6.芙蓉学院中等部
四月だ。私は芙蓉学院の中等部に入学した。綱も一緒に受験していたので、同じように通うことになった。
憧れの制服に身を包み、私は身を引き締める。
白いジャケットに、芙蓉学院のエンブレム。ジャケットの袖口と、スカートの裾には学年カラーのラインが入っている。芙蓉学院では、学年ごとに指定色が決まっており、制服や体育着に同じ色のラインが入っている。一年生はラメの入った青銅色。二年生は銀色、三年生は金色である。学年のことを色名で呼ぶこともある。
リボンやネクタイは自分で結ばなければならないタイプだ。
ピッタリとしたサイズで作られた制服。ウエストのサイズアップだけは許さない、そう心に決めた。ムクムクと大きくなり、前世は学期ごとに作り替えていたのだ。
綱が私の髪を結い、制服のリボンも結んでくれる。そうやって、出かける支度が整った。
入学式が終わり、クラスへ向かう。
私と綱と八坂くんは同じクラスだ。氷川くんと浅間さんは同じクラス。これも前と同じである。
「姫奈子ちゃん!」
「詩歌ちゃん」
すでに私たちは、ちゃん付で呼び合うくらいには気安くなっていた。
あのパーティーをきっかけに、詩歌ちゃんと仲良くなったのだった。着物を返しに行った際、上げてもらった家は由緒ある日本家屋の大御殿で、池の錦鯉までも立派だった。
格の違いを見せつけられたが、今回は嫉妬より納得が勝った。歴然たる育ちの良さ。
「クラスが別れてしまって悲しいわ」
「本当です」
私も少し心細かった。外部生だから知り合いがあまりいないのだ。そういうこともあって、前は氷川くんにべったりと依存していたと思う。
前世の由緒正しき子女たちは、外部生で成り上がりものの私に冷たい目を向けた。教室に心を開く場所はなく、マウントを取って無理やりクラスの頂点に立とうとした。綱を使用人として見せびらかし、自分の力のように誇った。お金を使って友達を買うようなやり方もした。それしかやり方がわからなかった。
そんなやり方はさらに反感を買い、学校へ行きたくなくなるという悪循環を生み、成績不振と出席日数不足を招いたのだ。最終的には留年勧告である。
今回こそはやり直さなくっちゃ。
緊張して教室へ入る。自分から微笑を作って、挨拶をする。
自分から声をかければ、自然と挨拶は帰ってきた。
「姫奈ちゃん、同じクラスだったね」
机に手を置いたのは、八坂くんである。その一言で、クラスの注目を集めることになってしまう。
「八坂くん……」
「晏司でいいって言ったでしょ?」
八坂くんはニッコリ笑うけれど、これで本当に晏司呼びをしたら、マジで図に乗った勘違いブス(笑)とか思われそうだから、ぜったいに嫌だ。
「あれ? 彼もいっしょなの? なになに? どういう関係?」
私の後ろに立つ綱を見て、好奇心丸出しで聞いてくる。
綱はめんどくさそうに答えようとした。
「生駒綱守です。私は」
「彼は私の幼馴染です」
綱が答えきる前に、私が答えた。
綱に『お嬢様の使用人』なんて答えられたらたまらない。前世は、私が『綱は使用人』だと言いふらしていたが、正確には使用人の息子であって私の使用人ではない。それに、学校でまで使用人扱いされたら、白山家が没落した時に不憫だ。
綱は驚いた様子で私を見た。私は綱に黙っていろと目配せする。
綱は納得したようだった。
「へー……。幼馴染なんだ」
八坂くんはジロジロと値踏みするように綱を見た。
「はい。姫奈の幼馴染です」
綱がきっぱりと言い切って、私はびっくりして顔が赤くなる。
姫奈、なんて名前を呼ばれたのは初めてかもしれない。
「どうしましたか?」
綱は当たり前のような顔で私に聞いてくる。すっごく演技上手いんじゃないだろうか、この子こわい。
「い、いえ、呼び捨てだな、なんて、ちょっと……」
ごにょごにょと答える。
「ここではダメでしたか?」
「いいえ! いいえ!」
幼馴染なのだから、学校内では名前呼びの方が自然だろう。私は慌てて頭を振った。綱が納得したように微笑んだ。
「ふーん……、オサナナジミね」
八坂くんは嘲笑を含めた声で私達を見た。これが怖いんだって。
「うらやましいな」
まったく羨ましく聞こえない声で、八坂くんがそう言って笑った。
チャイムが鳴ってホームルームが始まる。ガタガタと自分の席にみんな戻っていった。
休み時間には、あっという間に女子の人だかりができて驚いた。
前はなかなか仲良くなれずに、話題になるブランドものだとかを見せびらかして一生懸命人集めをしていたのにだ。
「白山さんは八坂くんのお知り合いですか?」
八坂くんのおかげらしい。これは感謝しなくてはいけない。
好奇心と探り合い。それでも話しかけてくれるのは助かる。
「いえ、一度パーティーでお話しただけです。その時に芙蓉学院への入学のお話をしましたので、お気遣いくださったんだと思います」
「外部生は心細いですからね」
「八坂くんはお優しいのね」
女子たちがうっとりと声を上げる。八坂くんはきっと女子にはみんなに優しいのだ。
まぁ、性格ブスは女子の中に含まないようだが。
「モデルもされていてカッコよくて」
「理想の王子様ですわね」
うっとりした声でため息を吐き出す女子たちの目は、ハートマークだ。プレーボーイはすでにクラス中の女の子の心を握ってしまったらしい。
恐ろしい性格を知っている私は、とりあえず笑って聞いている。
「そう思いません? 白山さん」
突然話を振られて驚いた。私は笑ってごまかした。
「私、あまり存じ上げないので」
そう答えれば、周りに集まって来た女子は顔を見合わせた。
「……白山さんと生駒くんは仲がよろしいのですか?」
綱は男子同士の話で忙しそうだ。
「綱とは幼馴染なんです」
用意していた言葉で答える。
なぜか、きゃぁ、と声が上がった。
「幼馴染ってどういうご関係で? 親戚筋のかた?」
「家が近くなもので。小さいころから兄の様に面倒を見てくれているのですわ」
「生駒くんは公立からの入学ですよね。しかも特待生だとか、優秀なのね」
チラチラと綱を伺う女子生徒たち。
そうか、公立から芙蓉に入ることはそれだけで頭の良い証になる。その上、特待生だ。しかも、見た目も悪くない。
もしかして、綱、すごいんじゃない? それでもって、モテるんじゃない?
私は自分のことのように嬉しくなった。前世では特待生の綱を妬ましく思っていた。だから、そんな彼を使用人扱いしていい気になっていたのだ。最低だ。
前世では私の尻拭いを無理やり押し付けられていて、恋愛どころではなさそうだったから、今度はスクールライフを満喫してほしい。そして、良いお嫁さんを見つけて白山家が没落しても幸せになって欲しい。
綱の株を上げとくからね!
「ええ。私の受験勉強も綱が見てくれたの」
「一緒に励まし合って受験だなんて」
「「「うらやましいわぁ」」」
女子の声が重なって、ぎょっとした男子たちがこちらを見た。綱と目が合ったから、『株を上げておいたよ!』と目配せして笑いかければ、綱も私を見て笑った。
女の子たちがそれを見て、きゃぁ、といい、綱の周りにいた男子が、綱を軽く小突く。なんだか綱はすでに友達ができそうだった。いいなぁ。
私は意外にも楽しく始まりそうな学院生活に、心を躍らせた。
帰りは綱と連れ立って帰る。同じ家に帰るのだから当たり前だ。
白山家の車に二人で乗り込んだ。
「綱に約束して欲しいの」
本来ならば、学院生活が始まる前に打ち合わせておけばよかった。
そうすれば、不意打ちの姫奈呼びに動揺せずに済んだのに。
「はい」
「学院内ではお嬢様と呼ばないで」
「承知しました」
「幼馴染ということにしてね」
「……急にどうしたのですか?」
「だって、変でしょう?」
前は、学院内に唯一使用人を侍らすお嬢様なんていい気になっていたけれど、よく考えれば痛い奴だ。
「綱のパパは、お父様の執事だけれど、綱は別に私の使用人じゃないもの」
「私はどちらにせよ、お嬢様のお側にいられればいいですよ」
綱は平然とそう言った。昔からの癖で私のお守りが染みついているのだろう。
「ありがとう」
そう言えば綱は不思議そうな顔をした。
「そう言えば、綱、女の子に人気あるみたいよ」
茶化すように言ってみる。綱は迷惑そうな顔をした。
「私、女の子たちに綱の良いところ売り込んでおいたからね!」
だから私も宣伝してよ、という裏の声は口に出さない。
「迷惑です」
ピシャリと綱に言い切られた。
ふーんだ。さては、いわゆるドーテーって奴だな? まぁ、ドーテーの正しい意味は知りませんけれどね!! フン!!
性格ブス? 言いたきゃ言えばぁ? 心の中くらい自由にするわ!