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二人でいたから  作者: 早瀬 薫
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第十四章

 午後三時半ごろ、工房に友加里さんが娘の亜美ちゃんを連れてきていて、工房が大騒ぎになっていた。亜美ちゃんは四歳になったばかりの好奇心の旺盛な女の子で、その辺の道具を勝手に出してきてはおやっさんの横に座り、しきりにおやっさんの真似をしたがるのだった。

「おい、こら、亜美! 勝手に触ったらダメだと言っただろう!」

「いいじゃない、お父さん! 私にはそんなこと全然言わなかったくせに!」

「お前は少々怪我をしてもいいが、亜美に怪我をさせたら高裕君になんとお詫びすればいいんだよ!」

「まーっ! まるで娘はどうでもいいみたい!」

「どうでもいいに決まってるだろ! おい、亜美に触らせるな!」

 友加里さんのほうを見ると物凄い形相をしていた。

「おい、とっと言うとおりにしろ! ぶっ殺すぞ!」

「なんだって!? いまなんつった? クソオヤジ!」

 友加里さんが工房の隅に置いてある長箒をつかんで、おやっさんに襲い掛かろうとしていたので、僕は思わず止めに入った。

「まぁまぁ、友加里さん! そんなことないですよ。おやっさんはいつも、友加里のとこはちゃんとうまくいってるんだろうかって心配してるんですから」

 僕がそう言うと、友加里さんは少しは機嫌を直したようだった。友加里さんが持って来てくれた柏餅をみんなで食べた後、おやっさんが「今日はもう急ぎの仕事がないし、こいつらがいたら仕事になんねえから、帰ってもいいぞ」と僕に言ってくれたので、立ち読みがてら、文房具コーナーで指輪にそえるカードでも買おうかと思って本屋へ向かった。

 本屋で立ち読みしながら、この間、杉下に出逢った本屋へ隣接するパンケーキカフェをぼんやり眺めていたら、後ろから急に声を掛けられてびっくりして振り向いた。声の主は驚いたことに、杉下だった。

「やぁ! また会ったな」

 僕は、警戒心丸出しの顔で杉下を睨み付けた。

「おい、そんな怖い顔をするなよ。同級生なんだからさ」

 相変わらず僕は杉下の顔を睨み付けていたが、こんな奴と関わったら碌なことがないと思ったので、無視を決め込んで、手にしていた本に没頭するフリをした。

「お前、相変わらず、そういう本が好きなんだな。まぁ、蛙の子は蛙ってことだな」

 僕は杉下にそう言われて、はっとした、「蛙の子は蛙」だって? 杉下は僕の親父を知っているということなのか? 僕はびっくりして、杉下の顔を眺めていたら、彼はもっと意外なことを言った。

「しかし、お前がどうして村上と一緒にいるのか、ほんとに不思議だったよ。だって、お前は村上と一度も同じクラスになったことが無かっただろ? 俺は村上と一緒になったことがあるけどさ。あいつ、昔から地味なヤツだったけど、俺は結構気に入ってたんだよな。でも、速攻でふられちまったけど」

 僕はその言葉を聞いて、吹き出しそうになった。奈々子って、やっぱりモテてたんだなと思って。きっと奈々子は村上の初恋の相手だったに違いない。だから、杉下は、二十年ぶりに再会したにも関わらず、奈々子のことがすぐに分かったんだろうなと思った。

「お前さ、この辺に住んでるの?」

 また同じことを訊くのか……。そう思うとため息が出た。

「なんでそんなことを君に言わなきゃいけないんだ」

「お前とは腐れ縁なんだよ」

 僕は杉下にそう言われて、呆然と彼の顔を眺めた。しかし、後ろから「すみません、遅くなって」と僕と杉下の間に割って入る者が現れた。振り返ると、そこに由美の夫の信之が立っていた。

「加山さん、すみません、遅くなってしまって。早く行かないと商工会のみなさんが待ってるから、急ぎましょう」

 信之は、杉下に軽く礼をすると、そういうことだからという感じで、有無を言わさず、僕の背中を押して、杉下から僕を引き離した。杉下のほうを振り返ると、案の定、仏頂面をして僕たちのほうを睨み付けていた。

 本屋を出て、信之と二人で自宅へ向かう方角に歩きながら、僕は「なんで急に信之君が現れたんだ?」と訊ねた。

「たまたまですよ。すぐそこで取材があったから、休憩がてら本屋に寄ったんですよ。そしたら、偶然加山さんがいるじゃないですか。邪魔したら悪いかなと思ったんですけど、横から見てると、人相の悪い人間が加山さんにからんでるようにしか見えなかったんですよ」

「そうか……。でも助かったよ、ありがとう」

「どういたしまして」

 信之はそう言うと、後ろに杉下が付けて来ていないか確認してから、「じゃ、この辺で」と言って、駅へ向かおうとした。

「あ、あの……」

 僕は思わず信之を呼び止めていた。

「もしよかったら、少し付き合ってもらえないかな。いや、時間があればの話なんだけど……」

「えっ、い、いいですよ。急ぎの仕事は今のところないし……」

「そう。それは良かった」

 そう言って駅のすぐ近くのカフェに二人で向かった。


「でも珍しいですね。今まで加山さんとは何回も会ってるのに、そう言えばこんな風に二人きりで会ったことが無いですね」

 信之は暑がりなのかアイスのカフェラテを、僕はホットのブレンドを注文していた。

「そう言えばそうだね。いつも恐い邪魔者が二人いるから」

 僕がそう言うと、信之は「違いない!」と言って声を立てて笑った。

「信之君のところは結婚して何年になるの? 三年だっけ?」

「そうですね。今、三年半で来年の春で四年になります」

「じゃあ、まだ楽しいばっかりの時期だろうね」

「いや、そんなことないですよ。毎日喧嘩ばっかりしてますよ」

「え? 信之君が由美さんと喧嘩するの?」

「いえ、喧嘩をふっかけられて、いつも僕だけが謝ってるというパターンです」

「そりゃ大変だ。でも、由美さんはああ見えてすごく頼りがいのある人だから、そういうところに信之君も惹かれたんじゃないの?」

「ええ、まぁ、無いものねだりですかね。彼女は僕と違って男らしいです」

 信之のその言葉を聞いて、僕は、思わずコーヒーを噴き出しそうになった。

「でも羨ましいですよ。加山さんのところはいつも仲が良くて。理想のカップルじゃないですか?」

「そうかな……」

「そうですよ」

「でも、ときどき不安になることもあるんだよ」

「え? そうなんですか? 例えばどんなことが?」

「奈々子を見ていて思うんだ。奈々子はいつも朗らかで笑っていて、僕にとって申し分のない奥さんだけど、果たして僕は彼女にとってそうなんだろうかって……」

「えっ? そうに決まってるじゃないですか! なんでそんなことを思うんですか!」

「さっきの話、聞いてたんだろう? 僕は記憶を失った欠陥人間だ。得体の知れない人間なんだよ」

「……」

「もしかしたら、杉下と同様に僕は本当はとんでもない人間で、奈々子は分かってて黙ってくれてるのかもしれないじゃないか」

「そんな風には全然思えないけど、でも、仮にそうだとしても、いいじゃないですか」

「え?」

「今の加山さんはとてもいい人です。それがすべてですよ。例え過去がどうであれ……」

「そうかな……」

「そうですよ」

「でも、僕は僕の過去を知りたいんだ」

 信之は何も言わずに僕の瞳を見つめていたが、やがて目線を下げると「僕で良かったら、お手伝いしますよ」と言った。

「仕事柄、警察やら探偵やら知り合いがいるんですよ。だから何か知りたいことがあったらなんでも僕に聞いてください。手始めに、あの杉下という男のことを調べてみましょうか?」

「……」

「あの男の素性を知ったら、加山さんも少しは安心するんじゃないですか?」

「そうだね、きっとそうだ……」

「分かりました。任せてください。何か分かったら連絡しますね」


 そう約束して信之と別れた。信之のおかげでほっとしていたが、僕は訳が分からなくなっていた。杉下が言ったことが頭の中でぐるぐると渦を巻いていた。お前とは腐れ縁なんだ、という言葉が……。僕は本当に杉下に嫌がらせを受けていただけなのだろうか? でも奈々子はあのとき、「大丈夫、 亮ちゃんは昔から優しい子だったよ」と言っていた。僕は子供の頃、一体、どんな子供だったんだろう? どんな家庭で育ったんだろう? アイツは「蛙の子は蛙」と言った。アイツは亡くなった僕の親父のことを知っているに違いない。杉下にもう一度会って、そのことを聞きたい、親父のことを教えてくれと……。僕は今日も本屋へ行って、いつもとなんら変わりない行動をしていた。僕が立ち読みしていた本は、ジュエリー協会発行の月刊誌だった。親父も僕と同じような仕事をしていたのだろうか?

 信之が言ったように、杉下のことが少しでも分かれば、きっと僕の悩みの種は少しは減るのだろうと思う。彼は優しい人間だ。僕が彼を呼び止めた理由を彼は察して、僕ではなく彼のほうから申し出てくれたのだから。


第十五章に続く

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