73.お見舞いに行こう 1
芙蓉大学医学部病院のとある病室である。
重厚なドア。豪華なカーテン。明るく広い個室。空調は完ぺきで、シャワートイレはもちろんのこと、応接セットもミニキッチンもある。まるで高級ホテルの一室にベッドを突っ込んだかのような佇まい。
前世でも通ったことのある懐かしい特別室は、氷川くんのおばあ様が入院している病室だ。
今日は氷川くんと初めてのお見舞いということで、手土産を持ってきた。最近流行りのクリームたっぷり濃厚贅沢プリンだ。口当たりの良いものなら、病気のおばあ様でも食べやすいのではないかと思って、前世も同じものを用意した。ことのほか喜んでくれたのを覚えている。
「友人の白山さんだ」
「初めまして。白山姫奈子です」
ペコリとお辞儀をする。前世では婚約者と紹介されたのだ。胸が少し痛む。
「まぁまぁ、姫奈子ちゃんというのね? 和親がお世話になっております」
「いえ、そんな、私がお世話になるばかりです」
挨拶を終えお茶菓子を手渡せば、おばあ様は嬉しそうに微笑んだ。
「まぁ、素敵なお菓子ね。病院のお食事は少し味気ないからとても嬉しいわ」
穏やかな笑顔が懐かしくて、キュッと胸の奥が痛くなる。前世とまったく同じやり取りが繰り返されている。
この言葉を聞いて、前世の私はおばあ様に喜んでもらうために、お菓子をせっせと運んだのだ。誰が来てもお茶菓子に困らないようにと少し多めに、でも、残った分は持ち帰らないといけない決まりだったから、残りは持って帰り私が食べた。その頃から少しずつふっくらし始めた自覚はある。
おばあ様が亡くなっても、その習慣が抜けきらず、おばあ様のためにお菓子を買っては、寂しいと思いながら、その寂しさを埋めるようにお菓子を食べた。そうして、ブクブクと太っていった。ああ黒歴史。
三人でプリンを食べて歓談する。
「本当においしいこと。もう一ついただきたいわ」
「おばあ様、おやつは一つまでです。残りは持ち帰ります」
氷川くんが咎めるようにおばあ様を見た。
そう、前世もそんなやり取りがあった。氷川くんと一緒に来ると思うように食べられないおばあ様のために、私だけでお見舞いに来た時は二人で好きな分だけ食べていたのだ。
「まぁ、和親の怖いこと。どうせ長くはないのにねぇ」
おばあ様は肩をすくめて見せると、氷川くんはため息をついた。
ふと思う。
前世では気が付かなかったけれど、もしかして、あまり甘いものは良くなかったのかもしれない。食事が味気ないということは、食事制限をされている可能性がある。
もしかして、私がおばあ様の寿命を縮めた? 喜んでもらうためだと思っていたけれど、いい迷惑だったのではないだろうか。
でも、止めてくれとは言われなかったのだ。だから。おばあ様も断らないし、楽しみにしてくれていたから。だけど。
もしかしたら、言えなかったのかもしれない。婚約者(破棄予定)の者に、詳しい病状など話たくなかったとも考えられる。
……。今日は仕方がない。今日は。知らなかったんだから。帰りにちょっと聞いてみよう。うん、そうしよう。
私の行動が違うせいか、いろいろな出来事が前世とは変わって来た。
おばあ様はどうなるのだろう。
同じように、亡くなってしまうのだろうか。
もし、私のせいで寿命が縮まっていたのなら、少しでも長生きしてもらいたい。せめてもの償いだ。
少しの間談笑して、お暇する。
「また来てちょうだいね」
おばあ様が言って、私の手をギュッと握った。しわくちゃでザラザラした手のひらが、懐かしくて気持ちがいい。私もギュッと握り返す。
「はい。また来ます」
前世と同じように私は答えた。
帰りの車の中で、氷川くんに聞いてみた。今日は氷川家の車で、病院までの送り迎えをしてもらったのだ。
「あの、お見舞いはお菓子でない方が良かったですか?」
「いや、祖母は嬉しかったと思う」
「でも、御病気に良くないなら……」
氷川くんはため息をついた。
「正直に言えば甘いものはあまり良くはない。だから家のものはついつい厳しくしてしまう。が、先が短いとわかっているのに我慢をさせるのも忍びないとは思うんだ。だから、白山さんは気にしなくていい」
「……そうですか」
やっぱり良くはないのか。
でも、おばあ様が好きだから見逃してくれていた、そう言うことだろう。その気持ちも良くわかる。
私だって、明日死ぬとわかっているのにダイエットしろと言われたら、悲しいどころか暴れるだろう。でも、寿命を縮めるのは本意ではない。
「あの、私、これからもたまにお見舞いに行ってもいいですか?」
氷川くんは驚いたように私を見た。
「いや、構わないけれど、それは、どうして」
ああ、前世もそうやって困っていたっけ。きっと、挨拶さえすれば終わりだと考えていたんだ。
「おばあ様と約束をしたから」
前世と同じ答えを返す。前世では、氷川くんに対するポイント稼ぎのためにだったけれど、今は純粋におばあ様との限られた時間を大切にしたかった。
「そうしてくれるなら嬉しい」
氷川くんは困った顔のまま、そう答えた。







