74.お見舞いに行こう 2
それから私は氷川くんのおばあ様に会いに行くようになった。
できるだけ砂糖をあまり使わないお菓子を探し、二人分だけ持っていく。マナー的には良くないだろうけれど、二人の健康のためだ。それに、婚約者ではないから完璧を演じる必要もない。
今日は甘酒を持ってきた。白山家のルーツとも言えるお店『白山茶房』のものだ。峠の茶屋を模した店で、タイ焼きやキビ団子など昔ながらのお茶菓子を出す。夏には心太やかき氷なども出す店だ。
おじい様が生きていた頃は、良く連れていかれたが、すっかり足が遠くなっていた。少し古くさいから流行っていないのだ。
そこでは糀で作った甘酒を出す。少し生姜が入った甘酒は、砂糖を使わないのに糀だけで十分に甘いのだ。
甘酒を病室で飲むのは臭いが付きそうだったので、おばあ様と連れだって中庭にやって来た。
日当たりの良いベンチに腰を下ろし、ステンレスボトルからカップに甘酒を移す。
甘酒の薫りが冬の空にツンと拡がった。
氷川くんのおばあ様は大切そうに両手で紙コップを抱えて一口飲んだ。
私はドキドキと見守る。
「懐かしいわね」
その一言でホッとした。
「近頃は甘酒も酒粕のものが多いでしょう? これは糀ね」
満足したようにニッコリと笑った。
「そうなんです」
二人でゆっくりと甘酒を味わいながら、よもやま話をした。
氷川くんのおばあ様と私は、同じ演歌歌手のファンだと最近わかったのだ。私たちの好きな水谷千代子という歌手は、おじい様が贔屓にしていた歌手で、今では歌謡界の大スターでもある。おじい様が亡くなってからは、コンサートへ行くことは無くなっていたが、一緒に行きたいわね、なんておばあ様に言われて嬉しくなる。
「外出許可が出たら行きましょう!」
「そうね」
おばあ様は笑った。前世では病室から出たことはなかったから、こんな話ができるのも嬉しい。
そこへ白衣を着こんだ男性が現れた。薄い飴色の鼈甲眼鏡にロマンスグレーの髪がなんとも渋い。多分、大学病院のお医者様だろう。
「おや、良い匂いですね。甘酒ですか?」
「ええ、今時珍しい糀ですよ」
おばあ様が嬉しそうに答える。
「お嫌いでなかったらいかがですか?」
誰だかわからないが、おばあ様の担当医かもしれない。とりあえず勧めてみる。多めに紙コップを持ってきて良かった。
「ではご馳走になろうかな」
お医者様は紙コップを受けとると、一口飲んだ。
「思ったより甘くない。生姜かな? 暖まるね」
「本当に体の芯から暖まるわ」
おばあ様の言葉にホッコリとする。
「でも、甘酒は少しにしてくださいね。糖分が多いので」
お医者様がおばあ様に注意した。
「少しくらい良いでしょう?」
「少しなら構いませんが、ボトルいっぱいはいけません」
私の持つステンレスボトルを見て言った。
「あ、あのお砂糖使ってなくてもダメですか? 飲む点滴で体に良いのでしょう?」
テレビでそう言っていたから、長生きして欲しくて持ってきたのだ。咎められるとは思いもよらなかった。
「砂糖を使ってなくても糖分は高いんだよ。甘酒の甘味はデンプンがブドウ糖に変換されたものだから、その分吸収が早く血糖値も急に上がってしまうんだ。だから、少しの量をゆっくり飲んだ方がいいね。テレビの情報は鵜呑みにしたらダメだよ。偏っていることがあるから」
「そうなんですね。あの、だったら甘いものなら、どういうものがいいのか教えていただけますか?」
「そうだね。そうしたら低GIや糖質オフで調べてご覧なさい」
「ちょっと待ってください、メモします!」
スマホのメモに記録する。低GI、糖質オフ、ブドウ糖は吸収が早い。血糖値の急な上昇は良くない。忘れないようにしなくては。
「一生懸命だね」
お医者様が笑う。
「だって、おばあ様とお茶ができなくなるのは寂しいですから」
「そうだね。たくさんでなければ糖質をとってもいいんだよ。『過ぎたるは猶及ばざるが如し』っていうでしょう。低GIのアガベシロップも取りすぎると良くないしね」
「わかりました」
アガベシロップもメモに入れる。お菓子の餡をアガベシロップで作れるか相談してみよう。白山茶房は白山家の趣味みたいなものだから融通が利くのだ。
「いいお孫さんですね」
お医者様が言えば、おばあ様が笑った。
「まだ孫じゃないのよ」
「まだ孫じゃない?」
「ええ、孫のお友達なの」
その言葉にズキリと胸が痛む。ついてはいない嘘。だけれど、本当にはならない誤解。
私はそれを悟られないように曖昧に笑った。
「そろそろ、氷川様もお部屋にお戻りください」
「回診があるのね?」
「はい、また伺います。甘酒ごちそうさまでした」
お医者様はそう言って去っていった。
私たちも部屋へ戻る。
回診の前にお暇しようと思ったのだ。
おばあ様を送り届けて特別室から出ると、丁度回診のようだった。廊下の反対側から、白衣のお医者様たちがぞろぞろとやってくる。先頭の中央には先ほどのお医者様がいた。かなり地位の高い人のようだ。
教授かしらね?
側についた婦長らしき女性が、「病院長回診」と言いながらドアを開けていた。
は? あの方が病院長? 若くない? 芙蓉大学医学部の病院長って言うことは淡島先輩のお父様だよね?
思わず驚いてガン見してしまった。しかし、そう思ってみれば、なんとなく淡島先輩に似ている気もした。
淡島病院長は私に気が付いて、軽く手を振ったから、私は慌てて頭を下げた。
び、ビックリした……。
神様……こういうの心臓に悪いです。お手柔らかにお願いします。







