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二人でいたから  作者: 早瀬 薫
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第三十章

「実は、この間、篠原さんのところへ行ったとき、幸代さんのことを詳しく聞いたんですよ」

 工房で、二人きりで作業をしながら、おやっさんと話していた。そろそろ友加里さんが亜美ちゃんを保育園から連れ帰る時刻だった。いつもは保育園からの帰りに工房に寄ることが多かったのに、あの騒動以来、めっきり足が遠のいたみたいで、今日も二人で休憩もはさまずに、ずっと作業をしていた。ここ一週間、おやっさんは、昼ご飯も僕と一緒に花屋で食べている。昼ご飯を食べた途端、すぐに工房に取って返し、溜まっている作業をこなしていた。

「へー、そうかい。それで?」               

「それでと言われてもそれだけなんですけど……。というか、僕よりおやっさんのほうが幸代さんのことはよく知っているんじゃないですか?」

「そうだな。でも、あの人もあっけなく亡くなってしまって、本当に気の毒だった」

「篠原さんも、たった半年患っただけで亡くなったと言ってました」

「綺麗な人だよな」

「そうですね」

「幸代さんも変わってたけど、アイツも随分変わった奴だよな」

「そうなんですかね」

「亡くなってから、すげえ経つのに結婚もしないで、ずっと幸代さんの絵を描き続けているんだからな。いい加減にしとけよと言ったんだけど、聞かねぇんだよ」

「でも、話を聞いてて思ったんですけど、結婚する人は、幸代さん以外考えられなかったんじゃないかな。なんだか僕も、篠原さんと幸代さんの出逢いに運命を感じましたよ」

「そうか?」

「そうですよ。あれだけ気が合う人も滅多にいないでしょ」

「そう言えば、昔、二人でしょっちゅう一晩中話してるから眠たくてしょうがないと言ってたな」

「それくらい仲が良かったってことなんでしょうね」

「そんな人間に巡り会っても、すぐに死なれちゃ、残ったもんは辛いだけだ」

「……」

「おい、奈々子さんを大事にしろよ」

「この間から、そればっかりですね」

「そうか?」

「二回目ですよ。篠原さんにも言われたし……」

「男が後に残ってみろ。情けないったらありゃしない。奈々子さんには長生きしてもらわないとな」

「男が後に残ったら情けないんですか?」

「絹子を見てみろ。アイツはああ見えて、もてるからな。今でも彼氏の一人や二人はいるんじゃねぇか」

「えっ!? そうなんですか!?」

 そう言うと、おやっさんはゲラゲラと声を上げて笑った。

「いやな、実際、いろいろと縁談はあったらしいよ。だけど、全部断ってきたんだよ。乳飲み子を抱えてずっと一人でやってきたから、苦労したと思うぜ。だから、俺もいい縁談なら結婚しろと散々すすめたんだけどな。でも全然首を縦に振らないんだよ。アイツもほんとに頑固だよな。なんで俺の周りは、いい歳して一人もんばっかりいるのかね」

「再婚したらいいじゃないですか」

「そうだよな」

「いえ、おやっさんが」

 そう言うとおやっさんは目を丸くした。

「馬鹿言え、そんな奇特な女はいねぇよ」

「だから、絹子さんがいるじゃないですか」

 僕がそう言うと、おやっさんは「あちっ」と言って、バーナーで温めて伸ばしていた銀の棒を落っことしてしまった。

「てめぇ、俺をからかうんじゃねえ!」

「からかってなんかいませんよ。お似合いだなと思ってただけです」

「あいつはな、ちっこいときから、俺の後ろを金魚の糞みたいにくっついて来てたヤツなんだよ。妹みたいなもんなんだから、結婚なんかできるか!」

「そうなんですか?」

「おう」

「なんだか残念だな……」

「残念で結構」

 そう言って、おやっさんは笑った。

「それはそうと、幸代さんがはめている婚約指輪なんですけど、あれっておやっさんの親友が作ったんだと聞いたんですけど?」

「おう、あれか! あの緑の奴だろ?」

「はい」

「あれを作ったやつは、とうの昔に死んじまったよ」

「そうなんですか……」

「お前、あの指輪、好きだろ?」

「はい。なんだかすごく惹かれるものがあります」

「お前が作るものと似てるものな」

「そう言われれば、そうかもしれませんね」

「繊細なようでゴツゴツした感じもあるし……」

「古代エジプトの財宝みたいだと僕が言ったら、篠原さんも頷いてました」

「あれを幸代さんが元気なときに、はめてやりたかったな」

「そうですね……」

「あれを譲ったときは、幸代さんはもう意識不明になってたんだよ。だから、本人は自分の指にはめてることも気付いてなかっただろう」

「そうなんですか……」

 僕は思わずため息を吐いた。

「だからな、奈々子さんを大事にしろって言ってんだよ」

「はい、はい、分かりました。でも大事にしてますよ」

「そうだな。俺より随分女房を大事にしてるよな。おう、それとな、あれは出来たのか?」

「あれって?」

「結婚十周年がどうとか言ってただろ?」

「あ、はい」

「残って作業しなくても、空いた時間にすればいいからな」

「ありがとうございます。そうさせてもらいます」

「早いな。あれからもう十年経ったんだな……」

「そうですね」

「十年なんかあっという間だな」

「はい」

「俺も歳を取るわけだ……」

 おやっさんはそう言って、笑った。


第三十一章に続く

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