第十二章
水曜日になって、由美夫婦が我が家を訪ねてくれて、久しぶりに賑やかな休日を過ごした。小さな裏庭はバーベキューセットとイスを四脚置くといっぱいになったけれど、それでも屋外で食べる食事は美味しかった。今日は由美夫婦の自宅近くに新装開店したケーキ店のガトーショコラを持参してくれていたし、料理もバーベキューだったから、奈々子も由美も自慢の腕を振るう機会がなかったが、それでもみんな楽しそうだった。次に来るときは寒くなっているだろうから、鍋パーティーにしようという話になっていた。
「そう言えば、十月十九日で結婚十周年になるの?」
由美が言った。
「うん、そうなの」
「早いわねぇ。あれから十年も経ったんだ……」
「そうなんだねぇ。結婚十周年なんだね。僕たちもがんばらないとね」
と信之が由美を見ながら言った。由美は「うん」とそっけなく返事をしていた。その二人の様子を見て、僕は相変わらず信之は由美の尻に敷かれているんだなと思っておかしかった。
「信之に話したことがあったっけ? この二人ね、大恋愛で結婚したのよ」
「えっ、ほんと?」
「もう、由美さん、やめてくれよ」
僕は思わず口を挟んだ。
「だって、中学の時の同級生が偶然再会して結婚しただなんて、大恋愛に決まってるじゃない?」
「そりゃそうだね」
ふと、奈々子の顔を見ると、奈々子も照れているのか、顔を赤らめ、目を伏せていた。
「ところで、信之君はどうしてこんな気の強い由美さんを気に入ったの?」
と僕が訪ねると信之は言った。
「それがね、不思議なんですよ。だって、最悪の出逢いだったんですから」
「え、そうなの? そんなこと、由美に聞いてなかったけど?」
由美は「やめなさいよ」と言いつつも、信之が発言するのを無理に止めようとはしなかった。信之によると、ようやくこぎつけて取ったアポイントメントの日を彼が間違ったらしく、最初に会いに行って開口一番に由美に「何しに来たの?」と言われて追い返され、物凄く凹んだ思い出があるのだそうである。
「信之さんも物好きねぇ。よくそれで結婚する気になったわね」
「でもさ、付き合いが長くなってくると、彼女の良さも分かって来るよね。由美さんは言ってることとやってることが全然違う人だから」
「ちょっと! どういう意味よ?」
「だって事実じゃん。この間だって、怒りながら大量に注文を持ってきてくれたし」
僕がクスクス笑いながら言うと、由美は「いい加減にしなさいよ!」とますます怒った。
「そうよね。由美はいつも怖い顔してるけど、やることは優しいよね」
「もう、この夫婦ったら、二人して呆れるわ!」
由美はそう言いながら怒っていたが、信之は終始笑っていた。
「中学の同級生といえば、この間、もう一人偶然出逢ってびっくりしたよ」
「え、誰?」
由美が僕に訊いた。すると奈々子が口を挟んだ。
「杉下っていう人」
由美の顔が少し曇ったような気がした。
「由美は知らないでしょ? 中学は違ってたんだから」
「うん」
「でも、なんだか感じの悪い人間だったよ」
「そうだね。彼、昔、不良で素行が悪くてよく警察に捕まってたけど、今もまだ更生してないんじゃないかな。恰好だけは、昔と違って大人しくなってたけど……」
僕はそれを聞いて仰天した。
「おい、この間はそんなことを言ってなかったじゃないか! 杉下ってそんなに悪い奴だったの?」
「う、うん……」
「あのぉ、僕、仕事柄、過去の記事も調べられるし、警察にも知り合いがいるから、何かあったらなんでも相談してください」
信之が気を遣って言ってくれた。
「あ、ありがとう……」
僕はそう言うのが精いっぱいだった。僕は中学のとき、そんな悪い奴と関わっていたのか? そんな奴とこの間偶然出逢って、しつこく質問されて、また偶然出逢ったらどうなるのだろう? 近所に住んでいるのなら、これから先、幾度となく彼に出くわすことも十分にあり得る。何も起こらなければいいが……。
二十年ぶりに再会した同級生に、何故ここまで不安を抱くのか分からなかった。つまらない杞憂にすぎなければいいと思った。
第十三章に続く




