情報収集源は、星水晶を通じ各地より届く適時報告だ。
「そうね。射手座コンビ、シェイクとセラフィは一旦自国へ帰るようね。アルシューン公国は今回争いへ巻き込まれずに済んでよかったと言えるわね」
「そういう君は、この結果、全てを想定していたんじゃない?」
業とらしく驚いた顔を見せるアメジストは、大体最初から現状を把握していたりする。カップに注がれた紅茶をひと口含んだ彼女は、薄っすらと笑みを浮かべる。
「もう、クレイ。私が黒幕みたいな眼で見ないでくれる? 私はただ新作の毒が何処まで効くのかを試しただけよ。結果は上々だったわ~。何の疑いもなく、彼女は私へ適時報告をしていたし、愛について語ってあげただけで、自らあの男のために司祭へ暗殺を頼みに行った」
「ふ~ん。アメジスト。君いつかメイに裁かれるよ?」
僕は彼女を売るような事はしないけど。彼女の事が時々分からなくなる。
「私のお人形として好いてくれていたあの子を失うのは残念だったわ。私は大司教へ王女様を紹介してあげただけ。後はあの王女様が自らやった事よ。私は関係ないわ」
「そうだね。証拠も残っていない。予測だけじゃあメイも動かないだろし。僕はどうなっても知らないけどね」
僕も椅子へと座り、紅茶をひと口飲む。僕の視線に気づいたのか、彼女は肩を竦める。
「じゃあクレイ。逆に聞くけど、あなたの言う黒幕って何を指すの? 今回の事件の黒幕? それはトルクメニア国のラピス教会を管轄していたコルブス大司教で間違いないわよ? 国を乗っ取る目的以外でも、彼は裏でカジノと繋がっていたかもしれないし、私怨もあったのかもしれないけれど」
物事は思っているより複雑だ。一つの陰謀があれば、そこに乗っかろうとする者、漁夫の利を狙う者。横から割り込み錯乱させる事を楽しむ者、絡み合う真実。真実はいつも一つなんて言うけれど、極創星世界で全てを知る者なんて、極星の女神くらいのもんじゃないかと思う。
「ふ~ん。分かったよ。まぁよかったんじゃない? ラピス教会トルクメニア支部No.1とNo.2の失脚だろう。益々アルシューン公国各支部の権威が強くなる訳だもんね」
「そうね。うちの大司教はさぞ喜ぶでしょうねぇ~」
その時、彼女の机に置いてあった星水晶が明滅し、誰かと通信が繋がった。誰だ、こいつ? 水晶ごしに映るは紫、黄緑、青に黄色。カラフルなメッシュの入った髪、スーツに蝶ネクタイの男。
「あら~。お久し振りね。あなた生きてたの? 今迄何処で何をしていたのかしら?」
「裏で動くにも資金集めが大事だからな。これでようやくワタシも動く事が出来るよ」
怪しい男は椅子に座り、手に灰色の猫を撫でている。ふてぶてしい顔の猫は目を細めてこちらを見つめている。
「なぁ、アメジスト。この胡散臭いおっさんは誰だよ」
「まぁ、クレイが知らないのは無理もないわね。トルクメニア国サウスドリームでカジノの支配人をやっているアームズよ」
「表向きはですね。裏の名はかつて栄華を築いたルーインフォールト国――五魔星が一名、上級悪魔ヴォーグですよ」
突然五魔星の名が出た事に驚く僕。五魔星はアメジストやルルーシュも含まれるかつて最強と謳われたルーインフォールトの五大上級悪魔の事だ。しかも、ヴォーグはかつての星戦で命を落としたと聞いていた。それが、何故今更ここに……。
「今更私はあなたと共闘する気はないわよ? あと私の仕事の邪魔はしないでね?」
「嗚呼、分かっているさ。かつての仲間に挨拶しておきたかっただけだ。ひとまずワタシは国へと戻るさ」
彼がそういうと通信が途絶える。どうやら本当に挨拶が目的だったらしい。
「そう。クレイ。私達も準備をしておいた方がいいわ。彼が戻るという事は、恐らく他の五魔星も動いている筈よ」
「なっ……という事が、ルーインフォールトが動き出すって事かい?」
迷宮攻略のような現場の仕事はいつも僕の仕事だ。恋人に殺されかけるような経験はもう二度としたくない。
「僕は極力事件に巻き込まれたくないんだけどな? あくまで観察者として世界を観劇しておきたいんだけど」
「そうも行かないでしょう。魔族の国に一番近い国は此処アルシューンよ。この間の迷宮みたいな異変が起こらないとも限らない。はぁ~、私もまた忙しくなりそうだわ」
そう言いつつも、愉悦を籠めた彼女の表情は楽しそうだ。ま、かくいう僕も、事件の香りは大好きなんだけどね。何かが起こりそうな予感を胸に、僕は守護者と紅茶を香りを嗜むのだった。




