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中等部二年

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88.中等部二年 バレンタインデー 2


 本日はバレンタインデーである。


 朝の昇降口は姦しい。今年は綱の下駄箱にも可愛らしくラッピングされた小箱が入っていた。

 思わずニヨニヨする。良い傾向だと思う。

 綱を見て、親指を立てて微笑めば、不思議そうな顔をされた。そして何の感情も見えない顔で、プレゼントを鞄にしまう。

 少しは喜べよ、と内心思いつつ、私は自分の下駄箱に手を伸ばした。


 するとそこには、小さな可愛い袋が入っていて、『姫奈子先輩へ』なんて可愛らしいピンクの文字で書いてある。きっとブロンズの女の子だろう。


 私は思わずピョンと跳ねた。


「ねぇ! 見て! 見て! 綱! 私にもバレンタイン!」


 そう言って綱に見せびらかす。


「良かったですね」


 綱は小さく微笑んだ。


「うれしいわ!」


 小さな袋を両手にキュっと抱える。今年も友チョコ交換の約束はしていたけれど、不意に貰えたのがとても嬉しかった。


 朝から幸せな気持ちになって、教室へ向かう。ウキウキとした気分で挨拶をすれば、ソワソワとした空気が返って来た。男子も女子も今日は気もそぞろらしい。


 氷川くんと目が合って挨拶をする。いつもより若干ぶっきらぼうに返される。不審に思ったが、とりあえずは紫ちゃんへ友チョコが先だ。


「ゆかちゃん!」

「ひなちゃん!」


 二人で友チョコを交換した。今年は二階堂くんが絡んでこないところを見れば、うん、なんだ、察し……ってやつだな。

 ニヨニヨと二階堂くんを見れば、余裕のご満悦顔である。ハイハイ、お幸せですね。


 今年は友チョコが流行っているようで、クラスの中でも女子同士でチラホラと交換をしている。

 廊下からは氷川くんの呼び出しの声がかかっていて、その度に男子が羨ましそうに氷川くんを見る。氷川くんは平然として呼び出しを受けていた。


 前世では私が威嚇しまくっていたので、こんなにチョコレートを貰っていなかったはずだ。それとも私に隠れて貰っていたのだろうか。まぁ、今はどうでもいいが。


 私はたった一個のチョコレートであんなに大喜びだったのに、氷川くんといい綱といい、なんでポーカーフェイスでいられるんだろう。ちょっとくらい喜べばいいのに、思春期の男子は謎だ。

 あ、八坂くんについてはわざわざ言うまでもない。


 一日中ザワついた学院の中、明香ちゃんや詩歌ちゃんとも友チョコ交換を終えた私はトイレに立ち寄った。 

 手を洗っていると、桝さんがやってきて鏡越しに目が合った。私は慌てて、目礼する。綱との約束で、桝さんから話しかけられるまでは私からは話しかけないことになっていたからだ。


「あ、あの、し、白山さん」


 桝さんが私に声をかけてきてくれた。私は嬉しくなって、思いっきり振り向く。


「ハイィィ!!」


 桝さんは私の勢いに驚いたようで、ビクリと一歩後ずさりした。


 うん、また失敗したわね?


「あ、あの……」

「?」


 今度は黙って言葉の続きを待つ。ユックリだ、そう言われたではないか。


「い、生駒くんに、」

 

 綱がどうしたのだろう。


「生駒くんにチョコレートを、あげたいのだけれど……」


 最後の方は弱々しい声だった。


 その言葉にヒュンと体温が下がるのを感じた。ジワリ、トイレの床の冷たさが足元から静かに立ち上がってくるようだ。


 私は言葉も出ずに桝さんを見つめる。自分がどんな顔をしているのかわからない。固まってしまっている。せめて笑っていて欲しいと思う。


「あ、あ、あげてもいいかしら?」


 許可を得るように伺う桝さん。その声が不思議と耳を殴った。


「い、いいと思うわよ?」


 なんで私に聞くのだろう。カチンと胸の奥に火花が散って、モヤモヤとした言葉にできない何かがくすぶってくる。


「ほ、本当?」

 

 怯えた子リスのような桝さん。なんだか、それにムカついてくる。


「ええ。私に許可を取る必要はなくってよ?」


 突き放すように声にしたら、胸の中のモヤモヤした煙が灰色から黒くなった。


「そ、そうなのね? ごめんなさい。へ、変なこと言って」


 桝さんが怯えたように私を見た。

 その表情に私はハッとなる。


 せっかく話しかけてくれたのに。変な態度をとってしまった。嫌な奴だ。私って、本当に嫌な奴だ。 


「いいえ。そんなことないわ」


 柔らかい声を意識して笑顔を作った。作れているだろうか。


「あの、でも、それなら、生駒くんに……」

「綱に?」

「放課後、……いつものところに、来て……欲しいって……伝えて頂きたいの……」


 ふり絞られた言葉。きっと桝さんには、精一杯の勇気だと思う。

 そう思うのに、そうわかるのに、黒くなったモヤモヤは、もう鉛のように固まって重くなって胸に沈む。


 いつものところってどこ? 私は知らない。聞いてない。


 泥の沼にずぶずぶと沈んでいくように、息が苦しくなって、それでも笑うべきだと頭は言う。


「ええ、わかったわ。伝えておきます」


 息も絶え絶えそれだけ答えて、凍り付いた顔に笑顔を無理やり作れば、内側にひびが入った。


「ありがとうございます」


 桝さんは頭を下げた。私はその頭だけを見て、トイレから逃げ出した。





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