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【5巻電子書籍&POD化】神様のドS!!~試練だらけのやり直しライフは今日もお嬢様に手厳しい~  作者: 藍上イオタ@お飾り側妃は糸を引く7/5発売
中等部一年

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7.芙蓉館 1


 学院生活は思ったより順調に始まった。

 隣の席の女の子は、葛城明香かつらぎさやか。肩より少し長めの髪を、前髪だけポンパドールにしている。少し勝気な釣り目の女の子だ。

 幼等部から芙蓉らしく親切にいろいろなことを教えてくれる。お父様は芙蓉学院大学部の教授で、彼女自身も勉強家だった。

 クラス委員の彼女を、以前は煩い人くらいにしか認知していなかった。しかし付き合ってみると、面倒見の良さがありがたい。

 今も外部生の私に、芙蓉学院独自ルールを教えてくれている。


 今は放課後だ。綱は日直当番なので、終わるまで待っていたところを明香さんが声をかけてくれた。

 前世では綱の日直など待たなかった。速攻、氷川くんに纏わりついていた。



「アレが芙蓉館よ。あそこには許可がないと入れないの」


 学園内に立つ、独立した建物。芙蓉学院のエリートだけが入館を許可される芙蓉会のクラブハウスだ。小さなホールと喫茶室、シャワールームなどがある。パソコンもテレビも、何もかもがそろっている特別な建物で、同じ敷地内にある中等部専用だ。初等部や高等部はそもそも学舎が他の区にある。ちなみに大学部には芙蓉会自体が存在しない。まぁ、OB会は高等部卒業後もずっと存在し、強固なネットワークをつくっているのだが。


 芙蓉館は生徒会をはじめとする、芙蓉会のメンバーのみが使うことを許される特別な場所だ。

 中等部芙蓉会のメンバーはふようの蕾を模したポケットチーフを挿すことになっている。高等部になるとふようの花になる。案内をしてくれている葛城明香も芙蓉会のメンバーだった。


 私は芙蓉館を遠目に見て、もうあそこに行くことはないだろうなと思った。以前は氷川くんの婚約者という理由で、芙蓉会でもないくせに強引に立ち入りを許可させていたが、今回は成績も目立たない私があそこに入るような特権はない。


「今一年生で許可されているのは、各クラスの委員長と副委員長。特待生の方と、後は八坂くんくらいのものかしら」


 各クラスの委員長などは、名家の方々が務めることが多い。生徒会もまたしかりだ。

 八坂くんはモデル業があるから、学院も来たり来なかったりだ。だから、クラス役員などはしていない。


「八坂くんは特別なのね」


 単純に感想を言えば、葛城明香はクスリと笑った。


「姫奈子さんは外部だからご存じないのね。八坂くんはモデルとしてご活躍されているから、学院の広告塔でもいらっしゃるのよ。八坂くんのおかげでここ最近の芙蓉学院の受験率が上がっているそうよ」


 そのせいで、倍率が上がってたのか。憎し、八坂晏司。


「だから八坂くんのお仕事は学業扱い」

「そうなのね」


 私はうっかり、八坂くんが学校へ来ないから私もそれくらい休んでも許されると勘違いしていたのだ。

 彼は特別枠、真似してはいけない。心に刻む。


「姫奈子さん、芙蓉館へ行ってみません?」

「? 許可がないものは無理なのでしょう?」


 突然の申し出に戸惑う。もう行くことはないと思っていたのだ。っていうか、行きたくないし、関わりたくない。


「私が招待致しますわ」

「明香さん! いいえ、大丈夫です。遠慮します。私なんて不相応です! 恥をかくだけです!」


 慌てて断る。きっと、氷川くんもいる。氷川くんと詩歌ちゃんは芙蓉会のメンバーだ。氷川くんにはできるだけ顔を会わせたくない。


「慎み深い方ですのね」


 明香さんはそう笑って私の手を引いた。


「他の皆様は、入ってみたいとおっしゃるのに。さぁ遠慮なさらないで」


 にっこりと微笑まれて、私は言葉に詰まる。あまり固辞しても失礼に当たると考えて、氷川くんがいないことを祈りつつ私は明香さんについていった。


 


 芙蓉館の中に入ると、すでに何人かのメンバーがいた。入り口近くの喫茶室には、二年生の淡島風雅あわしまふうが先輩が経済新聞を読んでいた。中学二年生で経済新聞……住む世界が違うと思う。

 っていうか、すでにうちの株買ってるのだろうか。ああ、怖い。


 私たちの気配を感じたのか、淡島先輩が顔を上げた。眼鏡の奥がキラリと光る。

 明香さんが挨拶をする。


「外部生なのですが、私が招待いたしました」

「初めまして、白山姫奈子です」


 頭を下げれば、淡島先輩が立ち上がり、優しそうににっこり笑った。


「淡島風雅です。よろしくね」


 優しげだが騙されない。人当たりがいいだけで、本当は優しくなんてないのだ。よくよく考えたら、うちの不祥事ブッコンだの多分この人だ。自分の株を売り逃げするタイミングで、捜査が入ったんだから間違いない。守銭奴おっかない。



「今日はシフォンケーキとマカロンがあるそうだよ」


 そういう淡島先輩の前にはコーヒーカップしか置いてなかった。甘いものは苦手なのだろう。


「芙蓉館のマカロンは美味しいのよ。ちょっと待っていてね」


 ウキウキとした様子で明香さんが用意してくれる。ガラスケースの中から、マカロンを取り出して盛り付けてくれる。

 私はおとなしく、ソファーに座って待っていた。キョロキョロとあたりを見回して、氷川くんと八坂くんがいないことを確認してホッとする。


「緊張してる?」


 淡島先輩がカップをもってはす向かいにやって来た。フットワークが軽く、気さくな方だとは思う。騙されないけど。


「はい」


 居心地が悪くてドキドキする。


「白山さん」

「はい」

「会ってみたかったんだ」


 にっこりと笑われて戸惑った。接点がないはずなのに、なぜだろう。


「浅間さんがよく話題にするからね。橘の君、なんでしょ?」


 さすがというか、あのひな祭りのパーティーをもうご存知のようだった。それにしたって、橘の君ってなんだよ、詩歌ちゃん! どんな話になってるんだ。コワイコワイ。


「詩歌さんとは仲良くしていただいています」


 クラスが違うので学院内ではなかなか接点がないが、個人的には連絡を取っているのだ。

 詩歌ちゃんはもうすでに、淡島様の心もとらえているらしい。


 まぁ、氷川くんのものになるんだけどね、ザマァ!

 はっ! 性格ブスが出てきてしまった。いかんいかん。


「食いしん坊なんだってね」


 クスリと笑われた。何を言ってくれてるんだ、詩歌ちゃん!


「あ、家が飲食関係で……」

「給食も白山さんのうちでしょ」

「はい」

「美味しいよね」

「ありがとうございます」


 そんな話をしていたら、明香さんがマカロンとコーヒーを持ってきてくれた。


 お皿の上には、濃いピンクとバニラ色でできたバイカラーのマカロンが一つ、上品に置かれている。

 口に運べば、軽やかな歯触りと芳醇な香りが口いっぱいに広がった。


「美味しいっ」


 思わず声を漏らす。明香さんは嬉しそうに微笑んだ。


「そうなの。芙蓉館のスイーツは美味しいのよ」

「フランボワーズとヨーグルトかしら。甘酸っぱくて爽やかですね」

「へえ、甘くないの?」


 淡島先輩が覗き込んだ。


「すごい色だし、マカロンって見た目だけで食べてるのかと思ったけど」

「確かに当たりはずれは多いかもしれませんが、これは美味しいですわ。食わず嫌いはもったいないと思います!」


 あまりのおいしさに興奮してそう力説すれば、淡島先輩が笑う。


「じゃあ、食べてみよう」

「持ってきますね」


 明香さんが立ち上がるから、私は慌てて立ち上がった。


「あの、私がやります。お皿は何を使ってもいいですか?」

「え、でも」

「明香さんはさっきから立ちっぱなしですもの。それとも部外者が扱うのはいけないのかしら?」

「そんなことはないけれど」

「だったら、ね? 私がお勧めしたのだし」


 私はそそくさとガラスケースに向かった。淡島先輩と二人きりで話すのは、ちょっと避けたい。

 チョコンとマカロンをおさらにのせて、淡島先輩の前に持ってくる。


「ありがとう」


 柔らかく笑うから、信用したくなってしまう。騙されるな私!


「本当に甘くないんだ。美味しい」

「そうですよね」


 満足げに頷けば、先輩は笑った。


「淡島先輩が甘いものを食べるなんて珍しいですね」

 

 明香さんが驚いたように言った。


「白山さんが食べてると美味しそうだよね」

「確かにそうですね」

「他のも食べたら?」


 淡島先輩に進められたけど、断る。


「もうじゅうぶんです」

「そう? 残念。なんだか白山さんには食べさせたくなる。食べてる姿もかわいいし、コメントを聞きたくなる」


 か、かわいい!?


 顔が赤くなる。


「姫奈子さんに餌付けしたくなる気持ちは良くわかります」


 明香さんが笑った。


 え、餌付け。動物扱いのかわいいでしたか。


 たしかに食べるのは好きだ。

 それで、前はブクブク太ったのだ。気を付けないと。


「止めてくださいね! 太りやすいんですから!」


 そういえば、二人は笑う。


「だったら、一度に食べないで、ちょくちょく食べにおいでよ。浅間さんもうれしいよね」


 淡島先輩は微笑みながら入り口を見た。私もつられて入り口を見る。

 ちょうど、詩歌ちゃんと氷川くんが連れだって入って来たところだった。お似合いの二人だ。私の邪魔がない分、順調に愛を育んでいるのだろう。


「姫奈子ちゃん!」


 トトト、と詩歌ちゃんがかけてくる。


「私が招待したかったのに」


 可愛らしく睨む。思わずデレッとしてしまう。


「私が招待しましたのよ!」


 明香さんは、フフンと満足げに笑った。


「詩歌ちゃんのせいで、私、淡島先輩にくいしんぼうキャラだと思われてしまいましたわ」

「そんなことないよ」


 淡島先輩が否定する。


「今年の芙蓉中等部は倍率が高かったんだ。そこをわざわざ桜庭から入ってくる人がいるって話題だったんだよ」

「え?」


 知らなかった。目をぱちくりしていれば、氷川くんも無言で頷いている。


「とんでもない晏司ファンか、才女のどっちかだろうって」

「それでなんですね」


 淡島先輩の説明に、思わず納得する。


「どうした?」


 氷川くんが尋ねた。


「たぶん、八坂くんにファンだと誤解されているみたいなんです。私、才女じゃないですから」

 

 肩を竦める。


「誤解?」

「ええ、ファンサービスしてくれてるみたいです」


 私が答えると、氷川くんはビックリして明香さんを見た。明香さんはクスクスと笑う。


「ええ、八坂くん、姫奈子さんにはサービス過剰です」

「お気遣い不要ですとお話した方がいいのかしら」


 正直、関わってほしくないのだ。真剣に悩めば、氷川くんが不思議そうに私を見る。


「女性はみんな、晏司のような男が好きだと思っていた」

「素敵な方だとは思いますけれど」


 答えれば、淡島先輩が笑う。


「素敵だと思うけど、好きじゃない?」

「人それぞれと言うか……」


 氷川くんの隣で、詩歌ちゃんが顔をこわばらせた。何事かと思って視線の先に振り向けば、八坂くんが微笑んでいた。





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