37 ハルキ・アーレス 覚醒②
決戦の日、俺とメイは、放浪の星撃手――射手座の加護シェイクと対峙する。死神の力を引き継いだメイが持つ漆黒の鎌は、彼女の眼で解析した能力を打ち消す事が出来る。よって俺達は、メイがシェイクの弾丸を打ち消し、俺がその隙に奴へ反撃の一撃を加える作戦を取った。
しかし、追い込んだかに見えたシェイクは俺達の作戦を上回り、今迄見せた事のなかった悪魔用の弾丸――光星弾でメイを封じ込めてしまう。そして、奴のスターマナイーグルより、俺の心臓目掛け、まさに今弾丸が放たれた!
奴が弾丸を放つとほぼ同時、俺は身体の奥底に秘めた焔を開放していた。それは、俺の魂に刻まれし、守護者の接吻により呼び起こされた力。俺の紅く燃える双眸へ光が灯った瞬間、俺の身体中に狂熱が激流の如く駆け巡った。
「終わりだよ、餓鬼」
「……誰が終わりだって?」
俺の心臓へ吸い込まれたかに見えた奴の弾丸は、俺の身体を包み込む燃え滾る炎の障壁により、一瞬にして蒸発していた。俺の変化に気づいたシェイクが後方へと飛び退くが、奴の右腕は既に炎により燃え上がった後だった。
「く。餓鬼、何だそれは。俺の死星弾は回避不能の弾丸だぞ?」
そうか。死星弾――今のが暗殺用の弾丸か。
「回避はしてないさ。俺を纏う灼熱の衣――陽火星衣の力で蒸発しただけさ」
「陽火星衣だと!?」
シェイクは即座に俺の背後へと廻り込み、冷静に放つ弾を封印の弾丸へと切り替える。しかし、放たれた弾丸は俺の体躯へと届かない。灼熱の衣は封印の弾丸が纏う妖気をも瞬時に焼き尽くす。
「あんたは俺の守護者を手にかけ、王女の心をも手駒に利用した。俺は怒っているんだ」
「だったらどうした? 俺を殺すか?」
距離を詰めたシェイクの蹴りが俺の腹部を抉ろうとするが、燃え上がる焔にシェイクの皮膚が代わりに抉れる。彼の手から放たれる弾丸は全て俺の体躯へ届く事はない。灼熱の炎を纏う槍を振るい、俺はシェイクを吹き飛ばす。
「あんたは加護者だろう! 人の命を何だと思ってるんだ……」
「正義面した餓鬼は平穏な世界で育ったお坊ちゃまだったのか? この世界はな、偽善や欺瞞、裏切りや欲望が蔓延る世界。俺は、俺の飢えを満たすためなら手段を選ばない」
俺はシェイクを殴っていた。奴の右腕、左脚に続き、灰色の左頬が焼ける。灼熱の炎を喰らっても、奴の身体が炎に包まれていないのは、奴自身も妖気を纏っているためだろう。
「お前みたいな自分勝手な傲慢野郎は加護者失格だ」
「どうとでも言うがいい。この世界の真実を知った時、お前のその怒りが一体何処へ向くのかが楽しみだよ」
この世界が残酷な事くらい俺だって理解している。だが、真実がどうであれ、俺はこいつを今此処で止める必要がある。俺の信念が、熱意がそう告げていた。
「俺の真実は、どんな残酷な環境であっても、俺の正義を貫く事だ! 戦場で踊れ!――火星紅焔渦!」
「ちっ!? 青星弾死星弾――連弾!」
俺は真っ直ぐに槍を突き出す。星撃手は左より放つ蒼の弾丸を爆発させ、右より放つ漆黒の弾丸で死の力を重ねる。しかし、灼熱の業火による渦は岩盤による爆発をも呑み込み、漆黒の闇をも吹き飛ばす。火焔流に呑み込まれた星撃手の体躯は後方へと吹き飛び、奴が着ていた服も、皮膚も、全てを焼き尽くす!
周囲は真っ新な大地となり、円陣の中央に全身を黒く焦がした星撃手は両手を広げ倒れていた。本来ならば消し炭になっていても可笑しくない規模の炎。奴は加護者の妖気全てを使って身を守ったようだ。しかし、最早今の彼には、弾丸を放つ妖気も闘気も体力も残っていない。
「マスター!」
「手出しは禁止だぞ、銀髪天使」
上空より舞い降りようとする天使を引き留める死神道化師。
俺は双眸を紅く光らせたまま、ゆっくり倒れる牙狼の下へと近づいていく。
「その姿……もう私の手出しは無用のようね、ハルキ」
「メイ。立てるのか!? それに、その眼……力戻ったのか?」
背後からの呼び掛けに振り返る俺。彼女は片脚を引きずった状態で、こちらへ歩いて向かっていた。光を失っていたライトグリーンの双眸が光っている。
「恐らくシェイクが倒れたからでしょ。解析能力は復活したようね。終焉の天秤はまだ発動不可のようだけど、今回は必要なさそうだし、問題ないでしょう」
「そうか、よかった」
メイが復活した事を考えると、同じく能力を封印されたガーネットも復活出来るかもしれないのだ。症状が改善した事に俺は安堵する。
「ハルキ・アーレス……止めを刺せ……守護者の仇を取るんだろう?」
「いや、ダメだ。あんたから依頼主が誰か聞いていない。あんたの依頼主は誰だ?」
槍先をシェイクの全身黒く焦げた顔へ突きつけ、俺は奴を問い質す。
「依頼主の情報は明かさない。それが暗殺者の鉄則だ」
「お前、死にたいのか?」
「殺したいなら殺せばいい」
こいつ……この期に及んで何を言ってやがるんだ。
「シェイク、話が違うわ。私達が勝てばあなたは依頼主の情報を教える約束だった筈よ?」
「そう……だったな。ならば俺が死んだ後、そこの天使にでも聞くといいだろう」
シェイクが視線を送った先、死神道化師の静止を振り切り、銀髪天使は上空より俺達の前へと舞い降りる。
「その必要はありません。ハルキ・アーレス、メイ・ペリドッド。この勝負、私達の負けです。メイ・ペリドッド。彼の記憶を覆う守護膜を一時的に解除。彼の記憶の解析を許可します」
「記憶を解析……そうか!」
そうか。メイなら記憶を辿る事で、シェイクが誰と過去接触していたか、依頼主が誰なのかが分かるという事か。
「成程。分かったわ。セラフィだったわね。依頼主が分かった時点で、あなたの星撃手を解放する。その代わり、今回の暗殺は身を引いて頂戴」
「ええ、約束します」
メイはライトグリーンの双眸を光らせ、シェイクの体躯を直視する。暫しの沈黙。その間シェイクは観念したのか、目を閉じ、何も言わなかった。
「シェイクは自らの口で依頼主の情報を漏らしていない。暗殺者にとって、この事実は重要」
「依頼主情報を漏洩する暗殺者に、仕事の依頼は来ないからな」
銀髪天使の発言へ道化師が返す。
「おい、まだ暗殺稼業を続ける気なのか。そこの守護天使……天使の癖に何故、暗殺へ加担するような真似……」
「……終わったわよ、ハルキ」
俺が射手座の守護者を詰め寄ろうとしていたまさにその時、光を納めたメイが解析を終えていた。暫し双眸を閉じ、何か物憂げな表情をしていた彼女。彼女は一体、奴の記憶を通して何を視たんだろうか?
「メイ、依頼主が誰か分かったのか?」
「ええ、勿論よ。シェイク、あなたの事も少し分かったわ。セラフィ、約束通り、彼は此処へ置いていく。依頼主が居なくなれば、暗殺の必要は無くなるでしょう? 後は好きにすればいい」
メイが話しかけるは力無き星撃手。シェイクはふっと笑みを零す。
「ふ。そうだな。奴等から金が踏んだくれない事は残念だが。まぁいい、セラフィ」
「マスター! すぐに回復させます!」
銀髪天使が大杖を振るうと、星屑を集めた聖なる光が牙狼の体躯を包み込み、全身黒く染め上がった大火傷を治癒していく。
「この回復力、パテギア王女の願星以上ね」
「嗚呼……俺があれだけ追い込んだ傷をこうも簡単に回復させるとは」
天使による最上位の回復術。次第に彼の体躯は元の灰色の毛並へと戻っていく。こうして俺達と星撃手との激闘は幕を閉じ、俺達は今回の依頼主が誰かを知る事となった。




