95.蝶と華
それから私は詩歌ちゃんと連絡を取った。詩歌ちゃんに事情を話して、白山茶房に詩歌ちゃんのおばあ様を連れてきてもらうことになった。詩歌ちゃんのおばあ様には秘密である。
そして、白山茶房での対面の当日。
氷川くんのおばあ様と私は、開発中のお菓子の紹介などをしながらお店の中で待っていた。
「懐かしいわ。そう言えばしょうちゃんの差し入れはいつも白山茶房のたい焼きでした」
「チョコちゃんが好きだったから」
「餡子が売りなのに、ひーちゃんはカスタードばかり食べてたわ」
「懐かしいですね」
思わず笑いが漏れる。
そこへ入り口のドアの鈴がチリンと音を立てた。
入ってきたのは詩歌ちゃんだ。氷川くんのおばあ様はキュッと顔をこわばらせる。
私は立ち上がって詩歌ちゃんの元へ駆け寄った。
「うーちゃん、ありがとう!」
「姫奈ちゃんこそお招きありがとうございます」
詩歌ちゃんの後ろには、品の良い着物姿のご婦人がいた。詩歌ちゃんのおばあ様だろう。
しげしげとお店を見ている。
「私までお招きいただいたそうで……白山姫奈子さん、詩歌がお世話になります」
「いえ、こちらこそわざわざありがとうございます。こちらへどうぞ」
店の中に通し、氷川くんのおばあ様の前まで案内する。
詩歌ちゃんのおばあ様は、苦々しい顔で私を見た。
「まぁ、これはこれは氷川様……。ご病気でどなたとも会われないと伺っていましたが?」
「最近は少し体調がいいのよ。こうやって外出できるくらいにはね」
二人は丁寧な言葉を冷たく繰り出して、睨みあうようにして視線を絡ませる。
私はヒヤヒヤして、詩歌ちゃんを見た。詩歌ちゃんは、悠然と構えている。さすが、前世で私がイジメても折れない心の持ち主だ。
「次に会うのは地獄かと思っておりましたのよ。お元気そうで残念ね」
詩歌ちゃんのおばあ様がそう言えば、氷川くんのおばあ様が意地悪く笑う。
「あなたも年なのだから座ったらいいわ。お互い先は短いのだし」
「あなたの方が先でしょう?」
「ええ、先に逝って地獄案内してあげるわ」
氷川くんのおばあ様が言い切った。
その言葉に詩歌ちゃんのおばあ様が息を飲む。
「冗談はやめて」
「冗談よ」
詩歌ちゃんのおばあ様が睨む。
私はヒヤリとして、オーダーを取ることにした。
「あの、何かお持ちします。何がいいですか?」
詩歌ちゃんのおばあ様が興味なさげに、フンと鼻を鳴らした。
「べつにすぐお暇しますわ」
そこへ氷川くんのおばあ様がメニューをつっけんどんに押し付けた。
「あなたも白山茶房のたい焼きは好きだったでしょう? 今はそば粉入りもあるんですって、あとなんだったかしら? ひーちゃん、なんだか難しいこと言ってたわよね?」
「そば粉の入った皮のものは、アガベシロップを使った餡子で低GIのタイ焼きです。糖が気になる方にも楽しんでいただきたくて」
「姫奈子さんが開発したのよ。それにしなさい。私もそれにするわ」
強引な口ぶりに、詩歌ちゃんのおばあ様は返事をしなかったが、勝手に良しと解釈する。
「うーちゃんは何がいい?」
「姫奈ちゃんのおススメは?」
「たい焼きもいいけれど、あんみつもおススメよ」
「ではあんみつをお願いします」
私も同じくあんみつを頼む。
緑茶と一緒にたい焼きとあんみつがテーブルに置かれて、皆でお茶を一口飲む。
そこで氷川くんのおばあ様が切り出した。
「姫奈子さんはひーちゃんなのよ」
その言葉に、詩歌ちゃんのおばあ様が私を見た。
「ひーちゃん?」
「はい」
「しょうちゃんのひーちゃん?」
「はい」
「……まぁまぁまぁまぁ、そうなの……。そう、しょうちゃんは白山さんだったの」
詩歌ちゃんのおばあ様の言葉に思わずクスリとする。
おばあ様お二人は、不思議そうに私を見た。
「だって、お二人とも全く同じことをおっしゃるから可笑しくて」
「「おなじこと?」」
今度は二人がハモって、気まずそうに顔を見合わせた。
「ええ。私が「ひー」だと知った時の言葉が全く同じでした」
「「いやだわ……」」
またもや二人でハモるので、詩歌ちゃんと私は顔を見合わせて笑った。
「チケットを用意したんです」
私はテーブルの上に四連番のチケットを置いた。もちろん水谷千代子のコンサートのものだ。この間、チョコちゃんと再会してから、差し入れなど谷町のまねごと始めたのだ。そのつてで、四枚だけならと関係者席を譲ってもらうことができた。これもひとえにおじい様の人徳のおかげだと思う。
「「こんな良い席を!?」」
おばあ様ふたりは瞳をキラキラとさせている。流石の水谷千代子である。
「ええ、ですから、絶対にこの席を空席にはできないんです。一緒に行ってくださいますか?」
問えば、詩歌ちゃんのおばあ様はツンとして顔をそむけた。
氷川くんのおばあ様が、小さく息を吸ってかららしくもなくオズオズと切り出した。
「そのね、あのね、このひーちゃんが、私にあなたと仲直りしろって言うのよ。しょーちゃんと水谷さんが悲しむって言って……」
氷川くんのおばあ様は気まずそうに切り出した。
それを聞いて詩歌ちゃんのおばあ様が眉を八の字にした。
「そう……。しょうちゃんにはたくさんお世話になりました。だから、そうね、しょうちゃんのためだったら、そうね、致し方ないわよね?」
「そうよね、致し方ないわよね」
二人は渋々と言うように頷きあう。その様子が無理やり仲直りさせられる幼児のようで微笑ましい。
「そうよ、仕方ないの! そんな席、絶対に空席にできないもの。水谷さんに恥をかかすわけにはいかないわ。もちろん一緒に行くわよ。だから、華子! ちゃんと体調を整えなさいよね! よぼよぼの華子を連れて歩きたくないわ」
氷川くんのおばあ様にそんな悪態をつく。
「蝶子こそ前日になって体調崩したりしないでちょうだい。蝶子は昔から自家中毒の気があるから。遠足の前日はいつだって」
「そんな昔のことを掘り返さないで頂戴!」
二人の仲の良い喧嘩を見て、詩歌ちゃんと二人で微笑みあう。
「おばあ様方のお名前は、蝶と華なんですね。艶やかでピッタリです」
「ええ、桜庭時代は学園の蝶よ華よと呼ばれていたものだわ」
ドヤ顔で詩歌ちゃんのおばあ様が答える。お二人は桜庭の先輩だったらしい。
「そうそう、あなた達も名前で呼びなさい。おばあ様が二人では紛らわしいから」
氷川くんのおばあ様、華子様がそう笑う。詩歌ちゃんのおばあ様、蝶子様も頷いた。
「華子様と蝶子様?」
確認するように伺えば、二人は大きく頷いた。
「良いわね。学生時代に戻ったみたいだわ!」
「本当に! この年になって名前で呼ばれるのは病院くらいだものね」
二人は笑いあう。
「私たちもあんな風に仲良しでいたいわね」
「ほんとうね。おばあちゃんになっても一緒に女子会しましょうね」
詩歌ちゃんも同じように答えてくれて嬉しくなる。
「「別に仲良しではありません!」」
声が重なって、四人でクスクスと笑いあった。
それから、蝶子様は華子様の病室に足繁く通ってくるようになったらしい。病室に顔を出せば、品の良い生け花が飾られるようになっていた。
コンサートに行くためだと、スパルタにリハビリに付き合ってくれているのだそうで、突然の変わりように氷川くんは困惑していた。
事情を知っている詩歌ちゃんと私は、女の友情が結び直されたことがとても嬉しかった。
二人の喧嘩しつつも仲の良い姿が眩しくて、こんなふうに年をとっても友情を深められたらいいなと思った。







