4.二度目の出逢い 1
今日のパーティーは、氷川財閥の経営するホテルでのガーデンパーティーだ。早春の木漏れ日の中、たくさんの子供たちが集まっている。財界人の子供たちの、中等部に上がる前の顔見せに近いのかもしれなかった。
私は氷川くんに型通りの挨拶をしてから、綱と一緒に隅の方で目立たないようにしていた。
遠くで囲まれている氷川くんは、子供の頃から凛としてご立派だ。
その輪の近くには、八坂くんを取り囲む女の子たちがたくさんいた。
八坂くんは、ハーフだけあってそれは目立つ。私よりももっと茶色いクリーム色の髪は、クルクルとした天然パーマ。でも手入れがされているのだろう。光を反射してとても綺麗だ。子供の頃からモデルをしているだけはある。
でも、性格はきついんだよね。
私は特にキツク当たられた。性格ブスが地雷なだけあって、デブ、ブス、みっともない、と正面切って言われていたのだ。あの人だって、人のこと言えないくらい性格ブスだと思う。
私は自然とその輪から距離を取る。わざわざ近寄って痛い目にあいたくはない。私はどちらかというとSだ。イジメる方が好きだ。まあ、それでザマァされたわけだから、気を付けなければいけないけれど。
綱は黙って後ろから付いてきた。
ぼんやりと飲み物を飲んでいると、ドンと押されて思わず顔に飲み物がかかった。
うん、グレープジュースだったなこれ。
そして思い出した。
前世もそうだった。後ろからぶつかってきた女の子がいたのだ。私はその時これを好機と泣き出して、ワザと同情を買って氷川くんの目を引いた。
その効果はてきめんで、氷川くんのご両親は着替えを持っていなかった私に、ホテルにあったドレスを買い与えてくれたのだった。
それをきっかけに、氷川家と白山家はつながりを持つことになる。その辺は両親の手腕なのだと思うけれど。
しかし、今回はダメだ。
ムカっとしたが、我慢する。性格ブスになっちゃだめだ!
「すみません。大丈夫ですか?」
相手の女の子はオロオロと困ったような顔をして、慌てて胸から帖紙を取り出した。
「ああ、こんなものでは何の助けにもなりませんね」
弱り切った顔をしている。
息を飲んだ。この子はきっと。
浅間詩歌。
ドレスばかりの中に、白地に桃の花の振袖。それを着こなす小六なんて、他にいてたまるもんか。まるで市松人形のように可愛らしい。
驚きすぎて言葉も出ない。覚えていなかったが、この時の女の子は浅間さんだったのだ。
やっぱりこれは天罰だ。このタイミングで浅間さんに関われだとか、神様に試されてるとしか思えない。
綱がお手拭きをもらって来て手渡してくれる。ついでに小さく、お嬢様お返事を、と声をかけられハッとした。
「あ、ええ、大丈夫です……」
とりあえず取り繕う。ジュースはドレスにもかかっていて、紫の染みが派手に広がっている。
着替えを用意しておらず、前世は氷川くんからドレスを頂いたのだった。今回は逆に帰る理由ができてよかったくらいだ。
「帰ろうと思っていたところですから」
「そんな! もしよろしければ、私の着物を着ていただけませんか?」
真剣な瞳で見つめられて、ちょっと驚いた。
「かえって汚してしまってはいけませんので……」
「そんなことお気になさらないで」
「いえ、本当に大丈夫です」
押し問答をしていれば、何事かと視線が集まってくる。
氷川くんも八坂くんも私たちを見ていた。
ヤバい。目立ちたくなかったのに……。
「私の気持ちのためにも是非お願いします」
そう頭を下げられて、私は引き下がるしかなかった。このままでいて、氷川くんのご両親が出てきては困る。
「ではありがたくお願いいたします」
笑顔で答えたつもりだけれど、引きつってないだろうか。
私は浅間さんに手を引かれて、ホテルの更衣室に連れていかれる。そこには、振袖が一枚広げられていた。濃い紫の地に橘の柄が綺麗だ。浅間さんの着物と対になっているようだった。
「どちらにしようか迷って両方持ってきましたの。こちらでもかまいませんか?」
私は着物に無知だから黙って着つけられていく。髪まできれいに結い上げられ、まるでお姫様のようだ。
「ありがとうございます」
自分では絶対着ることない着物姿に、気分が上がって素直にお礼が出て来た。
「浅間詩歌と申します。先ほどは本当に失礼いたしました。ドレスはクリーニングに出してお返しいたしますので、お名前を教えていただけますか?」
「白山姫奈子と申します」
「芙蓉学院の方ではないですよね? 初めてお見掛けすると思いますので」
「ええ、桜庭女学園です。新年度から芙蓉学院に入学することになっています」
「まぁ! では、今度の四月から同じ学校ですのね。仲良くしていただけたら嬉しいわ」
浅間さんはにっこりと笑った。裏のない笑顔に思えた。花がほころぶように可愛らしい。
「こちらこそよろしくお願いいたします」
たどたどしく答えれば、浅間さんは私の手を取った。
「では参りましょう? 皆様に姫奈子さんをご覧になっていただかなくては」
自然と名前呼びをして、ウキウキとした様子で連れていかれる。履き慣れていない草履で、私はついていくのが精いっぱいだ。綱は無表情で付いてくる。
浅間さんと二人で庭に戻れば、ザワリと周囲の目が集まった。居た堪れなくて、肩が内側に入る。慣れない服装で自信がないから、おのずと視線が下に下がる。
「詩歌さん、そのお方は?」
女の子たちが物珍し気に集まってくる。
「白山姫奈子さんとおっしゃるの。先ほど私がドレスを汚してしまったから、着替えていただいたのよ。お似合いになるでしょう?」
屈託なく答える姿に驚いた。隠しておきたいだろう自分の不手際を隠そうともしない。自信があるからこその素直さ。羨ましくて憧れる。これこそが本物のお嬢様なのだ。
「ええ、とてもお似合いですわ」
「詩歌さんのお着物、うらやましいわ」
「桃と橘でひな祭りですのね」
口々に話しかけてくる。
「でも、私、着物を着るのも初めてで自信がなくて……」
そう浅間さんの正直さを真似してみて、素直に告白すれば、集まってきた子たちがクスクスと笑う。
やっぱり、成り上がりには土台無理だった。イイ子ぶりっ子も似合わないのかもしれない。
ハッキリと自分との差を見せつけられて、神様の計らいは残酷だと思った。
「着物を自信もって着こなせるのは詩歌ちゃんくらいのものだよ。服なんて、そんなこと気にしないで好きに着たらいい」
「エレナさま!」
浅間さんがエレナさまと呼んだ方は、年上に見えた。茶色いベリーショートでとても綺麗な長身の女性は、パーティーの席だというのにデニムを着こなし、明らかに他の誰よりもあか抜けていた。右目の下の涙ボクロが色っぽい。
そんな素敵な女の子に、自信満々に言い切られて、ホッとする。
「さぁ、背を伸ばして」
グッと背中を押されて、肩を開く。すると自然に胸の中に空気が入って、落ち着いてきた。
「そう。茄子紺がとても良く似合ってる」
にっこりと笑われて、心が跳ねた。トキメキってきっとこれだ。
この紫は、茄子紺という色なのか。博識で、思いやりもあって、堂々としている。
エレナさま……カッコイイ、こんな人になりたい。
「初めての着物がこのお着物?」
「素敵ね」
口々に褒められてうれしくなる。女の子に褒められるのがこんなに嬉しいだなんて知らなかった。以前の私にとっては、芙蓉の女の子は敵だった。引きずり降ろして、やり込める相手だった。
「ありがとうございます」
そう答えれば、柔らかい微笑がさざ波のように広がった。
「皆さん楽しそうですね」
声が響いてそちらを見れば、八坂晏司がいた。
イケメンの登場に、みんなが一斉に黄色い声を上げる。
以前の私は一心不乱に氷川くんを落とそうとしていたから、他の男子は見ていなかった。
そんなこともあり、あまり意識しなかったのだが、十二の八坂くんは危うい色気がある。子供のあどけなさの中に、大人になりかかっている力強さが顔をだす。怖くもあり、美しくもあるから厄介だ。
あれだけ邪険にされた過去があっても、ふとした瞬間にドキリと目を奪われる。
ヤバイヤバイ。
私は警戒して、一歩後ろに下がった。ずっと馬鹿にされてきたのだ。この姿も馬鹿にされるに違いない。折角エレナさまに慰めてもらった心を、わざわざ傷つけたくなんかなかった。
八坂くんは私をチラリと見たけれど何も言わなかった。とりあえず私はホッとする。
あっという間に八坂くんは話の中心になって、私はそっとその輪から離れた。