第二十八章
いつものように、夕飯を奈々子と一緒に食べ、その後、居間で二人でクッキーを食べながら、コーヒーを飲んでいた。いつもと何ら変わらない我が家の光景だった。けれども、僕の心はざわついていた。今すぐにでも、奈々子を問い詰めたい衝動と戦っていた。僕は、蝋燭と部屋の隅にあるルームライトを点けて、由美が毎月持ってくるブライダル月刊誌を意味もなくペラペラと捲っていた。勿論、そんなものを開いたところで、ただ眺めているだけで何も頭の中に入ってこない。僕は、大きくため息を吐き、読んでいた雑誌を床の上に無造作に放り出した。
「どうしたの? 何かあったの?」
「いや、別に」
「だって、さっきからなんかイライラしてるよ。仕事が思うように進んでないの?」
「それはいつものことだから」
「だったら何かほかに原因があるの?」
「別になんでもないって言ってるだろう!」
「亮ちゃん……」
そんなつもりはなかったのに、気付けば声を荒げていた。奈々子のほうを見ると、見たことがないような悲しい表情をしていた。
「ご、ごめん。でもなんでもないから」
「亮ちゃん、結婚して初めて怒ったね」
「……」
「気に入らないことがあったら、なんでも言うって約束したでしょ? 隠してないでちゃんと話して」
「奈々こそ、僕に隠していることがあるんじゃないのか?」
「え?」
僕はそう言って、驚く奈々を残してふらりと一人で外に出てしまった。
公園まで行き、ベンチに座って煙草を吸おうとライターに火を点けた。そのライターの火を眺めていて、これと似たようなことが、ずっと昔にあったことを思い出した。
ライターの火の向こうに、男の子が見える。その子はライターで蝋燭に火を点けようとしていた。僕が蝋燭を持ち、その子が火を点けようとしていた。うまく火は点いたけれど、僕は左手に溶けた蝋燭を落としてしまった。しかもこの行為は、一度ではなく何度も繰り返されていたような気がした。二人だけの秘密のように……。
「熱い!」
「亮、ごめん! 大丈夫か?」
彼はすごく優しかった。僕の手を取り、心配そうに眺めた。痛みがどんどん酷くなっていくのを感じたが、僕は「大丈夫、大丈夫」と言って、背中に回して左手を隠した。本当は泣きたいくらい痛かったのに……。
真っ暗な公園で蝋燭に火を点けて、二人でじっと眺めていた。ただそれだけなのに、なんだかすごく楽しかった。二人とも笑っていた。ずっとこうしていたかった。けれども、突然それは終わりを告げた。誰かが僕たち二人を呼びに来たのだ。
「良かった! 二人ともここにいたのね。もう、心配したんだから!」
そう言ってその人は、僕とその男の子を抱きしめた。何回も、幻影に出てきたあの女の人だった。
「ちゃんと、お父さんに謝りなさいね」
その人は僕たちの頭を撫でながら、優しくそう言った。
お母さん、……あなたはやはりお母さんだったんだね。
僕は左手の火傷の痕をじっと眺めた。この傷は、きっと僕と家族を繋ぎ止めるものなのだろう、そう思った。
足音がして、振り返ると、そこに奈々子が立っていた。奈々子の目は赤くなっていた。僕は思わず、奈々子を抱き寄せた。
「奈々、ごめん……」
「亮ちゃん、お願いだから、黙っていなくならないで……」
そう言って、奈々子は泣いた。僕はただ、「うん」とだけ答えた。
第二十九章に続く




