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二人でいたから  作者: 早瀬 薫
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第六章

 七、八歳くらいの小さな頃までは、私もすごく楽しい生活をしていたと思うし、幸せだったと思う。父さんも母さんも保志もいたし、いつもみんなが笑ってたように思う。だけど、悲しいことにその頃の家族の記憶ってあんまり残ってない。子供だったからだとは思うけれど。だから、本当は、幸せだったと幻想のように思ってるだけかもしれない。私の頭蓋骨の中の脳ミソが、自分の都合のいいように記憶を作り変えているだけなのかも……。昔、本で読んだことがあったけど、抑圧された人間が、二重人格……なんてものじゃなくて何重にも別人格を作り出して、何人もの人生を同時に生きているという実話があって、あれは本当に衝撃的だった。何人もの人間が、一人の体を交代で乗っ取っているような感じだった。ある瞬間に、小さな女の子だったのが、次の瞬間には大人の男の人だったり、おとなしかったり、凶暴だったりした。あの人を精神分析をしていたお医者さんは、きっと自分のほうが気が狂うんじゃないかと思っただろうな。あの人の場合、子供の頃に虐待を受けていたりして、その辛さから逃れるために、違う人格を作り出してしまったらしい。余程、過酷な状況にいたんだろうなと思う。だけど、私もそうだった。虐待を受けていたわけじゃないけど、すごく辛かった。死んでしまいたいと思ったことも何度もある。だから、本当は、あの人みたいになれるものならなりたいと思っていた。だって、別人格になっているときは、辛さを忘れていられるわけだから。自分の本当の人格はたった一個で、後の人格は別人だから、どう考えたって、辛いと思っている時間が、多重人格は一重人格より圧倒的に減るだろうしね。私の場合、忘れたくても忘れることなんてできなくて、いつもいつも起きている限り、苦しみが頭の中を支配していた。周りの友達は幸せそうに生きているのに、どうして自分にはこんなに辛いことばっかり起こるんだろう?神様は不公平だよねと思っていた。でもね、人間というのはよくできていて、逃げずに対峙していると、その辛さがだんだんやわらいでくる。慣れっこになってしまうんだと思う。きっと、医学生が遺体解剖するときの状況と同じだと思う。最初は恐ろしくてたまらないくらいに思っていたのに、そのうち慣れてしまう、というような……。だから、前より随分マシになったと思う。でも、この話は、誰にもしたことがない。亮ちゃんにさえしたことがない。それなのに、亮ちゃんはいつも私を助けてくれる。本人は気付いてないのかもしれないけど……。

 だけど、どうして亮ちゃんに偶然会うことができたんだろう? 亮ちゃんに会いたくて会いたくてたまらなくて、「どうか亮ちゃんに会わせてください」と神様にお願いしたのにずっと会えずにいて、全く予期しないときに突然再会することになった。大人になって、あんな形で彼に会うことになるなんて、思いも寄らなかった。だって、私も最初、彼が誰だか分からなかったもの。あの左手の火傷の傷を見て、「もしや?」と思ったのだから。でも、私の神様は、随分気まぐれな神様だよね。私をあんなに酷い目に合わせておきながら、忘れたころに私を救いに来てくれるんだから。まさか再び、亮ちゃんに会えることになるなんて思いも寄らなかった。しかも、彼と結婚することになるなんて! 自分がこんなに幸せになるなんて信じられなかった。だから、私はやっぱり、私で良かったと思う。多重人格になったり、世捨人になったり、極道の妻になったりしないで良かった。諦めないで普通の生活を送っていたから、今があるんだと思う。


第七章に続く

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