第十八章
昼休憩に花屋へ行くと、正樹がいて、「はい、今日は豪華松花堂弁当だよ!」と言って、いつもより品数の多い昼食を出してくれた。
「うわー、すげぇ。何かいいことでもあったの? こんなに豪華なら、おやっさんも一緒に来れば良かったのに……」
「友加里ちゃんのところへ行ってるんでしょ? 親子水入らずのところを邪魔しちゃ悪いじゃない」
絹子さんが言った。
「そうですね。羨ましいですよ。なのに毎日文句ばっかり言ってるんだから」
「まずい!とかなんとかね。でも文句を言いつつも、代金はちゃんと払ってると言ってたわ。亜美ちゃんに、なんか買ってやれって渡してるそうよ」
「正樹君も早く結婚して孫でもできればいいですね」
「そうだねー」
そう言って、正樹がいる厨房のほうに絹子さんは顔を向けた。すると暫くして、驚いたことに厨房から見知らぬ若い女性と一緒に正樹が現れた。
「え?」
「ああ、亮さん、驚かせてごめん。こちら、上村小枝子さん」
そう正樹が言うと、その若い女性は恥ずかしそうに僕に向かって頭を下げた。
「あ、もしかして、婚約者の……」
「ま、まぁ、そういうこと」
「えー、正樹君の婚約者ってこんなに綺麗な人だったんだ……。あ、そっか、だから今日のご飯が豪華だったんだね」
「ま、亮さん、そういうことですよ」
「正樹にはもったいないくらいの器量良しだし、よく気が付くし……。小枝子さん、ほんとにいいの? 引き返すなら今よ」
「おい、お袋! 何言ってんだよ!」
と正樹が言ったのはよかったが、慌てたのかカウンターの上に並べてあったグラスを袖に引っ掛けて落としてしまった。
「あーあ、あんたはほんとにそそっかしいんだから!」
そう文句を言いながらも、絹子さんは店の奥から箒と塵取りを持ち出して来て、床に散らばったガラスの破片を掃除していた。
「ごめん、ごめん……」
「小枝子さん、この子ね、小さいときからこうなの。落ち着きがないったらありゃしないのよ。じっとしてられないんだか何だか知らないけど、言葉も喋れないときから、家の中でもいつも走り回ってたのよ。仕方がないから、スポーツでもやらせようと思って野球チームに入れたの。小学生から高校生までずっと野球をしてたんだけど、結構才能があって、ジュニアの全国大会で優勝したりして、プロ野球選手になるのかと思ったら、途中下車しちゃった」
「仕様がないだろ! 身長が足りなかったんだから! お袋のせいじゃん!」
「あら、そうだったわね。ごめんね。お父さんは背が高かったのにね……」
そう言って、絹子さんは急に涙ぐんで、仏壇を拝みに奥の部屋へ入ってしまった。暫くして店へ戻ってくると、冷蔵庫から試作品を出してきて、「食べてみてね」と小枝子さんと僕に差し出した。
それは緑色に輝く寒天ゼリーだった。それを見た瞬間、小枝子さんは「まぁ、綺麗!」と言い、僕は「あ!」と小さく叫んでしまった。その緑色の寒天ゼリーは、この間見た幻影の中に出てきたゼリーと全く一緒だったのである。いや、全く一緒というのは語弊がある。そのゼリーは実は寒天ではなくゼラチンでできていて、しかも白色のミルクゼリーと一緒に器の中に盛られていたから。僕は言葉を失い見とれていると、絹子さんが訝る顔をして「どうしたの?」と訊いてきた。
「い、いえ、昔、これとよく似たものを食べたような気がするから」
「そう」
絹子さんはそう言って、僕の顔を覗き込んだ。
「これ、すごく綺麗でしょ? 見た目にも綺麗なものが、うちのメニューにもう少しあってもいいかなと思って、作ってみたのよ」
「本当に綺麗ですね」
ガラスの器に入ったゼリーを持ち上げて眺めながら、小枝子さんがもう一度嬉しそうに言った。
「でもね、これね、実は私が考えたんじゃなくて、私が子供の頃に母がいつも作ってくれていたおやつなの。色が綺麗だから、私もすごく好きなおやつだった。ちょっと改良してるけどね。寒天じゃなくてゼラチンで固めているし、砂糖だけじゃなくてミントのリキュールも入れてる。ミルクゼリーと一緒に食べたらおいしいでしょ?」
僕は、絹子さんの話を頷きながら聞いていた。それと同時に、絹子さんが妙に僕を凝視しながら話していることにも気付いていた。
第十九章に続く




