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【5巻電子書籍&POD化】神様のドS!!~試練だらけのやり直しライフは今日もお嬢様に手厳しい~  作者: 藍上イオタ@完全無欠の悪女です2月下旬発売
中等部二年

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46.お田植え 1


 芙蓉学院中等部二年生の一大イベントは、年間を通しての稲作である。稲作についての下調べ学習をし、実際に提携農家と稲作をするのだ。

 一学期の初めにあるイベントは田植えである。


 私は気合が入っていた。


 提携農家は、隣県にある棚田だ。そこでは棚田の景観とブランド米を守っている。そのお米が美味しいのだ。

 一年間の学習が終わると、新米を各自一キロずつ配られる。その美味しさといったらなく、前世の私は稲作体験後に取り寄せようとした。しかし。学習態度の悪かった私は、取り寄せを断られたのだ。ショックすぎる。


 今回は一生懸命働いて、農家さんと仲良くなって、どうにか取り寄せができるように頑張らなくてはいけない。

 そう心に決めたのだ。


 だって、新米塩おむすび、メチャメチャ美味しかったんだよ? うちの専属農家になって欲しいくらいだよ。


 そんなわけで、私は農業用の麦わら帽子を購入し、UVカット用メガネ、軍手、長靴(長いやつ)も用意して、汚れてもいい去年のブロンズラインの体育着に身を包み、汚れてもいいタオルを首に巻き、田んぼの前に立っている。


 二階堂くん、写真撮るの止めなさいよね?


「姫奈ちゃんはこんな格好も着こなすね!」


 八坂くんが軽薄に褒めてくれる。はいはい、アナタは自分のクラスに戻りなさいよ。


「本当、よれよれの体育着がお似合いです事! 振る舞いが二年生シルバーより一年生ブロンズって感じですものね!」


 ほら、新品の体育着を着た大黒典佳まで来るじゃないか。あっちいけよ、Uクラス。


「ありがとうございます。わざわざ新しい体操服のラインにあわせて、シルバーのリボンでそろえるほど気合の入っている方に褒められるなんて、思っても見ませんでしたわ!」

「わ、わざわざじゃないわよ! 偶々よ!」

「ええ、そうでしょうとも!」


 大黒さんへ優雅に微笑み返せば、あからさまに舌打ちされた。大黒さんの後ろでは、その様子を見て長身の男の子がクスリと笑っていた。


 ……うん、控えるべきだった。

 




 棚田の前に並んで説明を受ける。


 ここの棚田は、日本のバリと言われている。小さな棚田が山際に積み重なる姿が美しく、古い日本の稲作風景を醸し出しているということで、景観保護をされている地域だ。

 しかし、棚田は一つ一つが小さいうえ、手で積まれた古い石垣が脆いので、大きな機械は入らない。農作業は手仕事になるのだ。効率や生産性を考えればとても悪い。

 そんな理由から、農作放棄地になりそうな棚田を、地域の青年部が保護し、子供たちの体験の場として用意してくれているのだ。


 芙蓉学院に棚田を貸してくれているのは、早乙女さおとめさんという六十代くらいの農家の夫婦だ。年間を通しての管理と、農業学習の際の指導を行ってくれている。

 早乙女という名前に似合わず、日に焼けた小太りの夫婦で、この土地の訛りも酷い。前世では、ジモピー、と影でクスクス笑っていた。この早乙女のおじさんは、言葉もきつくて都会のもやしっ子には相当怖い存在だった。


 小さな棚田には、すでに水が張られていてキラキラと輝いている。気持ちのいい五月晴れだ。上手になった鶯の鳴き声が山の合間に響き渡る。

 もちろん日焼け対策はバッチリしてきた。前回は泥が飛んだところだけ日に焼けずに、白くなりブツブツ文句を言った記憶があるからだ。


 そう、本日はお田植えである。稲の苗までは早乙女さんが育ててくれていたので、これを生徒が手植えするのだ。


「作業中は危ないのでふざけない事。良いですね?」


 学年主任の先生の声かけに、生徒は返事をする。


 お田植えが始まった。


 田んぼ一つ一つが小さいので、クラスを二つに分けている。私は二階堂くんや氷川くんと同じ田んぼだ。

 自分の分の苗を携えて、泥の中に入る。思った以上に飲み込まれる足の感触。長靴越しでもわかる水の冷たさと、それに反する泥のぬるみ。一歩進もうとしてもなかなか前にすすめない。泥の重みが大地の力強さを感じさせる。

 キャーキャーと歓声が上がる。自然を身近に知らない私たちは、これだけで楽しい。不安定な感触に、懐かしくて、でもちょっと不愉快な泥の匂い。水面を反射する日差しが肌を焼く。


 指導にしたがって緑の苗を植えていく。苗の時点では草にしか見えないが、これが実れば美味しいご飯になるのだから不思議だ。


「真っ直ぐ植えろしね! 刈る時えらいのはおまんとーだからな!」


 早乙女さんの怒鳴り声が響く。方言の意味が良くわからないが、曲がっていて怒られていることはなんとなく伝わった。


 それにしても、「しね!」って何? すごい怖い……。まさか死ねではないだろうけど、「しろ」なのか「するな」なのかいまいちわからない。文脈からすれば「しろ」だよね?

 男子たちは「おまんとー」のところで顔を赤くして俯いてるし。なぜ?


 早乙女さんの奥さんは、優しく苗の植え方を教えてくれる。

 泥に怯む私たちに寄り添って、苗への指の添わせ方などを指導してくれるのだ。


 ズゴズゴと音を立てる泥水が可笑しくて笑いながら、泥だらけになって田んぼを歩く。笑い声が山際に反響して何とも気持ちが良い。

 やっとの思いで自分の一列を植え終えて、腰を伸ばす。


 うん、イイ感じじゃない?


 二回目だけあって、他の子よりは上手くできた気がする。満足していれば、二階堂くんがスマホを取り出した。二階堂くんも終わったらしい。自分の列をゆっくりと撮影している。


 何、防塵防水なのそれ?


 こちらの方にもカメラを向けたので、手を振ってみた。そのとたん背中から、ドンと押されて油断していた私は無様に泥へとツンノメる。


 べちゃ。


 何とも言えない泥の弾力。飛び散る水は、朝に比べてずいぶん暖かくなったんだなぁとか……じゃない! 顔まで泥だらけだ。まぁ、顔から突っ込んだし、眼鏡が鼻に食い込むし、泥で真っ黒だ。


 水を吸って重くなった体操服でモタモタと起き上がる。

 立ち上がろうとして勢いをつければ、逆にしりもちをついた。


「大丈夫?」


 二階堂くんの驚く声。動画を撮影しながら手を差し出してくれるけど、どう考えたって、その手を掴んだら道連れ確定だとは思わないのか?


 優しいのか、頭が悪いのか。ゴメン、優しいんだよね。


 私は差し出された手を掴むのを手を振って遠慮した。

 

「あらー、ごめんなさいね? それにしてもすごい恰好」


 大黒典佳の笑いを含んだ謝罪。


 心配してくれる声と、笑い声が重なる。


 惨めな気分になりながら、まぁ、笑われるよね、と思った。

 悪意のある笑いじゃなくて、思わずといった笑いが多いので、怒って空気を壊すのも怖かった。

 悔しいけど笑われておこう、そう自分を納得させる。


「やっちゃった!」


 道化を気取ってヘラヘラと立ち上がってみれば、せっかく真っ直ぐ植えた苗が横倒しになっていて、慌てて苗に手を伸ばした。

 早く直してしまおう。早乙女さんに見つかったら怒られ……。


「なにょーちょびちょびしてるだー!!」


 雷鳴のような早乙女さんの声が、山際に反響した。時すでに遅し。


 ビクリと皆が体をこわばらせた。バサバサと鳥が飛び立つ。

 怒られ慣れている私ですら、こんなふうに怒られたことなんて、親にも先生にもない。他のお嬢様方にすれば、いわんやをや。

 

 今まで笑い声の溢れていた田んぼの空気が、シンと凍り付いた。


 ピーヒョロロロ……と、鳥の鳴き声が響き渡った。田んぼの中に鳥の影が流れるように渡っていく。その姿がその声が、やけにクッキリと感じた。


 怒られ耐性のある私が、まず初めに我に返る。


「あ、すいません、すぐに直します!」


 慌てて笑って直そうとすれば、ものすごい勢いで駆け寄って、私を思いっきり担ぎ上げた。


「笑って良いこんといけんこんの区別すらつかんだか! このボコは! 仕事中にふさけるじゃねーって幾度も言ったら!! 泥ん目に入って目ー見えんくなったら誰ん責任とるつもりで! いなこんしてるじゃぁねーど!! この大馬鹿め!!」


 そう言って大黒さんを叱りつけ、私を抱えてズンズンと歩き出した。


「あ、あの」

「早く風呂だ! 風呂!」

「でも、汚れ」

「でもじゃねーわ、この小ばか」


 私はグッと唇を噛んだ。

 

 怒鳴られた上に、俵のように担がれながら、それでもなんだか嬉しかったのだ。あそこで怒ってくれたことが。

 笑わなくてもいいんだと、怒ってもいいんだと、そう教えてくれたことがうれしくて、分厚い背中をぎゅっと掴んだ。





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