第三十六章
結局、あれだけ願ったのに、亮ちゃんとは一度も同じクラスになれなかった。同じクラスになったら、亮ちゃんと昔のように話す機会も沢山あっただろうに……。中学生って多感な時期で、二人っきりでいるだけで、周りの子たちは囃し立てる。子供っぽいったらありゃしない。だから、私は亮ちゃんに近づかなかったし、彼もそうだった。私はただ単に彼と話したかった。昔のこと、離れてからのこと、ひとりぼっちになってからのこと……。亮ちゃんのことを離れ離れになっていた家族のように思っていたからかもしれない。
なんでこんなにも、亮ちゃんのことが気になって仕方がなかったんだろう? 幼い頃、いつも亮ちゃんに助けられていたから? 小さいときの日常って、大人になって覚えていないことが多いのに、楽しかったこと、辛かったことだけは鮮明に覚えているのかもしれない。あれだけ毎日給食を食べていたのに、覚えているのは、好きだったものと嫌いだったものだけみたいな……。だから、亮ちゃんのことはよっぽど好きだったんだと思う。
このまま亮ちゃんと話せる機会もなく中学を卒業してしまうのかな思っていたら、たった一度だけ話すことができた。中学三年生のときのバレンタインデーだった。もう最後だから靴箱なんかに黙って突っ込まないで、直接手渡そうと思って校門で亮ちゃんを待ち伏せしていた。友達がいようが誰がいようが手渡すつもりだった。そしたら、たまたま亮ちゃんは一人で下校していて、私も一人で、奇跡的に周りに誰もいない瞬間があった。私は亮ちゃんを見つけると、思わず駆け寄った。そして「受け取ってください」とだけ言って、チョコを渡した。すると亮ちゃんは「ありがとう! 本当は奈々ちゃんとずっと話したかったんだ!」と私に言った。「良かったら、これからうちに来ない?」とも言ってくれた。だから私は、喜んで彼の招待を受けた。
亮ちゃんの家があった場所には、やはり亮ちゃんの家はなく、小学生のとき、誰にも内緒で電車に乗ってここに来たときと同じように、草ぼうぼうの空き地のままだった。その空地の前を二人で通り過ぎ、ある家のまえで、亮ちゃんが止まった。私のことを小さい頃に可愛がってくれていた近所のおばちゃんの家だった。調布に再び帰って来たとき、私は何度この家を訪ねたいと思ったことだろう? おばちゃんに会えると思うと嬉しくてたまらなくなった。そのことを亮ちゃんは知っていて、わざわざ私をおばちゃんに会わせに連れて来てくれたのかと思ったら、亮ちゃんは玄関を開けるなり「ただいま!」と言った。私はびっくりして、思わず亮ちゃんの顔を見た。亮ちゃんは私が驚いているのに気付いていたが、知らんぷりをしていた。あのときの亮ちゃんは、一体何を考えていたんだろう? でも、部屋の奥から「お帰り」という声が聞こえ、私は亮ちゃんに促されるままに、部屋へ上がった。「お帰り」と言ったその人は、亮ちゃんのお母さんではなかった。やっぱり、あのおばちゃんだった。おばちゃんは私を見るなり「奈々ちゃん!?」と叫んで驚き、「奈々ちゃんだよね? 久しぶり! 元気だった?」と何度も言って、私を抱きしめて私の背中を擦った。なんだか涙が出た。こんな風に優しく誰かに抱きしめられることなんか、もうないだろうと思っていたから。おばちゃんは、私がなぜ天涯孤独になってしまったのか、すでに知っていた。小さな記事だったけれど、新聞に載ったから。おばちゃんは「よく来た、よく来た」と私の頭を撫でた。私は、おばちゃんにしがみついて、わんわん泣いていた。
その後、おばちゃんも私もお互い話したいことを山ほど話した。私は八王子でどんなことがあったのか全部話したし、おばちゃんも私がいなくなってからのことを話してくれた。勿論、亮ちゃんのことも……。私は、亮ちゃんのことは自分から質問せずに、おばちゃんが話してくれることをただ黙って聞いていた。亮ちゃんもおばちゃんが自分のことを話すことを嫌がりはしなかった。亮ちゃんも、きっと、私には聞いてもらいたいと思ってくれたんだと思う。おばちゃんは、亮ちゃんの家のことを話した。「この子の家は火事になり、この子だけが生き残ったんだよ」と言った。
第三十七章に続く




