5.二度目の出逢い 2
何も食べていなかったから、綱と一緒に食べ物をとりに行く。慣れない着物で大変だから、たくさんは食べられない。可愛らしい手毬寿司を選んで、隅の方のテーブルについた。
やっと一息できる。ホッとすれば、綱が笑った。綱の笑顔を見て、さらに安心する。
「意外とお着物も似合うんですね」
綱が茶化すから、ムッとした。
「面白いものを見たと思ってるんでしょう? 着物に着られてるのは十分承知よ」
「いえいえ……」
綱があいまいに笑う。絶対馬鹿にしてるやつ。
「それにしても、浅間さんは素敵なお方ですね」
綱の言葉に胸がチクリとした。やっぱり綱も浅間さんの味方になる。
「ええ、そうね」
サッと帖紙を取り出して、どこの者とも分からない私に着物を貸し与える。自分の非を当然のように認めて隠さない。知り合いの少ない私を、人の輪に入れてくれる親切さ。それが初等部ですでにできるのだ。
どこをどう見ても彼女は素晴らしい。
高等部になりながら、人を引きずり落とすことしか考えていない性格ブス、見た目ブスな私が敵うわけないのだ。
「お疲れですか?」
綱が心配したように私の顔を覗き込んだ。
「着物がなれないから胸が少し苦しいみたい」
そう言えば、綱が立ち上がり私の側までやってきて、胸と帯の間に手を突っ込んだ。
「ちょっと、なにしてるのよ」
「緩めようかと」
別に胸元を触られたくらいで今更驚いたりはしないが、今はパーティー中なのだ。少しは遠慮してほしい。あまり人目につかない場所だからいいけれど、人に見られたらとんだ変態だ。
その時、綱の手がつかまれた。その手の先を見れば。
「女性の帯に手を入れるのは紳士的ではないですね」
天敵の八坂晏司!!
「申し訳ございません! 誤解させてしまいました。私が苦しいと訴えたものですから、緩めようとしてくれただけです」
慌てて答えれば、八坂くんは綱の手を放した。
「これはすみませんでした」
優雅に軽く頭を下げる。ミルクティー色の髪が、ふわりと揺れた。その顔は全く反省していないように不敵に微笑んでいる。
綱は不機嫌に八坂くんを見た。バチバチと火花が散っているように見えたのは気のせいか?
「いえ……私もこのようなところで失礼いたしました。着物が慣れないものですので」
慌てて立ち上がり頭を下げる。八坂くんは向かいの椅子を引いてなぜだか座った。
そうして、私に座れと促す。
なぜ? なぜここに座る? 関わりたくないのに!
戸惑いながらも、逆らうこともできず、おずおずと席に着いた。
「お食事はしましたか?」
八坂くんが尋ねる。
「今、いただこうと思っていたところです」
「そう」
「……」
「……」
会話が続かない。続くわけがない。共通の話題など前世の頃からないのに、どういうつもりなのだろう。
私は困り果てて綱を見れば、綱も困ったように私を見る。
無言になって、食事もとれずにただ皿の中を見て俯く。
「君は浅間さんと対の着物だけど、仲が良いのかな?」
質問されて納得した。浅間さんに興味があるのだ。私は体のいい踏み台?ってやつだ。
まぁ、彼女は氷川くんのものになるけどね、ザマァ。
おっと、思わず性格ブスが顔を出してしまった。
「いえ、先ほど初めてお話させていただきました。私がドレスを汚してしまい、困っていたところをお助けいただきました」
面倒な事情は端折って説明する。そうすれば、八坂くんはマジマジ私を見た。
「君、名前は?」
「白山姫奈子と申します」
「姫奈ちゃんね」
「……」
いきなりの愛称呼びで、思わず返答に困った。前は、硬くて冷たい声で『白豚サン(嘲笑)』って呼んでいたくせに。
「さっき話そうと思ったのに、すぐいなくなっちゃうからさ」
「すみません」
「怒ってるわけじゃないよ」
怒ってると思っているわけじゃないけれど、なんて答えたらいいのか分からない。
前世との対応の違いに戸惑う。私以外の女の子には、こんなに優しいのかと気が付かされて、グッサリ胸がえぐられた。ドンだけ私は性格ブスだったんだろう。
これも天罰なのか? 神様のドS!!
「僕、八坂晏司」
しってるわ。毎月買っているティーンファッション誌『きゅう♡てぃぃぃん』で、月間コーデネイトの彼氏役で出てるもん。知らない女子なんていない。
「存じております」
「あれ? 知ってるの?」
意外そうに私を見た。ファッションに興味ないダサい女だと思ったのだろうか。
着物はともかく、ドレスにはそこそこ自信があったんだけど、地味にショックだ。
「『きゅう♡てぃぃぃん』を拝読しております」
「ああ、なんだ、そう」
八坂くんはニヤリと笑った。
「晏司って呼んで?」
「……」
思わず思いっきり眉をしかめてしまう。
いきなり馴れ馴れしいのは、こんな子供の時からなのか。プレーボーイは生まれつきらしい。
それを見て八坂くんは噴き出した。
「浅間さんと姫奈ちゃん、お人形みたいに可愛かったよ」
「ありがとうございます」
お世辞に礼を返せば、にっこりと笑われた。
「君みたいな子、僕は好きだな。次に会う時には晏司って呼んでね」
それだけ言うと、八坂くんは席を立った。
は? へ? 好き??
いきなりの出来事で驚いて顔が熱くなった。好きだなんて言われ慣れてないから戸惑いが隠せない。しかも相手は人気モデルの八坂くんだ。
こっわ! プレーボーイ強すぎる! こっわ!
「お嬢様?」
綱が見咎めるように私を見た。
「……ちょっと、ビックリしたのよ」
頬を押さえて、言い訳するように答える。
「社交辞令ですよ」
「分かってるわよ!」
相変わらず無礼者だ。
「本当にわかってるんですか?」
「煩いわね、勘違いしたりしないわ」
ムシャクシャとして、皿の中の手毬寿司を口に放りこむ。
「……あら? これってうちのお店かしら?」
お父様の経営している飲食店は多岐にわたる。その中の一つに高級料亭があった。そこにはよく、お稲荷様用のお稲荷さんを注文したりしていたのだ。
「わかるんですか?」
「自信はないけれど、似ている気がするわ。お酢の香りとか……」
「酢の香りで店がわかるのか」
突然振りかかってくる災厄。今度は氷川和親だ。
八坂くんのたった席に、入れ替わりの様に座ってくる。なんなんだ。社交家か。さては帝王教育の賜物だな?
立派だとは思うけれど、正直今は放っておいて欲しい。早く浅間さんの元へ行け!
「いえ、もしかしたら、と思っただけで自信はありません……」
「どこの店だと思った?」
間違っていたらとんだ大恥だ。
「いえ、そんな、間違っていると思いますので」
「言ってみろ」
高圧的な態度に渋々と答える。これが昔はかっこいいと思えてたのに、今は怖いだけだ。キリキリと胃が痛くなる。
「『偕楽』のものに似ているかと思いました」
「合っている。すごいな」
氷川くんの答えにほっとする。
「食べ慣れているものでしたので、偶々です」
「そうか。この手毬寿司は好評だぞ」
「ありがとうございます。私の父の店なのでお使いいただけて嬉しく思います」
「ああ、白山さんだったな」
「はい」
さすが帝王学を身につけている。一度のあいさつで名前を覚えてくれているとは思わなかったから驚いた。この頃から氷川くんは優秀だったのだ。
「そう言えば、さっきは晏司と話していたが、仲が良いのか?」
「いえ、今日初めてお目にかかりました」
「ふん、そうか。どうだ?」
「どうだとは?」
意味が分からず問い返す。
「いや、なんでもない」
氷川くんそう言って笑った。意味が分からない。
「四月からは同じ中等部なんだろう?」
「はい」
「仲良くしてくれ、よろしく頼む」
屈託のない笑顔でにっこりと笑われ、手を出された。
恐る恐る手を取れば、ギュッと手を握りこまれた。
思いのほか強い力で戸惑う。
こんな風に手をつないだのは、いつぶりだろうか。ずいぶん手なんかつながなくなっていたと、今更になって思う。
顔が熱くなる。ドキドキと心臓が音を立てる。やっぱり好きだったな、そう思った。
「こちらこそよろしくお願いいたします」
ぺこりと頭を下げれば、氷川くんは去っていった。
一体何だったんだ? これも神様の仕業なのか? どちらにしても恐ろしい。
私は大きくため息を吐き出した。
綱がマジマジと私を見ている。
「社交辞令ですよ」
「分かってるわよ!」
本当に無礼なんである。