22 アメジスト 探究者③
「ねぇ、クレイ。この世界って、何が真実で何が正しいと思う?」
「アメジスト。珍しいね、君がそんな事を僕に聞くなんて」
鏡台の前で魔法のペンシルでアイラインを整え、身支度をしている私は、鏡ごしに映る青年へ声をかける。
「いいじゃない。で、あなたはどう思うの?」
「僕は僕が見て正しいと思った事しか正しいとは思わないし、真実とも思わないよ」
肌の色を人間らしく健康的で親しみやすい色へと変え、紅い口紅を引き、口元へ馴染ませる。
「あら~。クレイらしいわね。真実とは時に残酷だものね。あなたはその信念の下、あなたの思うまま生きなさい、クレイ」
「言われなくても、僕はそのつもりさ、アメジスト」
いつもの修道服ではなく、白に薄紫色のラインが入った聖者のローブにケープを羽織る。この日、私とラズベリー司祭は、ラピス・マキナ大聖堂で行われる司祭会議へ出席するため、身支度を整えていた。クレイは留守中教会の警護兼子守り役。
「ラズベリー司祭、シスタージス。行ってらっしゃーーい!」
「いってらっはーい」
「べつに、あなたが居なくたって寂しくなんかないんだからねっ」
「バウ、バウバウバウ」
「待ってる……」
教会の子供達が入口で私達をお見送り。哀しそうに眉尻を下げる子達の頭を撫でてあげると、少し安心したのか顔が綻んでいく。
「皆さん。行って来ますね。シスターセピア、クレイ殿。お留守番、よろしくお願いしますね」
ラズベリー司祭が子供達の相手をしていたシスターセピアと、その横へ居たクレイへ声をかけた。
「はい、任せて下さい。クレイさんも一緒ですし、問題ありません」
「ははは……護衛と遊び相手と両方する僕の身にもなって欲しいな……」
先程の憂鬱そうな面持ちから一転、キラキラとした眼差しを送る子供達の視線を一斉に浴びつつ苦笑するしかないクレイ。少なくとも子供達は、私よりも彼に懐いている。よかったわね、クレイ。
*****
ラピス・マキナ大聖堂はアルシューン城の北に位置するため、星驢馬が引く幌驢馬車で、此処から数時間で行ける距離。女神信仰のアルシューン公国は、特にラピス教会の権威が強く、スピカ警備隊を配備する王家、冒険者ギルドと同等の力を持っていると言えるわ。
「ラズベリー司祭、シスタージス。ようこそいらっしゃいました。奥へお進み下さい」
受付を済ませ、内部へと入る私達。私の勤めるセントレア支部の教会も充分な大きさだけど、大聖堂はその比ではないわね。緊急時には何万人もの市民が避難出来るとも言われる大聖堂は、小高い丘の上に立つアルシューン城と並んでこの国の象徴となっており、長きに渡る創星の歴史の中でも最も美しい建造物と言われているわ。
向かい合う天使が描かれた重厚な扉を開き、会議室へ入室すると、各支部の司祭とシスター達が既に寛いでいた。こういう無駄な会議はさっさと終わらせて、私は早く実験に勤しみたいのだけれどね。
「おや、ラズベリー殿。アメジスト殿。そちらの地区は迷宮の異変による被害で大変だったようですなぁ~」
「いえいえ。此処に居るシスタージスを始め、皆が頑張ってくれたお陰で被害は最小限で済みましたよ」
声を掛けて来た相手はノスティア領のドムドム司祭。この白髭、あの失脚したグレイグ家と繋がっている噂も囁かれていたのだけれど、よくもまぁ、生き残っているものね。今度個人的にメイちゃんに裁いて貰おうかしら?
「ジスさーん、会いたかったですぅ~~。うちの領は至って平和なんですが、大変だったみたいで……大丈夫でしたか?」
「ええ~~。ホイップちゃん。この程度の事件では怯まないわよぉ~?」
いつもの口調で返答する私。この背の低い司祭服の女子はプディング領の若いシスターホイップ。その横でただでさえ細い目を笑顔でさらに細くするカラメール司祭。この二人は事件が起きにくいプディング領を任された|世間知らずコンビ$アメジスト視点$だ。
「全員揃ったようじゃの。それでは会議を始める」
セントレア、ノスティア、イースティア。三地区を束ねる黒髭――クランベリー大司教の合図で会議が始まる。各支部の収支報告や事件を毎回議題とするが、今回はやはりアルシューンの迷宮で起きた事件に焦点が集まる。
「では、悪魔化してしまった冒険者は救えなかったという事ですな」
「はい。残念ながら一度悪魔化してしまった者を救う事は出来ませんでした」
ラズベリー司祭が結果報告をしていく。私は伊達眼鏡をかけた状態で、魔法文字で書かれた書類に目を通す。
「トルクメニア国も事件解決に関与していたようだが?」
「はいですしおすし。我が国自慢のなんでも屋、ハルキ・アーレスとガーネット二名がエルフの国を救ったとです!」
まるで自分の手柄のように報告をする甲斐性なしの小柄な男はグレゴリー司祭だ。トルクメニア国を管轄する大司教――コルブスが『それは儂の台詞だ』と言わんばかりに小脇を突いているわね。
「トルクメニア国は特に被害はなかったのだな?」
「はいですしおすし」
「では、今回収支もなかったという事かな?」
「……!? はい……ですしおすし……」
途端に声のトーンが下がるグレゴリー司祭。
「クランベリー、お主の所と違って我が支部は、犠牲者を出しておらぬ。それでよいではないか?」
グレゴリーの代わりに発言するコルブス大司教。二人の笑顔と笑顔の間に火花が見えるわね。
「そうじゃな。犠牲と言えば、セントレア支部の夜蝶も犠牲になったと」
クランベリー大司教の言葉に、各支部司祭の眉根が一瞬あがる。状況をよく分かっていないのはプディング領コンビ位だ。
「ええ、夜蝶こと座のマイ・アークライト・ヴェガは尊い星となりました」
「彼女が悪魔化した事により、冒険者の負傷者が多数生まれてしまった。だが、その事により、セントレア支部の寄付金は増え、収支は黒字となった。マイ・アークライト・ヴェガは大儀であったと言えるな」
「……っ!?」
うちの大司教も腐ってるわね。教会の穢れた仕事を行う夜蝶。そうであったとしても、少なくともマイ自身は教会のために悪魔となって暴走した訳ではないと思っているんじゃないかしらね。
「相変わらずだなクランベリー」
「じゃが、赤字ばかり出して居たのなら、フィクシス星機卿に目をつけられるのは、お前達ではないかのぅ? コルブス大司教、グレゴリー司祭」
拳を握りしめるコルブスと、下を向いたままのグレゴリー。
「そう言えば小耳に挟んだのですが、トルクメニア国騎士団長は四日後、団員と共に余暇へ赴くらしいじゃないですか? コルブス様、サウスドリームなんて観光地があって、羨ましいですわ~」
「シスタージス!? 一体何処からそんな情報を……!?」
タイミングを見計らったかのような私の発言に驚くコルブス大司教。うちの司祭に矛先が向いては困るものね。どうやらこの発言は効果的だったようで。
「なんと!? 平和ボケな国は、騎士団長すら余暇ですかな? 我々アルシューンの支部を見習って欲しいものですな」
お調子者のドムドム司祭が畳み掛け、クランベリー大司教がトルクメニア国の各支部を責め立てる形で、今日の会議は終わりを告げた。
「ジスさーん。難しい事はよく分からないんですが、今度うちの支部でプリン食べませんかぁ~? 美味しいですよ~?」
「あら~。ホイップちゃん。考えておくわね」
ホイップみたいなトロい女子はあまり好きではないけれど、腐った場を和ませるという意味ではこの子は役に立つかもしれないわね。




