ヒロインとヒロイン。
ヒーローとヒロイン。そのヒーローって呼び方が好きじゃない。
だってヒーローってなんとなく「男性」を思わせるから――――。
うん、考えすぎだっていうのは分かってる。
私の偏見だっていうのも分かってる。
何より私自身がそう思い込んでることで私の世界を狭めてるっていうことも分かってる。
それでもどうしても受け入れられないんだ。受け入れたくないんだ。
私は女性が好き。女性として女性が好きな女性。女性しか好きになれない女性。
だからかな? この物語の台本の<ヒーローがヒロインを救いに来る>この行が気にいらない。
例えば<ヒロインAがヒロインBを救いに来る>とかそういう書き方ではダメなのかなって思う。
或いは普通に<主人公がヒロインを救いに来る>とかそう書けばいいと思う。
なのにどうして<ヒーローがヒロインを救いに来る>なのかな。
納得できない。主人公も女性、ヒロインも女性。
私達演劇部が今度の演劇祭で披露するのはそういう物語。
ロミオとジュリエット的なものじゃなくて女性騎士と騎士の仕えるお姫様との身分差恋物語なのに。
「夏帆ちゃん、どうしたー? 目が据わってるぞ」
そんな、他の人達からすれば些細な事。でも私からすれば重大問題。
そういう気持ちが顔に出てしまっていたのだろう。
この台本を書いた小野寺先輩から声がかかる。
・・・言いたい。この行なんとかなりませんか? って凄く言いたい。
だけど言える筈がない。
言ったら絶対空気が悪くなる。
私の神経質で部の雰囲気を悪くしたくない。
だから私は空気を読んでこの場では順当な言葉を口に出す。
「なんでもありません」
上手く誤魔化せたかな? 笑えたかな?
うん、誰も特に何も思わなかったみたい。良かった。
小野寺先輩から演劇祭についての諸注意が入る。
そして稽古が始まる。
「くくく、まさかこんなところで逃亡中の姫君と遭遇するとは。私はついてるな。フレア姫、貴女の生命、このユミルが貰い受ける」
「っ。わたくしはこんなところで討たれるわけにはいかないのです。祖国復興のためにも」
物語の山場と言えるシーン。
フレア姫の祖国は同盟と不可侵条約を結んでいた筈の隣国の突然の裏切りにより滅びた。
王族は皆殺しにされた。しかし一人だけ王妃の助けにより生き延びた王族がいた。
それがフレア姫。彼女は一人だけ生き延びてしまったという屈辱を今は甘んじて受け入れて生き延び、力をつけてこの場に戻り、いつか祖国を復興させると誓い逃亡。その途中で隣国の敵騎士と会う。
敵騎士は強い。護衛の騎士が倒され、絶対絶命の危機に陥るフレア姫。そこに現れるのが。
《ヒーロー》・・・・・私の恋人。
「フレア姫、お覚悟!」
「っ」
「させません。シッ!」
"キィィィン"剣と剣が交わる。激しい戦闘の末、ヒーローは敵騎士に勝利する。
敵騎士に騎士が勝利することを祈りながら見ていた姫は安堵のため息を漏らす。
そんな姫の元にゆっくり歩いて来る騎士。
姫の前まで辿り着くと騎士は跪く。そして。
鈴原美空。私、岬夏帆の大切な恋人。
彼女とは小学校の頃からの幼馴染。
小学校の頃はただの幼馴染だったけど、中学に入った頃から私は彼女を《女性》として意識するようになった。
そして高校入学時に告白。
「女性として美空ちゃんが好きです。私と・・・付き合ってください」
あの時の美空ちゃんの顔は今でもしっかり心に残っている。
真っ赤な顔、潤んだ瞳。その頬から流れた滴。
「私で、いいの?」
「うん。美空ちゃんがいい。可愛い美空ちゃんとお付き合いしたいの。だから――――」
私は最後まで告白のセリフを告げられなかった。
感極まった美空ちゃんが私に抱き着いてきたから。
私達は両想いだったらしい。
でも美空ちゃんはその想いを生涯黙っておくつもりだったらしいけど。
理由を聞いたら世間体と告白なんかしたら私に嫌われるかもって思ったからって。
言ってくれたら良かったのに。
でも結局恋人同士になったんだからいいけどね。
騎士、美空ちゃんを見る。
中性的な顔立ち、だけど睫毛なんか長くて女性的だって思える。可愛くて綺麗。
真っ黒なショートボブな髪、背が高い。
だから美空ちゃんはこの女子高で「王子様」とか言われてる。
そんな彼女だからこの騎士の役を割り当てられたって言っていい。
ヒーロー。美空ちゃんは気にしてないけど私は気になる。
だって美空ちゃん、女性だもん。凄く可愛い女性だもん。
それに私は女性同士の恋愛をしてるんだもん。
どっちかが【男】の役割をしてる。みたいなのが嫌。
ヒーローとヒロインじゃない。私達はヒロインとヒロイン。
私も美空ちゃんも女性。
「フレア姫様。救出が遅れ申し訳ありませんでした。御身を守らねばならない騎士がこのような失態。処分はいかようにも申し付けください」
「・・・・・」
「・・・姫?」
「・・・・・」
「・・・・・夏帆? どうしたの?」
「美空ちゃん、私」
「うん?」
「私」
演技を途中でやめた私に周りがざわつく。
小野寺先輩の声で「カット」がかかり、私達は休憩となる。
「はぁぁぁぁぁぁ」
部室の隅。一人でどんより暗く三角座りしてたら美空ちゃんが来てくれた。
「どうしたの? 夏帆。何処か調子悪い?」
心底私を心配してくれて隣に座ってくれる美空ちゃん。
いい匂いがする。私は私の恋人にそっと手を重ねる。
細くて長い指。つるつるした爪。
「ふふふっ」
「夏帆?」
「美空ちゃん、香水つけてるよね? それともボディクリーム? 後、爪は目立たないネイルしてるよね?」
「え? それがどうしたの?」
「ん~ん。なんでもない」
「ん?」
美空ちゃん、可愛いなぁ。
こんなにも女性なのに何処が王子様なんだろう。
知ってたけど、周りの人は表面しか見てないんだなぁって良く分かるよ。
それに美空ちゃんも自分を隠してる。
やっぱり、このままじゃ・・・ダメだし。嫌だな。
「よし! 決めた」
「夏帆?」
「美空ちゃん、美空ちゃんは女の子だよね?」
「は?」
「いいから。女の子だよね?」
「う、うん」
「うん。じゃあ」
「小野寺先輩ーーー」
私は小野寺先輩のところへ行って書き換えてもらった。
<主人公の女性騎士がヒロインの姫を救いに来る>
良かった。これでヒロインとヒロインだね。
◆
-美空-
参ったなぁ。夏帆には隠し事が出来ない。
童顔でふわふわの天然パーマで背が小さくて可愛い夏帆。
守ってあげたくなる女の子なのに実際に守られてるのはいつも私だ。
『今日も凛々しいわ。美空様』
『なんて素敵なんでしょう。向美空の君様』
『美空様が彼氏だったらどんなに素敵でしょう』
『・・・・・』
こんな顔立ちだし、こんな成りだし、ましてやこんな空間だから偶像崇拝されるのは仕方ないって諦めてた。そもそも昔から慣れているし。でも心の底では。
「美空ちゃんは女の子だよね?」
本当の私を見てくれて、探してくれた夏帆。
頭が上がらない。もう彼女に足を向けては寝られない。そんなこと最初からしないけど。
「ねぇ、美空ちゃん」
「何? 夏帆」
「私達将来結婚したらさ」
「うん」
「いい婦々になろうね」
婦々か。楽しみだ。
「はい、じゃあ稽古再開するよー」
小野寺先輩の声がかかる。
立ち上がろうとする夏帆の手を"そっ"と掴んで私は――――。
「大好きだよ」
夏帆の唇にキス。
真っ赤になる夏帆。
これで格好悪いところばかり見せずに済んだかなぁ。
こんばんは 作者です。
今回は私の「思い」を物語にして書いてみました。
美空と夏帆。二人の登場人物の想いと私の思い。
読者様に何かしら届けられていたら嬉しいです。
2019/08/18 作者