44.お花見
入学式から日がたち、だんだんと学校生活もいつも通りとなって来た。
ただ、一年生の時と違って、後輩がいるというのは何とも新鮮だ。私は校友会に入っていないので自分自身の後輩はいない。けれど、学校ですれ違うまだ幼さの残る一年生たちを見るとなんだか可愛らしいと思ってしまう。
そしてなにより変化したのは八坂くんの周囲である。
一年生の女子たちが、遠巻きに八坂くんを見ている様子が、なんというかあからさまなのだ。
校庭を歩いていれば、窓から歓声が響く。休み時間に、二年生の階にまで覗きにくる子たちもいる。八坂くんは、話しかけられる以外は気が付かないふりをしているが、去年よりも格段に賑やかになっているのだ。
去年だってそれなりにおとり巻きがいるとは思っていたのだが、上級生や同級生達は、八坂くんの学校生活のことも考えて遠慮していたのだ。イベントごとでの応援したりはあったけど、歩いただけで叫んだりはしなかった。
下級生はその遠慮がない。多分、アイドル化されてしまっているのだろう。
トイレに行くにも、「お花摘みに行かれたわ」なんて囁かれて、ちょっと不憫でもあった。トイレだっていくさ、普通の人間だもん。
「ひーなーちゃーん」
帰りがけに綱と歩いていたら、八坂くんに声をかけられた。
周囲の一年生女子が一斉に私を見る。完全に表情が、「アイツ何者?」で怖い。
「なんですか?」
「今日、芙蓉館に来ない?」
「行きません」
綱が即答する。
「生駒には聞いてないし、生駒は帰れば」
八坂くんはニヤニヤと笑った。
綱はムッとして八坂くんを睨みつける。
「何かあるんですか?」
「浅間さんのお宅から芙蓉館に桜が来てるんだ。お花見しない?」
「わあ! すごいですね」
そんなこと知らなかった。綱は一言も話していなかったし。そう思って綱を見れば、綱は惚けたようにそっぽを向いた。
さては意図的に隠してたな?
八坂くんは呆れたように鼻で笑う。
「ねぇ、綱、今日は芙蓉館に行ってもいいでしょう?」
「お花見なら週末にしたでしょう?」
綱が答えれば、八坂くんが挑発するように笑った。
「別に生駒に許可取る必要なくない? 保護者でもあるまいし」
綱がカッと顔を赤らめる。
「だっていつも綱と一緒に帰ってるから」
「今日は生駒に先に帰ってもらえばいいだけじゃないの? 姫奈ちゃんは自分の家の車で帰るんだから問題ない」
そう言われれば、それまでだ。私は困って綱を見た。
芙蓉館のお花見は興味がある。きっと詩歌ちゃんもお花の配置に関わっているだろう。
だけど、綱と一緒に車で帰りたい。
「……綱、ダメ?」
綱は大きく、長ーくため息を吐き出した。
「分かりました、お付き合いします」
なーんだ、つまんないの、八坂くんが意地悪に笑うから、綱は盛大に顔をしかめた。
そういうところだぞ? 八坂くん、キミが綱にイジメっ子認定されてるの、そういうところだからな?
コソリと「きたり」という言葉が遠くから聞こえて、久々に前世での肩身の狭さを思い出した。何か少しでも目立つようなことをすれば、コソコソ、でも確実に聞かせるために言われた言葉だ。
それは今でも変わらないらしい。
外部生であることは事実だし、気にしても仕方がないので、聞こえなかったことにした。
久々に顔を出した芙蓉館は華やいでいた。カフェスペースの中央に、大きな鏡が敷かれ、その上に枝垂桜の大きな盆栽が運び込まれている。その周囲にはソメイヨシノや八重桜、名前は知らないが黄色い花が添えられていて、まるで水鏡のように川辺の風情を醸し出している。
「すごーい!!」
声をあげれば、花を動かしていた詩歌ちゃんが顔を上げた。最後の微調整だったのだろうか。
丁度鏡の上に、小さな八重桜の花が一振り落ちていたので拾い上げる。
「はい、これ落ちてたわ」
「ありがとう、でも、もうこれは使わないの」
詩歌ちゃんが残念そうに言ったから、詩歌ちゃんの耳の上に桜の枝を挟んだ。うん、おかっぱ髪の詩歌ちゃんによく似合う。
「かわいい」
満足してそう言えば、詩歌ちゃんは嬉しそうに笑った。なにそれ可憐。
「姫奈ちゃんは浅間さんが好きすぎじゃない?」
そばで見ていた八坂くんが笑う。なんだよいいじゃないか。
詩歌ちゃんの手元を見れば、捨ててしまうと思われるお花が袋に入っている。
良いことを思いついた。
「それも捨てちゃうの?」
「ええ」
「だったら、他の方の髪にも挿しちゃいましょう!」
「それ素敵ね!」
まず初めに明香ちゃんを捕まえてその髪に花を挿した。今年同じクラスになった桝さんは戸惑った様子だったけれど、強引に押し付ければそれでも控えめにだったが喜んでくれた。
緊張気味の一年生の女子たちにも声をかけて挿してゆく。一緒に八坂くんも付いて回るから、一年生たちの目はハート型だ。
余り物の花なのに、皆が笑顔になる。
「お花の力ってすごいわね」
しみじみと詩歌ちゃんに言えば、詩歌ちゃんは微笑んで頷いた。
途中で淡島先輩に冷やかされたので、淡島先輩には中でも立派な枝垂桜を手渡した。絶対に似合うはず。
「なにこれ。ボクにくれるの?」
不思議そうな顔をしたから、チッチッチと指を振る。
「葵先輩に、ですわ。淡島先輩お願いいたします」
こっそり耳打ちすれば、淡島先輩が顔を赤らめた。
うわ、意外!
「なんで、ボクが」
「一二年だけで盛り上がっていて三年生に申し訳ないので……。私からだと不躾かと思いますので、是非先輩にお願いします」
ビっと頭を下げれば、仕方がないなぁ、なんて淡島先輩がぼやく。
「私からなんて言わないでくださいね! 芙蓉でもないのに図々しいと思われたら困ります」
一応釘をさしておく。「きたり」と陰口されたばかりなのだ。
はいはい、なんて淡島先輩は言いながら、葵先輩の元へ歩いていった。
ここからは話し声が聞き取れないが、桜の花を見せて葵先輩の髪に挿してあげている。
葵先輩は驚いたように目を見開いて、そして頬を紅潮させて微笑んだ。小さく頷く葵先輩に、淡島先輩が何か囁いた。
うわぁぁぁ! 美男美女カップル、破壊力半端ない!! 花が舞ってる!!
「ちょっと見た!? 綱! すごくない? あの二人素敵じゃない?」
思わず興奮して綱の腕を引っ張れば、綱は呆れたように笑った。
八坂くんも可笑しそうに笑う。
淡島先輩達のやり取りに触発されたのか、三年生もやってきて花を欲しがるので、詩歌ちゃんが袋を差し出す。そこかしこで、花を贈りあっていて芙蓉館の中がホンワリとした。
「では私から姫奈に」
綱が黄色い花を私の髪に挿してくれる。
「ありがとう!」
「じゃあ、僕からも」
八坂くんは桜の花を私の髪に挿してくれた。
「ありがとうございます」
思わず顔がニマニマとしてしまう。
「男の人から花を貰うなんて初めてだから嬉しいわ、二人ともありがとう!」
感謝を込めて元気よくお礼を言えば、二人は顔を見合わせて苦笑いをした。
なぜ?
「え? モテなくて可哀そうだとか思ってます? 思ってますね?」
「いえいえいえいえ」
八坂くんは笑いをこらえている風で、全然こらえ切れていない。
「なんというか、姫奈ちゃんは、なんか残念なんだよね」
「同情ですか? それはやめてください……」
「姫奈はモテなくても大丈夫ですよ」
綱がニッコリ笑ってフォローしてくれるけど、思わず憤慨してしまう。
「大丈夫じゃないと思うわ!」
「大丈夫です」
キッパリと答える綱に、八坂くんが笑った。
「モテちゃったら保護者は心配だもんね」
「保護者ではありません」
綱が不愉快そうに答えた。
「黄色い花はレンギョウというの。花言葉は『期待』、桜は『優れた美人』なのよ」
詩歌ちゃんが、イタズラっぽく教えてくれた。
「素敵……だけど、荷が重いわね?」
思わず頭を抱えたら、皆に笑われてしまった。
◆誤字脱字報告で、「きたり」の意味がわからないとの連絡を受けました。
『きたりの方』は外部生を表す芙蓉学院内の隠語(https://ncode.syosetu.com/n9239ex/14/)です。「の方」を略すことでさらにバカにしています。







