第三十一章
親戚の家には、四年間だけ置いてもらった。中学に入るとき、親戚が経営していた会社が傾き、伯母は面倒見きれなくなった私を孤児院に入れようとしていた。どこの孤児院にお世話になるかと伯父夫婦が夜中に台所で相談していたとき、たまたまトイレに起きた私はそれを耳に挟み、迷わず「八王子じゃなくて、調布にしてください」と頼んだ。伯父は、私の父の兄で、私のことを随分気に掛けてくれていたが、血のつながらない伯母は、私を厄介払いできてせいせいしたようだった。三つ年上の従姉は来年は高校生だし、これからますます学費が嵩んでくるだろう。だから、まだ義務教育のうちに私が家を出ることになって、ほっとしたようだった。
私は調布に戻りたかった。調布に戻れば、幼い頃の友達にも会えるだろう。それに、何より、一番会いたかった亮ちゃんに会えるかもしれないのだ。実はこのとき、私には、ある夫婦の養女にならないかという話が持ち上がっていた。資産家で裕福な暮らしをしている人たちだった。けれども、三年前に私と同じ年頃の一人娘を交通事故で亡くしていた。「会うだけ会ってみなさい」と伯父にすすめられて会ってみたら、感じのよい優しい人たちだった。私は一瞬心が動いた。この人たちの娘になれたら、きっと自分は幸せになれるだろうとどこかで確信していた。子供の直観は案外当たっているものだと思う。いや、大人より正確かもしれない。男の人は物静かな人で、ただ黙って笑っていた。けれども、女の人は違った。彼女は、「私はあなたのことを本当の娘として家に来てもらいたいと思っているの。だから、仲良くしたいけれど、あなたがいけないことをしたら、容赦なく叱りもします」と言った。普通は初対面の子供にこんなことは言わないだろう。だって、良く思われたいに決まっているから。それなのに、あの人は正直に私にそう言った。だから、この人についていきたいと思った。彼女はまるで亡くなった私のお母さんとそっくりだったから。
私は、天涯孤独になってから、このとき初めて、自分で選ぶことの出来る選択肢を持った。自分に有利なように選択しようと思えば出来た。それなのに、私はこの申し出を断った。理由は、ただ、亮ちゃんに会いたかったから。彼らに着いていけば、義父になるだろう人の仕事の関係で、アメリカに行くことになってしまう。アメリカに行ってしまえば、亮ちゃんに二度と会えないかもしれない。だから私は断ったのだ。だけど、今でもこの選択は果たして正しかったのかと思う。私も亮ちゃんも今と全く別のそれぞれの幸せな人生があったかもしれないと思うから。私が傍にいることを亮ちゃんは幸せだと思ってくれているんだろうか?
大人になるにつれ、人はあらゆる場面で、いろんな選択を迫られる。その選択を後悔することだってあるだろう。けれども、結局はどんな選択をしたとしても、損得なんて大した問題ではないんだと思う。どちらの道に転んだって、学ぶことは沢山あるに違いない。誰かを傷付けても自分のエゴを通したいという選択ではないのなら、自分の気持ちに正直に選ぶべきだと思う。だから、私はこの選択をして良かったと思っている。
第三十二章に続く




