76.中等部二年 クリスマスパーティー 2
本日は晴天なり。えー、あー、テステス。どうしてこうなった? ねえ、どうしてこうなった。
本日はクリスマスパーティーだ。それなのにオカシイ。
何がおかしいかと言えば、会場の女の子たちのドレスが寒色なのだ。青いリボンにあわせたのか、紺色や水色のドレスが多く、緑や赤はチラホラだ。真っ赤な私は逆に目立ってしまった。
お母様が用意してくれた、真珠のヘッドドレスが鈍く光る。
こんなん、考えてたんと違う。
またまた計算が外れ、計算高いと自負していた自分に自信がなくなってくる。
お母様に隠れてため息を吐き、氷川くんへ挨拶に向かった。
「本日はお招きくださりありがとうございます」
お母様の挨拶の横で私もペコリとお辞儀する。氷川くんも、氷川夫人の隣でそつない笑顔を向けてくる。
「白山さんも今夜は楽しんでいってくれ」
形式通りの挨拶が済んで、さてご飯、と思った瞬間。
「姫奈子さん」
氷川夫人から声がかかりビックリする。
「はい」
「いつも義母のためにありがとう」
ニッコリと微笑まれる。氷川くんのお母様は、これまた迫力美人なのだ。ドギマギとしてしまう。
「いえ、私の方こそ甘えてしまって、ご迷惑をおかけしております」
「義母は姫奈子さんが来るのを、とても楽しみにしているのよ。今度一緒に遊びに行ってくれるのですって?」
氷川くんのおばあ様と好きな演歌歌手のコンサートに行こうとお話したところだったのだ。
「外出ができるようになったらとお話を……。まだ具体的ではないのでご連絡せずにおりました」
「白山さんが来るようになって、祖母は元気になった。無理をお願いしてすまなかったが、君にお願いして正解だったと思う。ありがとう」
氷川くんが頭を下げるから、慌てて手を振る。こんなに目立つところで、主催者が頭を下げるとか、本気でやめて欲しい。
「止めてください、私は遊びに行っているだけだもの。ほら、氷川くん目立ってしまうわ、頭を上げて? ね、お願い」
「姫奈子さんのおかげでリハビリを頑張っているのよ。本当の孫になって欲しいなんて言うくらい」
氷川夫人から、ザ・エレガンスの境地な笑顔を向けられて恐れ戦く。最早その笑顔は凶器だ。
「とんでもないことでございます」
「白山さんを困らせないでくれ」
氷川くんが慌てて間に入った。
「困らないわよね? 姫奈子」
「ならうれしいわね? 和親。後でうちのホテルを案内して上げなさい」
お母様方が参戦する。ワイドショーかなんかなのか!
「私には恐れ多いことです」
乳臭い私は、恐縮して俯く以外に何ができよう。
「これ以上は失礼になる。いい加減にしてくれ」
氷川くんは強い口調で氷川夫人を窘める。氷川夫人は肩をすくめた。
「そうね、これ以上は無粋ね」
「ではのちほど」
お母様方が微笑みあって、やっと挨拶が終わった。
どっと疲れる。
この後もお母様と一緒に挨拶に回った。仲の良いご婦人につかまって話し込み始めたので、私はそっと席を外す。
知り合いがいないかとキョロキョロすれば、大黒典佳がいてギョッとする。今夜は全身青いスパンコールのドレスだ。まるでミラーボールのように乱反射している。
中学生にしてはかなり大人っぽく、身体のラインが強調されているけれど、あれは上げ底なんだろうか。体育着の時は、もっと細い身体だったはずだ。上げ底ってどうするの? 私の下着はオーダーメードだからその辺良くわからない。
胸の辺りも背中の辺りも少し大きく開いて、足には膝上までスリットが入っている。しかも焼けた肌は金のラメラメに光り輝いていた。日に焼けたマーメイドってところだろうか。
チラチラと振り返る男性もいる。もちろん頭には大きな青いリボンだ。去年に負けず今年も光り輝いていた。
ふぁぁぁお!
あっけにとられて見ていれば、大黒典佳と目が合った。思いっきり睨みつけられ、フンと鼻を鳴らされた。
それにしても、何たる差なのだろう。前世では、いつまでも友達だよと、生まれ変わっても友達になろうねと誓い会った仲なのに。
私は慌てて目をそらして、会場を見渡した。そうだ、トラブルを起こす前に逃げよう!
すると、光毅さまがいた。丁度いい。大人な光毅さまと一緒であれば、絡まれることもないだろう。ついでに弟大好き同盟を建前にして、今年も一緒に写真を撮ってもらおう。そうしよう!
私はパタパタと駆け寄った。
「光毅さま!」
「姫奈子ちゃん」
ニッコリと微笑む光毅さまは、相変わらず大人っぽくて格好がいい。焼けた肌に煌めく白い歯。業界人は歯が命。
「今年も一緒に写真を撮って頂けますか?」
「もちろん。修吾に自慢しなくちゃね。オープンスクールデーで見かけたって言ってたよ。生徒会と仲良しなんだって? さすがだね」
「いいえ、たまたま知り合いの先輩が執行部になられただけです」
「そうなんだ。銀杏拾いの話も聞いたよ」
彰仁のヤツ、修吾くんに話したのだ。
「もう、彰仁ったら!」
「修吾が面白がって話してくれた」
可笑しそうに光毅さまが笑った。
「来年は修吾のこともよろしくね」
「ええ! もちろんです。今から楽しみです」
ホテルのスタッフにスマホを預け写真を撮ってもらうべく移動する。今年はポインセチアで囲まれた撮影用のソファーに二人で腰かける。奥にはシャンパンタワーも見えて、フォトジェニックだ。
「姫奈子ちゃんのドレスはヤドリギなんだね」
光毅さまがチュールの刺繍を見て言った。
「この葉っぱみたいなのはヤドリギなんですか?」
「そうだよ。知らなかったの? このパールはヤドリギの実だと思うよ」
「知りませんでした」
「じゃあ、これも知らないのかな?」
光毅さまはいたずらっ子のような眼をして、小さく笑った。
ああ、可愛い顔もするんだ。すごい、このギャップ萌え。たまらない。胸がキュンとなる。
光毅さまの顔が私の耳元に近づいてきた。突然予想していない至近距離に動揺する。
「クリスマスシーズンにヤドリギの下にいる女の子はキスを拒めないんだよ」
光毅さまのキスの発音が風になって耳を攫う。キスされたわけでもないのに、顔が真っ赤になる。心臓がバクバクと音を立てる。
きゃぁぁぁぁ! かっこ、いいっ!
光毅さまのキスならヤドリギの下じゃなくても誰も拒めないにちがいない。
思わずよぎった妄想に、羞恥で両手で頬を抑えた。アホすぎる。
光毅さまは私を見て可笑しそうに笑っている。
「大人っぽく見えても、まだまだかな?」
子供だと思って揶揄われたのだ。
「意地悪だわ」
むくれて見せれば、ごめんごめん、と光毅さまは笑った。
「そういうところも可愛いね。だから、キスされないように気を付けて」
「ところで、どうして拒めないんですか? 嫌なものは拒むわ」
「拒むと来年結婚できなくなるらしいね」
「それなら私は大丈夫です。結婚の予定はないもの」
「うん。姫奈子ちゃんならきちんと断れそうだね。安心だ」
光毅さまはソファーから立ち上がると、スタッフからスマホを受け取って手渡してくれた。
「ありがとうございます」
「これは修吾に見せたら怒られちゃうかな?」
光毅さまがタップした写真は、丁度光毅さまが私に囁きかけた時のもので、角度的にまるでほっぺにキスしているように見える。きっと連写機能で撮ったのだろう。奇跡の一瞬だ。
「!!!!」
「消しておくね」
光毅さまはそう言って、華麗に写真を削除した。私のスマホにも入っているのだろうか? 入っていたら、私は家宝にいたします。
「姫奈子ちゃんのも消して?」
光毅さまは抜け目なく言った。ああ、残念。光毅さまの前で写真を確認すれば、私のスマホの中には奇跡の一瞬が残されていなかった。うう、残念。
「なかったです……」
思わずションボリとして答える。
「あー……」
光毅さまはそう言うと、目をそらして口元を抑えた。不思議に思って顔を見上げる。
「?」
「本当にもう……」
そう呟くと、光毅さまは髪をかき上げてニッコリと笑った。
「来年が楽しみだよ」
まったく文脈がわからなくてキョトンとする。私、読解力低いのだろうか?
「ひーなーちゃんっ」
なんだか、あざとい声かけに嫌な予感で顔を向ければ、予想通りの八坂晏司である。折角大黒さんを避けても、こっちの厄災は防御しきれなかったらしい。
よくも私の至福の時間を邪魔してくれましたね?
八坂くんは光毅さまを冷たい目線で一瞥して眉を上げてから、営業用のそれはもう麗しい微笑を作り無言で一礼した。形式美ともいえるほどの流れるような所作に目を見張る。
光毅さまは八坂くんを見て、一瞬驚いたように目を見開いた。そして薄く笑う。
「お友達が来たみたいだから、これで」
光毅さまは爽やかな笑顔を残して去っていく。相変わらずのキラキラエフェクトだ。どういうシステムになっているのだろう。私も実装したい。
はぁぁぁぁ、素敵……。
やっぱり光毅さまは素敵なのだ。







