70.中等部二年 文化祭 2
パンパンパン。乾いた拍手が一人分、大きく響いて顔を上げる。淡島先輩が生徒会席から立ち上がって拍手をしていた。隣の葵先輩も立ち上がってそれに続く。
観客席では、三年生のゴリマッチョ先輩が立ち上がって、誰よりも大きく手を打ち鳴らす。芙蓉会の三年生も立ち上がってくれる。
明香ちゃんも席を立つ。詩歌ちゃんも同じようにして拍手をしてくれた。芙蓉の花を持つ人、一年生の一部も、立ち上がって拍手している。
少しずつ少しづつ拍手が増えて重なって、立ち上がる人影が重なる。拍手があふれかえる。青い髪飾りをしている子の中にも拍手をしている人がいた。三峯くんも。
観客席には敵がいた。でも、味方だってちゃんといた。敵だと思っていた中にも、わかってくれた人もいる。
泣きそうになるのを堪えながら、私は唇を噛みしめてもう一度頭を深々と下げる。一層大きな拍手が体育館に鳴り響いた。
私たちは舞台袖に退場した。
スポットライトのない暗がりに逃げ込んだら、足元がグズグズに崩れた。慌てた綱が肩を組んで支えてくれる。
「……き、緊張した……」
ホッとしてため息を吐き出せば、綱が組んだ肩に力を込めた。
「嫌な思いをすることは予想できていたのに、護れなかった自分に腹が立つ。こんな酷いことになるなら、意地でも反対すれば良かった」
「予想できてた?」
「ええ、私たちは外部生にしたら目立ちすぎています。ここまで酷いとは思いませんでしたが、多少の反感は予想していました」
「……そう」
だから、綱は私が指揮をすることにあんなに反対したのだ。ちゃんと理由を聞けば良かった。
聞いたとしても、断れたかは自信がないけれど。
「でも、皆のおかげでうまくいったわ。このクラスが素敵なクラスだってわかったし、それでいいじゃない」
「姫奈が傷つく必要はなかった」
怒りを抑えきれないように吐き捨てる。
「ありがとう。綱。あの時声をあげてくれて嬉しかった。そのせいであなたも嫌な思いをしてしまったけど」
もしあの時、綱の声がなかったら、私はきっと逃げ出していた。指揮棒と一緒に、責任も投げ出しただろう。いつだって一番の味方に綱がいる。
綱はブンブンと頭を振った。
「私にもっと力があれば」
綱の頭を二階堂くんがコツンと小突いた。
「生駒はよくやったよ。あの状況で普通言えない。胸を張れよ。姫もお疲れ」
姫だなんて珍しいからびっくりすれば、ニカっと笑われた。
「頑張ったじゃん」
二階堂くんの言葉に続いて、ポン、ポンとみんなが背中を叩きながら舞台袖から座席へ戻っていく。通り過ぎる瞬間に、口々にお疲れだとか、ねぎらいの言葉をくれる。
桝さんは、震える声で綱に大丈夫ですか、と問う。綱は笑って平気です、と答えた。
紫ちゃんは無言で私の頭をぎゅっと抱き締めてくれた。
最後に大きな手が、私の頭に乗っかる。
「素晴らしかったぞ」
氷川くんだ。
「氷川くんこそ。暗譜、してたんですね?」
「あれだけ何度も同じ曲を弾けば覚えてしまう」
氷川くんは照れたように笑った。
「でも昨日のラ・カンパネラは楽譜を使っていたのに、いきなり暗譜で披露できるなんてさすがです」
それなのに、あれだけ荒れた体育館を黙らせるほどの曲にして弾き上げた。さすがだと思う。
「あれは、まぁ、たまたまというか、だな」
「そうなんですね」
氷川くんは気まずそうに目をそらした。
「ああ、だめだ、そうではなく」
そしてため息を吐き出した。
「本当はもっと前に暗譜自体はできていたんだ。ただ、楽譜を捲ってもらうのが心地よかった。すまない」
唖然として言葉を失う。氷川くんもあの時間を心地よいと感じてたのか。
私だけじゃなかった。
前世でもそうだったのだろうか。打算だけで一緒にいたのでは無かったのなら、少しは報われる。思い返してみれば、病院を紹介してくれたりと心配してくれたのは事実だ。友情ぐらいはあったのかもしれない。
今はもう確かめる術はないけれど。
「いいえ、私も楽しかったです」
「そうか」
もし、氷川くんもあの時間が楽しかったなら。打算だけじゃなく、友情があったなら、私も今日のお返しがしたい。
「氷川くん。あの、今更なんですけど、昨日のお話、お友達としてなら良いです」
氷川くんがおどろいた顔で私を見た。
「いや、でも、失礼な話だった」
「失礼でしたよ?」
私は笑って答える。
「でも、おばあ様に安心してもらいたいのはわかります。だから、おばあ様が勝手に誤解するだけなら仕方がないです。嘘をつくのはダメです」
「! ……ああ、わかった。明言しない。他には紹介しない。あくまで友として。ということだな?」
「はい、他より少しだけ仲良しの女友達、それなら嘘ではないでしょう?」
「うん、そうだな。ありがとう」
氷川くんは子供っぽく笑った。
「ひな」
私を支えていた綱の手に、力がこもる。私はその手をポンポンと叩いた。
「もう大丈夫よ、綱」
綱は逆に私を引き寄せた。
「やっぱり反対すべきだった」
綱はもう一度そう言った。
「もう、終わったことよ」
そう笑えば、綱は納得いかないように頭を振った。







