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二人でいたから  作者: 早瀬 薫


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第四十章

 もう隠しておくことは出来ない。奈々子と面と向かうときが来たのだと思った。僕は、再び彼女を見張ることにした。けれども、あれから何度か尾行してみたが、調布へ行く様子は見られなかった。でも、僕が確認できた家は五軒だった。残りの後一軒を確かめてみてから、奈々子と話をするべきだという気がしていた。

 奈々子が休日の朝、「じゃあ、仕事に行って来るね」と言って僕は仕事に出た。そして、少し離れたところで玄関の様子を窺っていたら、奈々子が出てきた。そして、僕は奈々子を尾行した。目黒駅ではない所に向かってほしいと思いながらも、真相をどうしても突き止めなくてはならないジレンマに陥っていた。奈々子はやっぱり中目黒駅に向かった。僕は胃がキリキリと痛くなった。

 奈々子は調布駅で降り、北口に向かった。改札を出てそのまま真っ直ぐ北に向かい、少し大きな道路に出て道を渡り、右に曲がった。するとすぐそこに寺があり、寺の境内を横切って東に向かい、少し歩いたところにある古びたアパートの前で立ち止まった。そして、この間と同じようにポストに手紙を入れた。

 奈々子が立ち去った後、僕は住所と表札を確かめた。表札には「杉下裕也」と書かれてあった。 杉下裕也だって!? 奈々子が一番嫌がっていたあの杉下のことじゃないか!

 僕はしてはならないことと思いながらも、古びてガタがきている郵便受けの口に手を突っ込み、手紙を無理矢理取り出した。そして封を開けて中を読んだ。その手紙には驚くべきことが書かれてあった。



「お元気でしょうか? しばらくご連絡を怠ってしまって申し訳ありません。こんなことで、許して頂けるとは思っていません。犯した罪を消すことなど一生できないとも思っています。ですが、どうかできることならば、お許しください。ささやかですが、お詫びを同封しております。どうかお納めください」



 封筒の中には無記名の手紙と一緒に十万円が同封されていた。


 頭が割れるように痛んだ。この手紙は一体どういうことだ? 罪を犯しただって? 奈々子が罪を犯したというのか!?

 奈々子は小学生のとき、家族を全員失ったと言っていた。そして、その後、親戚の家を経て、調布の孤児院にいたとも言っていた。だけど、どうして奈々子が家族を失ったのか、僕は彼女に一度も訊ねたことがなかった。なぜ? どうして? どうして確かめたことがなかったのだろう? 彼女が辛い過去を思い出して苦しむと思っていたから? 多分、そうなんだろう。いや、僕が記憶喪失で僕自身も家族を亡くしていて、奈々子もそのことに今まで触れたことがなかったから。聞いても僕が困るだけだと分かっていた。きっと、僕を悲しませたくなかったのだろう。奈々子は結婚当初、僕が自分の記憶がないことを悩んでいると打ち明けたら、「亮ちゃんは私のことが好きだから結婚したんでしょう? 私も亮ちゃんが好きだよ。それでいいじゃない」と言っていた。僕たち夫婦はいつも一緒に過ごし、いつもいろんなことを話した。好きなもの、嫌いなもの、買いたいもの、行きたいところ、今日あった楽しかったこと、辛かったこと、不思議だと思ったこと、感動したこと。毎日、泣き笑いながら何でも話した。これ以上、話すことは何もないというくらいに……。

 それなのに、僕は一番知らなければならないことを知らなかったのだ。


第四十一章に続く

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