77.中等部二年 クリスマスパーティー 3
光毅さまの余韻に浸っていれば、八坂くんがソファーの隣にドッカリと腰を下ろした。
長い足を乱暴に組んで、深く沈み込む。両手を背もたれに伸ばして、座る姿はまるで雑誌のポージングのようだ。
流石はモデル様デスね(棒)。
「僕も一緒に写真いい?」
「そういうの事務所で禁止じゃないんですか?」
「別にプライベートは問題ないでしょ」
「でも、今までファンと撮影しているところ見たことないけど」
「姫奈ちゃんはファンじゃない」
「まぁ、そうね。でも、一人撮ったら皆ってならない?」
「あー、もー、結局、撮っていいの? ダメなの? ハッキリしてよ」
八坂くんが苛立ちを露わにした。
私は久々に見る怒ったその姿にビクリと体を震わす。前世ではいつだってそんな感じで、「早くしろよ白豚」な対応をされていたのだ。
これ、マジで怖いんですけど……。
「私は良いですけど……」
「うん」
オズオズと答えれば、納得したのかしてないのか不機嫌な顔のまま、私のスマホを奪い取ると、自分のスマホと一緒にスタッフに手渡した。
八坂くんはソファーの角に身体を寄せた。背もたれに片手を伸ばし、反対の腕はひじ掛けに下す。ポッカリと空いた胸の空間。
「はい、姫奈ちゃんはここ」
背もたれに伸ばされた腕の前に座るように指示される。意図がわからなくて戸惑う。
「せっかくだから雑誌みたいに撮ろうよ」
八坂くんは悪戯を思いついたみたいに笑った。
「それって面白いかも!」
「でしょ?」
八坂くんに言われるがまま、ポーズをとる。
「もっと深く腰掛けて?」
「ええ、はしたなくない?」
「大体撮影はそんなもんだよ。撮ってみると案外かっこいいよ。それで、ここに頭くっつけて?」
八坂くんが肩にしな垂れかかるように指示をする。
「……それは髪が乱れちゃうから嫌」
「ほんとに姫奈ちゃんは我儘!」
八坂くんは呆れたように肩をすくめた。
だって、パーティーはまだ終わらない。せっかく綺麗にしてきたのに勿体ないではないか。
「じゃあこうするよ!」
背中に腕を添わし、腰を抱く。自然とその腕に重心が傾いて向き合うようになる。確かにこれなら髪が崩れることはない。
「はい、カメラ見て。自然な感じで笑って?」
「自然な感じって……。モデルじゃないのにそんな簡単に笑えないわ」
背中に感じる八坂くんの体温に緊張する。ギクシャクとして無理した笑顔を作れば、八坂くんは楽しそうに笑った。
「じゃあさ、カメラ見ないで僕を見てて」
八坂くんのアドバイスに従って、八坂くんの顔を見る。雑誌のように微笑む表情は、まるで幸せな恋人を完全に演じている。
世界で一番満たされてるみたいな表情だ。
私が相手でもプロはすごい。
直視できない輝きを放っているから、そっと視線を下ろした。
八坂くんにも喉仏があるんだなぁ、当たり前だけど。リップクリーム何使ってるんだろう、プルプルしていておいしそう。肌ツゥルンツゥルンじゃないか、やっぱり八坂くんのお母様のサロンは一流なのね。
髭っていつ生えるのかなぁ、綱も生えてくるのかな、前世では気が付かなかったけど、髭を剃っていたのだろうか。
「何考えてるの?」
ぼんやりとしていたら、外したはずの視線の先に八坂くんの瞳が飛び込んできて、心臓が跳ねた。
「肌、ツルツルだと思って。やっぱりサロンとかでお手入れ必要かしら……」
「僕はサロンは行ってないけどね、興味があるなら母を紹介しようか?」
天然だってよ! 奥様聞きました? 彼、天然なんですってよ!!
「自然体でそれは卑怯だわ」
思わずボヤく。
「保湿くらいはしてるよ」
「詳しく教えてください!」
思わず食いついてしまった。
「いいよ、後でね」
八坂くんは苦笑いした。ソファーから離れてスマホを受け取る。
その瞬間を待ってましたとばかりに青い閃光が八坂くんと私の間に割り入った。
「私とも写真を撮ってくださる?」
八坂くんの腕を取り、さり気なく胸に押し当てるのは大黒さんだ。上目づかいで誘うように強請る姿は、女力マックスで攻めてきている。
先ほどからチラチラと大黒さんを見ているオジサマなら、コロリと宝石ぐらい買ってくれるかもしれないな、なんて思った。
「ゴメンね。何度も言っていると思うけど、個人的な写真撮影は断ってるんだ」
あくまで柔らかい口調で八坂くんが断った。
全然説得力ないんですけど? 今撮ってましたよね?
「だって、今!」
「姫奈ちゃんには、僕からお願いしたんだよ」
にっこり、絵にかいたような王子様の笑顔だ。しかし、背中には『ゴゴゴゴゴ』という擬音がみえる……気がする。
「っ!」
「腕を離してくれるかな? なんかスーツに変なの付いた。なにこれ、ギタギタ光ってるね」
大黒さんの胸を光らせていたパウダーが、八坂くんのスーツの腕に付いてしまったのだ。
「ご、ごめんなさい。ボディーパウダーが……。クリーニングにお出ししますわ」
大黒さんが慌てて腕を離す。
「いいよ、それは。でも、あんまりベタベタ人に触らない方がいいよ。誤解を生むし」
「晏司くんは優しいのね? それってみんなにそうなの?」
大黒さんが、顔を赤らめて八坂くんを見つめる。八坂くんは爽やかに微笑んで見せた。質問には答えるつもりがないのだと、その笑顔で牽制する。
「大黒さん。今日のリボンも大きくてすごいよね? 最近皆青いリボンをつけてるけど、なにあれ流行ってるの?」
優しい口ぶり。優しい声。優しい微笑。
言葉自体は褒め言葉、当り障りのない世間話。なのに、なんでこんなに攻撃的なのか。
大黒さんの恐怖が私にも伝染してくる。
暗黒晏司の降臨である。
「晏司君の応援で」
大黒さんの声も弱々しい。
「なんで青なの?」
「体育祭のクラスカラーを」
クスリ、八坂くんが笑った。
「!」
「いやごめんね? 流石にもう古くない?」
ひぃっ! 私は悲鳴が漏れそうな口元を抑えた。よく耐えた。褒めて欲しい。
大黒さんがカッと顔を赤らめる。聞いている私ですら大ダメージだ。
好きなモデルに流行の遅れを指摘されるファンとか、ツライ、つらすぎる。エレナ様にこれやられたら、私明日を生きていけない。
思わず大黒さんが可哀想になった。だって、彼女は前世の親友だったのだから。
「あ、青、可愛いと思うけど……」
フォローのつもりで言えば、大黒さんに思いっきり睨みつけられた。
ああそうだ。こういう時の助け船はプライドを傷つけられるんだった。前世では詩歌ちゃんにフォローされるたびに憎しみを募らせたっけ。
「うん。青は悪くないよ。ドレスも魚みたいで眩しいし。ほら皆が君を見てるよ。そっちの人と写真撮ってあげたら。僕らはお邪魔だから退散するね」
八坂くんはそう言うと、私の背中に手を回した。確かに好奇の視線がこちらに集まってきていた。潮時だ。
「じゃあね、腹黒さん」
またも、大黒がハラグロに聞こえたのは気のせいだと信じ、よう。
八坂くんに押されるまま、私はその場を離れた。
「あ、あの、大丈夫だった?」
「え? なにが?」
天使のほほ笑みが怖いのは、何故なんだ八坂晏司。
「大黒さん、気を悪くしたんじゃないかしら?」
「僕何か失礼なこと言った?」
「……イイエ」
確かに彼女個人に攻撃したものなど何もない。
腕を離せと言ったのも、あくまでボディーパウダーのせいで大黒さんが嫌だとは言っていない。青いリボンを嗤ったのも、流行という見えない空気を嗤ったのであって、個人を貶めたのではないといえばそうだろう。
だけど。的確に個人を攻撃する目的で繰り出されたように見えた。
「結構我慢したつもりだよ。鯖の癖に馴れ馴れしく僕を触るな。気持ち悪い」
吐き捨てるように言って、触れられた腕を手で払った。あの青いドレスを青魚ですか。そうですか。
相当ご立腹のようだ。お腹でも空いてるのか?
「鯖……頭には良いんですけど……」
思わず呟けば、八坂くんは噴き出した。
「鯖に悪かったかな」
いや、どちらかと言えば、うん? どうなんだ? 大黒さんに失礼だと思うし、鯖にも失礼な気もする。
考えても答えは出なさそうだ。それよりも、お腹が空いてご機嫌斜めな八坂くんを満たした方が良いだろう。
私は攻撃されたくない。大黒さんへの攻撃を見ただけで結構ライフが削られてる。
「鯖寿司、ありましたっけ?」
「結局姫奈ちゃんはそこだよね」
私たちは連れ立ってビュッフェコーナーに向かった。







