第三十五章
その夜、いつものように、奈々子が焼いた人参クッキーを食べながら言った。
「篠原さんとそんなことを話してるんだ」
「うん」
「羨ましい」
「そうだろ」
「でもよかったね、その賢治君って子」
「うん、僕も気になってたからね」
「画家になればいいじゃん」
「僕もそう思うよ」
「でも、男の人って、ロマンティストだよね」
「そうなのかな」
「でも幸代さんもロマンティストだね」
「うん」
「でも幸代さんは、若くして亡くなってしまってお気の毒だったけど、亡くなってからも何十年も愛されているなんて幸せだね」
「そうだね」
「人生はうまくいかないね。生きていたら、きっと素敵なご夫婦だっただろうに……」
「そうだね……。僕も生きている幸代さんに会ってみたかったよ」
「私も」
「だからね、おやっさんにも言われたんだけど、篠原さんにも、奈々子さんを大事にしろって言われてるんだよ」
「そうなの?」
「うん」
僕がそう言うと、奈々子は笑顔になった。
「もうすぐ結婚十周年だろ?」
「うん」
「二人でどこか旅行でもしようか?」
「うん!」
「奈々はどこに行きたい?」
「うーん……」
「奈々が行きたいところに行こう」
「私もエジプトに行ってみたいな」
「え?」
「冗談、冗談。近場の温泉でいいよ」
「熱海にでも行こうか」
「うん、美味しいものをいっぱい食べよう」
「うん。それはそうと、東山のほうに新しいカフェがオープンするんだって」
「え? ほんと?」
「行ってみる?」
「うん、行く行く」
毎日毎晩繰り返される取りとめのない話。きっと、その話の内容なんか、意味があってもなくても何ら重要でなく、そんな会話が無かったとしても、生きていくことに支障なんかない。どこの家庭でも、同じ様なものだろう。でも、こういう会話をすることに、意味があるのだと思う。それだけで、人は人生は豊かだと思うんじゃないかな。一人でいるより二人でいたい、人がそう思うのはきっと重要な意味があるに違いない。その本当の理由が、人類存続という現実的なものだとしても、人はそこに他の理由を見つけたがるものだと思う。だって、ただ、種の保存のためだけに人間が存在するのだとしたら、泣いたり笑ったりする必要なんかないじゃないか? とくに負の感情なんか種の保存に対する弊害みたいなものじゃないか?
人は何のために生きているのだろう? 僕は、しょっちゅうそんなことを考えている。
第三十六章に続く




