表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【5巻電子書籍&POD化】神様のドS!!~試練だらけのやり直しライフは今日もお嬢様に手厳しい~  作者: 藍上イオタ@天才魔導師の悪妻26/2/14発売
中等部二年

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/289

69.中等部二年 文化祭 1


 文化祭当日である。


 昨日、あんな別れ方をしたから氷川くんに会うのは正直気が重い。だけど、避けては通れない。白山フードサービスが潰されるのは困るし、それに何より一緒に合唱を成功させなければならないのだ。


 教室の入り口で、おなかにグッと力を籠める。勤めて明るい声を出し、おはようと挨拶をする。

 先に来ていた氷川くんまで歩み寄る。


「おはようございます」


 先手必勝。

 声をかければ、氷川くんは驚いたように目を見張った。


「おはよう。昨日は」

「昨日はごめんなさい。被害妄想で八つ当たりでした」


 一気に言い切って頭を下げる。顔をあげたら目が合ったので気まずく笑えば、氷川くんはホッとしたように笑った。


「いいや。俺が口にすると、そういうふうにとられることを初めて知った。教えてくれてありがとう。今日もよろしく」

「はい。こちらこそ!」


 差し出された手を握り返す。さすが氷川くんは冷静だ。私にすれば、上手く仲直りできたんじゃないだろうか。


  


 合唱コンクールの発表順は、事前にくじ引きで決まっている。私たち二年F組は一番最後だった。一番初めも緊張するが、一番最後は緊張が長続きするから、それもキツイ。


 今登壇したのは、二年U組。詩歌ちゃんのクラスである。指揮者は八坂くんだ。ピアノは大黒さん。長身の三峯君は一番上の一番端っこで、一人ぴょこんと頭が突き出ていておかしかった。何だか愛嬌がある人なのだ。


 一条くんから聞いたのだが、伴奏者を決めるのもなかなか大変だったらしい。女子コワイ、とは一条くんの談。まあ、反論はない。


 八坂くんが台に立てば、それだけでワッと歓声が上がる。今日のために、八坂くんの非公式ファンクラブは体育祭に準じて青い髪飾りで揃えているようだった。


 八坂くんが観客席に向いてお辞儀をする。盛大な拍手が沸き起こり、背を向けた八坂くんがタクトを振り上げたとたんに静まり返る。

 伴奏者の大黒さんとアイコンタクトをして、始まったメロディ。指先まできれいなタクト捌きに見惚れてしまう。

 さすがモデル様だ。見せ方を知っている。以前一緒に練習した時にはわからなかったオーラがある。


 盛大な拍手でしめられたUクラスの合唱に、詩歌ちゃんはホッとした表情をしていた。


 私たちは準備のために舞台袖に集まった。桝さんは緊張のためか青白い顔をしていた。紫ちゃんは、二階堂くんと緊張するね、なんて囁き合っている。


 人という文字を三回掌に書いて飲み込んでみる。使い古されたお呪いで、効くわけはないと思いながらも頼らずにはいられない。


「白山さんも緊張するんだな」


 氷川くんが感慨深そうに言えば、綱が氷川くんを睨みつける。


 おいこら、止めようよ、綱くん。


「人並みに緊張しますよ」

「バナナなのに?」


 二階堂くんが茶化す。


「バナナではない、バナナでは!」

「人の遺伝子の半分はバナナと同じだそうです」


 綱がシレっと答える。


「ちょっと、綱は私の味方なんじゃないの?」

「心外です。いつだって味方をしてるでしょう?」


 そのやり取りを見ていたクラスが笑いだし、空気がほぐれる。なんだかいつもの雰囲気になった。

 

 前のクラスが退場する。私たちの出番だ。


「さあ、行くぞ」


 氷川くんが声をかける。みんなで円陣を組み、声を出さずに肩をたたき合った。


 クラスのみんなが壇上に並ぶ。氷川くんがグランドピアノの前に座る。最後に私が登壇だ。


 私が指揮台の前に立てば、クスクスと笑い声が広がった。スカートでもめくれているのかと思って、振り返ってみたけれど、スカートも靴下もしっかりとしている。

 気を取り直して指揮の前で、観客に向けてお辞儀をした。八坂くんとは対照的なまばらな拍手。まぁ、人気者ではないから仕方がないとは思う。それ以上に忍び笑いが気に障った。

 さっきまではそんなことは無かったからだ。


 しかし気にしても仕方がない。指揮台に昇って舞台に顔を向けた。


 パタリ。何か小さなメモ帳でも落ちるような音が観客席で響く。二階堂くんが眉を潜める。


 私はタクトを振り上げた。

 その瞬間。パタリ。もう一度音が響く。桝さんが怯えたように肩を震わせた。


 もう一度タクトを振りあげなおす。

 パタリ。パタリ。紫ちゃんがすがるような眼で二階堂くんを見る。パタリ。


 私に指揮棒を振らせないための嫌がらせだと気が付いて、背筋が凍り付いた。怖い。クスクスと笑い声が響く。

 恐怖に耐えながら恐る恐る頭だけ観客席を振りかえれば、青い髪飾りが愉快そうに生徒手帳を落としていた。


 連鎖するように、パタパタと落ちていく生徒手帳。落ちちゃったわ、私もよ、と笑う声。


 背中に鈍い悪意が伸びてくる感触。宇宙の真ん中に一人頬りだされたみたいに、足元がおぼつかない。息が苦しい。


 誰か、助けて……。


 縋るように綱を見た。

 綱の黒い瞳が怒りに燃えているのがわかった。


 綱が、怒ってる。


「静かにしてください!」


 綱が舞台の上から声を張り上げた。


 観客席から、小さな笑い声が起こる。保護者という囁き声が聞こえる。男の声で、きたりのくせに、そんな声まで聞こえ、綱が眉をしかめた。


 思わず観客席に振り向いた。


「静かにしてください!!」


 綱が怯まずにもう一度声を上げる


 大事大事病、囁きが囃し立てる声にかわる。それに混じって響く、生徒手帳を落とす音。


 八坂くんが席を立った。

 綱と二階堂くんが同時に声を上げようとしたから、私は慌ててタクトを振って声を制する。


 私はともかく、綱を馬鹿にされるのは許しがたい。

 それに何より、なんで八坂くんが出て行かなくてはならないのか。さっきまであんなに素敵にタクトを振っていたはずなのに。


 ムカムカとせり上がる思いが恐怖を打ち消した。


 頭にくる。


 いくら神様の罰だからといったって、これはないんじゃないか。私が嫌な思いをするのは仕方がない。私のせいだから。

 でも関係のない八坂くんが席を立つなんておかしい。罪悪感で学校が嫌になるなんて、絶対におかしい。


 綱だってそうだ、なんで桝さんが泣きそうにならなくちゃいけないのか、ゆかちゃんだって怯えている。


 そんなの、神様が相手だって許せない。絶対に許さない。


 私は観客席に身体ごと向き直り、ダンと指揮台を踏みしめた。指揮棒を振り下げれば、ビュンと風を切る音が響く。


  フザけんなよ!!


「静かになさい! あなた達が私を嫌いなのは結構! でも、その行為が自分の好きな人まで傷付けているとなぜ気が付かないの!?」


 凍り付いたように空気が固まった。しかしそれも一瞬で、悪意の笑い声が響いた。


「やだ、こわい」

「きたりのかたは野蛮だわ」

「身の程知らず」

「花もないのに」


 私は、小さく呟きながら睨みあげてくる青い髪飾りの少女たちを見据え、顎だけで会場の出口を指し示す。

 出口には、私を振り返った八坂くんがいた。傷ついた瞳で、許しを乞うように私を見つめている。まるで自分が傷つけられたように痛ましい顔をして、体育館から出ようとしていた。

 

 人の痛みを自分の痛みのように感じてしまう、本当に優しい人だ。どうしたらこんなに優しい人を傷つけることができるんだろう。


「好きな人に、あんな顔、させたいの?」


 大黒さんが慌てて立ち上がった。八坂くんを追おうとしたのだろう。大黒さんに気がついた八坂くんは、慌てて体育館から出てドアを閉めた。

 大黒さんがドアまで走りより、扉を開こうとすれば先生に止められる。先生になにかを訴えているようだったが、その声までは聞こえなかった。


 会場に落胆の声と小さな悲鳴が入り混じる。非難の視線が私に向けられる。揺らぐ会場内の空気。とても合唱をする雰囲気ではなくなってしまった。


 やって、しまった。


 どうしようかと思った瞬間、グランドピアノが断ち切るように鐘を鳴らした。


 氷川くんの音。ラ・カンパネラだ。楽譜なんかないのに。本当は暗譜してたのか。

 ざわつきを吸い込むような、高音。低く響く旋律。汚れきった空気を清浄なものに変えていく鐘の音。


 呆然として氷川くんを見れば、氷川くんは笑った。

 助けてくれたのだ。舞台を向けと目配せしてくる。舞台を向けば、綱が真っ直ぐと見返してくる。二階堂くんも、紫ちゃんも。桝さんはグッとこぶしを握り締めてから顔を上げた。


 鐘の音が終わる。その余韻の中で私は氷川くんに向けタクトを振った。氷川くんが頷く。


 するりと滑り出すピアノ。合唱曲のメロディが奏でられる。

 舞台に向き直り、綱にタクトを向ける。大事な大事な最初の一声。綱と二階堂くんの低いテノールが支えるソプラノは、紫ちゃんと桝さん。二人とも大きな声が苦手なはずなのに声を張り上げてくれた。


 クラスの皆が助けようとしてくれている。背中は敵ばかりかもしれないけれど、味方なら目の前にいる。押しつぶされそうな背中を、前から支えてくれる。


 あふれるように流れ出したハーモニーに私の方が圧倒される。飲み込まれそうな空気の振動に、負けないように指揮台に立つ。胸の中が熱くなった。


 青春の夢と希望を歌う歌詞は、嘘くさくて苦手だ。私たちの今は、歌みたいに綺麗なんかじゃない。もっとドロドロしていて汚くて、ゴロゴロとした足元は居心地も悪い。たった一言の『いいね』ですら、喜んだり悲しんだり、拗ねたり嫉んだり、憎みさえしてしまう。

 心は自分のもののはずなのに自分ではちっとも制御できなくて、勝手に荒れ狂って嵐になる。


 だけど、この一瞬に重なった声は真実だ。まぎれもない、事実だ。きっと私は忘れない。みんなの声が重なった瞬間に、駆け上がってきたゾクゾクとする鳥肌を。真摯に向けられた、瞳の数々を。


 タクトを振り切った。シンと体育館内が静まり返る。クラスメイトの顔は穏やかで、やり切ったという充実感があふれていた。


 私は音のない観客席に振り返り、深々と頭を下げた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ