15 メイ・ペリドッド 隣国からの報せ②
「本来この国で、犯罪者はスピカ警備隊が捕まえるんだけど、法が届かない場所があるというのは少々酷ね」
「ソレガ残酷ナ世界ノ現状ダ、メイ」
自身の穢れた欲求を満たし、残虐殺人を続けて来た男の末路は呆気ないものだった。
男の持つ剣、ブラッティソードは定期的に血を溜め込む事で、闇属性の血塗られた斬撃を飛ばす事が出来る剣らしく、戦闘時は対象が傷を負えば負う程、斬撃の威力があがる武器だった。しかし、私が受けた傷はあの一度きり。一度視た能力全てを打ち消す私の前では彼の斬撃は只の子供騙し。種のあるマジックは種明かしをしてしまえば大した事はない。
「彼を裁いたところで、スラムでの犯罪は無くならないのでしょうけどね」
「オ前一人デドウコウナル問題デモナイ」
男の魂は終焉の天秤によって裁かれ、死神の糧となった。この街に渦巻く問題は、例えばこの国の闇に根を張る闇組織――スラム街の頭領を裁いたところで解決するものでもない。幾重にも絡む合う思惑と欲望。全ての糸を解く事は、私の能力を持ってしても一筋縄ではいかない。
日常の審判を終え、ようやく家路についたところで、創星の守護者と加護者を繋ぐ秘匿回線より、脳内に意思伝達の信号が届く。脳裏に浮かぶ回線の色で誰からの回線か把握するのだが。この回線の色はサンストーンではないわね。
「お前から連絡をしてくるとは珍しいな、ガーネット」
私の守護者は黒猫姿から本来の道化師姿へと変化し、回線に応答する。回線の主は、牡羊座の守護者――芳香の魔術師、ガーネットだった。
『緊急事態よ、恐らくスピカ警備隊のレオとサンストーンにも、スミスから連絡が入っている頃だと思うわ』
聞こえて来る声のトーンから、彼女の酷く疲れた様子が窺える。しかし、レオとサンストーンの名前まであがるという事は、よほどの緊急事態だろうか。スミスは確か、ブレアが能力をコピーしていた山羊座の加護者だった筈。
「……どういう事だ」
『単刀直入に言うわ。トルクメニア国騎士団の現団長アルク・レイフィールドが殺害された。恐らく犯人は、シェイク・ケイロン・サジタリアスよ』
トルクメニア国の騎士団長という事は、こちらの国で言うレオと同じ立場にある人物だ。そんな人物を殺害する実力を持った者。ガーネットから告げられた名前は私が聞いた事のない名だった。
「トルマリン、ガーネット。そのシェイクって一体何者?」
「暗殺者であり、放浪の星撃手、シェイク・ケイロン・サジタリアス。射手座の加護を与えられし、牙狼族の血に飢えた男だ」
射手座の加護者。加護者がどうして暗殺稼業を……と言いかけて止める。闇に紛れて審判をしているという意味では私も同じだから。
『暗殺者として奴を雇ったのは誰か。誰に何の目的があるかは分からないけど、こっちの大陸に奴が渡って来たのなら危険よ。いつ誰が狙われるか分からないわ』
「そうだな。こちらでも対策を練っておくべきだろう」
左手の親指と人差し指を顎に当て、腕を組んだ状態で思案するトルマリン。
「団長が殺されたという時点で察しはつくけれど、そんなに強いのそのシェイクって男?」
『ええ、彼は過去あった星戦でも上級悪魔を何名も殺してる。殺されたアルクも金等級よ。メイちゃんも気をつけた方がいいわ……それに……』
私の疑問にガーネットが答える。星撃手……ただのスナイパーではないのだろう。
「それに、奴には優秀な守護者がついている……と言いたいんだろう、ガーネット」
『そう。〝血に飢えた獣〟――シェイクと、〝冷酷の銀髪天使〟――セラフィ。あの射手座コンビは危険すぎるわ』
強靭な力を持つ加護者には優秀な守護者がついている。敵に回すと厄介な相手である事は間違いなさそうだ。
『トルクメニア国で三日後、団長の星葬が予定されている。恐らく親交があるレオ、サンストーンも呼ばれる筈よ』
「わざわざ連絡をして来たという事は、そういう事か、ガーネット」
彼女の意図を把握した道化師は組んでいた腕を下ろす。彼女は恐らく、トルクメニアへ私達を集めておきたいのであろう。
「トルマリン、明日サンストーンとタピオカの件で会う約束をしているわ。今回の件についても聞いてみる事にするわ」
「メイ、それなら我も同行しよう」
私とトルマリンの中で話はまとまった。ガーネットは引き続き、シェイクを追いつつ雇い主が誰か追いかけるという。
「深追いはするなよ、ガーネット」
『あら。心配してくれるなんて珍しいわね、トルマリン。それより、メイちゃん。そっちの国タピオカミルクティーなんて、この世界の文明レベルからして通常存在しない嗜好品が存在する訳?』
脳内にやや興奮気味の声が響く。そうか、このお姉さんも地球へ渡る術を持っているんだったわね。
「ええ、サンストーンがこちらで開発したの。今度アルシューン公国に一号店がオープンするわ」
『何それ! もう、パンケーキといいクレープといい、そっちの国は羨ましいわね! シェイクの件が片付いたなら、遊びに行ってもいいかしら?』
道化師は興味なさそうに、黙って氷結力の魔力によって冷やされた氷冷庫から取り出したミルクを魔力変換装置で温め始めた。
「ええ、勿論。あ、ハルキは留守番でいいわよ。タピオカミルクティーを囲んで是非女子会をしましょう」
『オーケー。そこはうまくやるわね。これで俄然やる気が出て来たわ。ありがとう、メイちゃん。じゃあ、ハルキを待たせているからこの辺で。トルマリンもまたね』
タピオカミルクティーを囲む女子会の約束をしたところで、ガーネットとの通信回線が切れる。温めのホットミルクをテーブルへ置いた道化師は黒猫姿へと戻り、黙ってペロペロと舐め始めた。
「本当あなたには温めのホットミルクがお似合いね、トルマリン」
「同ジミルクデモ、タピオカミルクティハ飲マンゾ」
此処まで頑なだと、逆に一度飲ませてみたくなるわね。今度、エロ猫へタピオカミルクティーを飲ませる大作戦でも決行しようかしら。
「タピオカミルクティー一杯で、私の果実を触らせてあげてもいいわよ?」
「ナン……ダトッ!?」
一瞬毛を逆撫で、ビクンと反応したエロ猫は、全身を震わせた後、再びホットミルクを飲み続けるのだった。




