61.悪役令嬢
あの後から、葵先輩は見かけるごとに声をかけてくれるようになった。以前のガン無視が嘘のようである。
葵先輩は、言葉自体は冷たいが、意外に情の深い人のようで仲良い人は可愛がってくれるのだ。
今日は詩歌ちゃんのクラスへ行く。詩歌ちゃんのUクラスには八坂くんがいて、休み時間は混雑すると聞いていたから、近づくのを避けていた。詩歌ちゃんと話がしたければ、更衣室や部室前でも会えたからだ。
今日は次の授業で使う資料を先生から預かって、Uクラスに届けに来たのだが。
しかし……スゴイ……。
Uクラスの周りには、青銅カラーラインの一年生たちがワキャワキャとたむろしている。完全に八坂くん効果だ。去年は遠慮していた同級生の女子たちも、下級生に負けるわけにはいかないと思っているのか知らないが、めかし込んで来ている。
私は教室に入りたいのに、なかなか入り口を開けてもらえない。不満げな男の子たちが陰口を叩いているけれど、注意する気はないようだ。文句があるなら本人に言え!
「恐れ入りますが、ここを通していただけますか?」
出入口を塞ぐ女子生徒に、後ろから声をかけたら無視された。
休み時間の終わりは刻々と迫っている。
両手は資料でふさがっているし、声を大きくするしかない。
「恐れ入ります! 少し退いてくださらない?」
ワキャワキャしている一年生の女子たちが振り返ったが、鼻で笑って「きたりゴリラ」と呟いたきり、背中を向けた。
……。カッチーン。ゴリラ、怒らせたな?
私は、スゥと息を吸い込んだ。いくら内部生かどうか知らんけど! 知り合いでもない下級生に見下されるいわれはない。
「道を開けなさい!! 学校を何だと思ってらして? 好意も度が過ぎれば迷惑ですわよ! 休み時間は控えなさい!」
そう厳しく声をあげれば、騒めいていたUクラスがシンとなる。
背中を向けていた女の子が忌々しそうに私を睨んで、十戒の海みたいに左右にわかれて道を開けた。
ハナからそうしてればいいんだよっ!
私はその中を悠々と進む。その後ろからは、教室内に戻れなかった人たちがぞろぞろとついてきた。
ケっと内心悪態をつきながら教室に入って見知った人を探す。詩歌ちゃんはいないみたいだった。まぁ、でもこの空気で詩歌ちゃんに関わるのはまずい気がするので、良かったとも思う。
ワザとらしい拍手が聞こえてきて、見れば一条くんだ。よし、一条くんに押し付けよう。
私は一条くんの机に向かって行った。
「さすがだね、白山さん。悪役令嬢みたい」
「なにが悪役ですか。当たり前のことを言っただけです。そもそも下級生への指導は一条くんがなさいよ。何のための胸の花なの?」
「いやいや、女の子に注意は怖くて無理だよ~」
ヘラヘラと答えるから、ドンと荷物を机の上に置く。
芙蓉会のくせに、なにかわい子ぶってんだ。本当は強権持ってるくせに!
「なにこれ?」
「次の授業で使うのよ。皆さんに配って頂きたいの。先ほどの授業で使用したので、先生からそのまま持って行くように言われたの」
「そうなんだ、ありがとう」
「では、ごきげんよう」
悪役令嬢といわれたからには、それらしく振る舞って見せれば、一条くんがクスクス笑うから、私もつられてクスリと笑う。
クラスから出ようとすれば、大黒さんたちに囲まれた八坂くんと目が合った。すまなそうに眼だけで会釈する。
まったくあの人は、気を使いすぎだ。王子様らしくない顔をしてる。
おかしくなって思わず噴き出した。八坂くんが驚いたような顔をしたから、私は私の眉の間を指で伸ばして見せる。眉に皺がよってるよ、というジェスチャーだ。
八坂くんは、苦笑いをして眉の間を指でこすった。
Uクラスのドアまで行けば、頭の上に影がかかった。驚いて見上げれば長身の男の子だ。ツンツンした短髪は癖のついたこげ茶色。彫りの深い二重の瞳、まつげはくるんと天然なのだろうか。
いつか廊下ですれ違った子だ。Uクラスだったのか。
「どうぞ。白山姫奈子さん」
そう言って彼はドアを開けてくれた。
声を聴いても、名前が思い出せない。
「……恐れ入ります。どこかでお会いしてましたか?」
「いいえ。今初めて話したよ」
ますます意味がわからない。なんで私の名前を知っているのか。
「オレ、三峯恭介。よろしくね」
「はぁ……。ヨロシクオネガイシマス?」
頭の中に疑問符をたくさん並べながら、とりあえずUクラスを後にした。







