45.春の経済勉強会
初夏の薫りが近づいてくる。
今日は淡島先輩と経済勉強会だ。三月の期末決算終了後ということで、決算報告書の読み方を教えてもらう。時期が少し遅れてしまったのは、淡島先輩が生徒会長に就任したため、四月は何かと忙しかったからだ。
芙蓉学院の生徒会執行部は、生徒会長一名、副会長は男女各一名、会計、書記、庶務で構成されている。役職は初等部、中等部、高等部共に同じだ。
会長と副会長は立候補制で選挙が行われ、その他の役職は会長からの指名制である。
今年の生徒会長は淡島先輩で、女子の副会長は葵先輩が就任した。男子の副会長と書記と庶務は三年生。会計は唯一の二年生、氷川くんだ。
生徒会執行部は、制服の指定ベストの着用が免除され、好きなベストを着ることができる。そんな自由を許された特権階級という意味で、生徒会はBESTと呼ばれている。
それに憧れて生徒会を目指す人もいる。
今日の淡島先輩のベストは、グリーンのニットで同色のダイヤ柄だ。派手な男の子などは赤や黄色、水玉なんかも着ている人がいて、一目で生徒会だと分かるのだ。一緒にいればそれだけで振り返られる。
今日の勉強会も図書館の入り口付近の歓談スペースで行う。前回の勉強会では葵先輩に誤解されてしまったので、それを避けるために綱の同席も許可して貰った。
相変わらず、教え方が上手な淡島先輩に期末決算について詳しく教えてもらう。そして、アプリゲームでの運用を淡島先輩に評価してもらい、実際の口座開設に向けて勉強をしているところだ。
綱も興味を持ったようで、一緒にアプリを始めることになった。早速白山フードサービス関連の株を買っていた。
っていうか、それ暴落する予定の株だよ?
「も、もしかして、うちの株に興味あったりするのかしらぁ?」
上ずった声で思わず問えば、綱は当たり前だと言う顔で頷いた。
「だ、だめよ? 白山関連株なんて買ってはダメよ?」
「どうしてですか?」
綱が不思議そうに小首をかしげた。サラリと黒い前髪が揺れる。なにそれ可愛い。じゃない!
「暴落するに決まってるわ!」
正しくは、そこの淡島先輩が暴落させるのだ。
「白山さんは面白いこと言うなぁ?」
淡島先輩が眼鏡の奥を光らせる。こ、怖い。
「何か不安要素があるんだ?」
「いえ、根拠はないですけど、いやな予感が……」
「兆候でもある? ボクの知っている限りでは順調だけどね?」
やっぱり、この人チェックしてる! 買ってる! 絶対買ってるよ!
「い、今は順調でも、いつどうなるかなんて分からないですもの」
特に、三年後とか? 三年後とか? 三年後だよ!!
挙動不審な私の答えに、淡島先輩が不敵に笑った。
「まぁ、だからこそ自社株は信頼できる相手に持っててもらった方がいいよね」
「そうなんですか?」
問い返せば、淡島先輩は優しく頷いた。
「M&A対策にね。三分の一を一人に保有されると、重要決議に反対されて面倒だから」
お、おう。
「そうですか。逆に言えば株を三分の一以上取得すれば、重要決議に介入できるんですね」
綱が淡島先輩に確認した。
淡島先輩が優しく笑って頷く。
「そう。ただ特定企業の株を一定割合以上取得するつもりなら大量保証券取引法の規制を受けたり色々と制約があるから、気を付けないと面倒なことになるよ」
「勉強になります」
綱よ、目をランランとさせるな。
……え……、もしかして、買収考えてないよね?
「綱は経済に興味があるのね?」
「そうですね。面白いと思います。今日はありがとうございます」
「そ、そう。それは良かったわ」
変な笑いになっていないだろうか?
味方になったらこれほど心強いことはないが、敵になったら怖すぎる。顔が引きつってくる。
「生駒も秋には口座開設してみようか」
「よろしくお願いします」
綱も一緒に口座開設してくれるなら心強くはあるのだが、何やら雲行きが怪しい気もする。
「そういえば、白山さんは委員会どこ?」
思わず私が考え込んでいれば、話題を変えるように淡島先輩が尋ねて来た。
「美化委員会になりました!」
私はパッと顔を上げた。
ある野望のために、去年の秋から立候補しようと思っていた委員会である。
その野望を現実化するために、生徒会の淡島先輩に、許可を取っておきたいことがあった。
先輩から話題を振ってくれた今がチャンスかもしれない。
「あの、これって生徒会の許可がいるのか分からないのですが……」
上目づかいで聞いてみる。
淡島先輩は、うっすらと目を細めた。
あ、ちょっと不愉快そう。これ、公私混同とか思ってるかも。まぁ、公私混同だけど。
「なに?」
でも、声はあくまでも優しい。ならば、気が付かないふりをして強引に押し通す。それが白山姫奈子流我儘を通す方法である。
「あの……芙蓉館から温室の間にあるベンチの件で相談というか……お願いというか……」
「ああ、あの裏のイチョウのベンチね」
「はい! あの、秋にあそこの美化活動をしたいと思うんですけど」
「うん」
「銀杏拾ってもいいですか?」
淡島先輩は固まった。綱は大仰にため息をついた。
「銀杏?」
「はい、銀杏です!」
去年、石焼芋鍋で銀杏を焼いてみて、すごく美味しかったのだ。そこで調べてみたら、銀杏て意外にお高いのね?
前世ではまったく気にしていなかったが、少しずつ自分で料理をするようになって食材に興味を持つようになった。昔は、焼き芋が食べたいと言えば、焼き芋が出てきたが、よくよく調べていればサツマイモにも品種があった。品種ごとに食べ比べてみれば、味が見事に違うのだ。また金額も違う。そんなことに気が付いた。栗もだ。
そういう目で見てみると、サツマイモの体積と比較して、いかに銀杏のコスパの悪いことか! しかし、銀杏も食べたい。コストを取るか、味覚を取るか……。
そんなふうに思い悩んだ昨年の秋。
たまたま私はあの銀杏並木で、黄金に輝く臭い木の実を踏みつけた。車の中まで匂ったあの香を忘れない。あの短い秋のほろ苦い思い出。厭われて、ただうち捨てられる運命の木の実を私が救ってあげられたらいいのにと、そう思ったのだ。
「白山さんが拾うの?」
淡島先輩はクスクスと笑っている。
「はい! 拾った分は持って帰ってもいいですか? 綺麗に洗ってから三割生徒会へお持ちします」
「銀杏を?」
「だって、銀杏、高いんですよ? 焼き銀杏の方が良ければ、焼いてお持ちします」
真剣に持ち掛ける。
「うん、わかったいいよ。焼き銀杏にしてから持ってきて」
「ありがとうございます!」
「ただし」
淡島先輩が、ニヤニヤとして言葉を区切った。
「ただし?」
「契約書を書いておいで」
「契約書?」
「そう、契約書を書く練習をしよう。白山さんと生徒会の間で一年更新の契約を交わすんだよ」
……こんなことまで、勉強ですか。なかなか勉強熱心ですね、淡島先輩。
「他の方の前例はありますか? 草案があれば助かりますのでいただきたいと思います」
「前例はないよ。だから、ひな形は自分で調べること」
「自分で、ですか?」
「うん。秋までに契約を締結できるように。頑張ってね、白山さん」
淡島先輩は、とても楽しそうに笑った。
それから私は綱の力を借りて、契約書を作った。何度か淡島先輩にダメだしを食らいながら、二人で頑張った。すべては、秋の焼き銀杏のためである。
やっとの思いで契約を締結。先輩はご丁寧にも生徒会の割り印を押してくれた。
私は契約書を胸にギュッと抱き締めた。初めて自分で結んだ契約書だ。ごっこ遊びだったとしても、とても嬉しかった。







