36.クリスマスパーティー 2
私たちはビュッフェコーナーにやって来た。
「大人同士の話はつまんないよね」
八坂くんは笑う。あえて引き離してくれたのだろうか。それならば、グッジョブである。
それにもう、今日は美味しいものを食べられたらそれでいい。
お目あては、なんといってもホテルのローストビーフ!
他にもミートパイとターキーもある。小丼の海鮮丼に、シュトーレン。キラキラと光るサングリアに、グリューワイン。エッグノッグはノンアルコールなのだろうか。真っ赤なブッシュ・ド・ノエルには、白い苺がたくさん載っている。
「わぁぁぁぁ」
思わず歓声を上げれば、八坂くんが吹き出した。私はそれに気が付かないふりをして、とりあえずはローストビーフゲットである。
「できるだけ厚くしてください!」
もう、食いしん坊キャラなのだ。何を気にすることがあろう。元気いっぱいに注文すれば、取り分けてくれるシェフは一瞬驚いた顔をして、静かに微笑んだ。そしてステーキのように分厚く取り分けてくれる。最高だ。
クスクスと笑う八坂くんを無視して、詩歌ちゃんとテーブルを探す。詩歌ちゃんと八坂くんのお皿には、良家の子供らしく薄切りのローストビーフがフリルのように重なっていた。
三人で目立たない席につき、待ちに待ったお食事タイムだ。分厚いお肉にうっとりとしながら、ナイフを入れる。
「本当、姫奈ちゃんは食べてるときが一番幸せそう」
八坂くんがなぜだか嬉しそうに笑った。
前世では、男の人の前で大食いするのは恥ずかしいと、あまり人前では食べないようにしてきた。あんなに太っているのに、人前で小食アピールしたところで説得力はなかったと今でこそ思うのだが、あの頃は大まじめだった。
私が太っているのは食べるからではないですよ、と。食べてないのに太っちゃうのは体質なんだから仕方ないでしょう、と。本当にそういう体質の人たちにしてみればいい迷惑だ。
しかし、実際は美味しそうなパーティーの食事が食べられなかった反動で、帰ってから似たようなものを求めたりした。だけど、食べられなかったものは、想像の中で美味しさを増幅されてしまい、何を食べても満足できなかった。そうして、他を求めて食べ過ぎた。
まぁそれで結局はデブス一直線だったわけですよ。
でも今は、別段小食アピールする相手もいないことだし、帰ってから食べたかったなんて思うくらいなら今食べる、そう開き直った。
まぁ、実際のところ、これだって言い訳かもしれない。だって、おいしそうなんだもん!
「食べるのは好きです!」
これは自信持って言える。得意教科だとか、特技だとか、趣味だとか、そんなことを聞かれても答えられないが、食べるのは好きだ。
「それに、本当に美味しいもの!」
付け合わせのマッシュポテトも絶品だ。
あんぐりと大口を開けて食べようとした瞬間、やって来た氷川くんと目が合った。驚いたように目を見開かれたから、慌ててフォークを下ろす。
うぎゃー!! 心臓に悪い!!
だって、前世ではひたすらこの人の前で小食ぶっていたわけだから、反射的に『見られた!』って思ってしまった。
気まずくなって、恐る恐る氷川くんを見れば、小さく笑われた。
ちょっとショックだ。いや、別に今はなんていう関係もないわけだけど、だからこそ、あんまり仲良くない男子に食事風景で笑われるのは恥ずかしい。
「分厚くて美味そうだな」
氷川くんに声をかけられて、改めて恥ずかしくなった。
やっぱやりすぎた。もう、こういうの神様見逃してくれないの? ちょっと欲張ったくらいじゃないか。いや、ちょっとじゃなかったか。
「美味しそうだったもので、欲張りました」
頭を下げる。
「どうだ? 美味かったか?」
「ええ! それは! お肉はもちろん美味しいですし、ソースのスパイスも絶妙な感じで。あと、マッシュポテトがクリーミーでバターなんでしょうか?」
「いや、俺はわからないな」
氷川くんに苦笑いされる。
それはそうだ、知るわけない。馬鹿すぎる。
「すいません……あの」
「いや、気持ちがいい。そんなに喜んでもらえるなら本望だろう」
ニッコリと微笑みかけられて、心臓がキュとなる。
ああ、この人のこの顔が好きだった。ちょっとぶっきら棒な物言い。だからこそ、それが褒め言葉であれば、真実に聞こえたし嬉しかった。
「和親も休憩?」
八坂くんが氷川くんに尋ねる。
「ああ、俺も何か食べようと思って」
見れば氷川くんは海鮮丼を持ってきていた。結構ガッツリいくらしい。
「あー、なかなかに今日はハードだよね」
保護者が、と八坂くんが小さな声で付け加えた。
私も苦笑いする。
「うちの母がすいません」
「意外だったよね。姫奈ちゃんのママ、ミーハーなんだ。姫奈ちゃん興味なさそうだったから、そういうの厳しいうちなのかと思ってた」
「いいえ? 母が買ってくる服は八坂くんのモデルを務めたことがあるブランドのものが多いですし」
「へぇ……それで? 今日の髪飾りと同じラペルピン、今期のパンフレットで僕もつけたよ。気に入ったから買い取りして、今日着けてるんだ。シンプルだけど豪華でいいよね」
ニッコリと微笑んで、自分の襟元のラペルピンを撫でてから、私の髪のリボンに付けられたオーロラ色の星型ブローチに触れた。
お母様……、余計なことをしてくれた。これじゃあ、八坂くんと色違いじゃないか!!
八坂くんはクリスタルのスワロフスキーだ。まるでリンクでもさせているみたいなおソロ具合である。
私は思わず手を振った。
「わぁ、グウゼンでウレシイワ! あ、でも、私にファンサはいらないので。どうせなら母にしてやってください」
そう言えば、詩歌ちゃんが噴き出す。
八坂くんは、片眉を上げて軽く睨んだ。
なんだよ、営業しなくていいんだから喜んで欲しいよ。
「白山さんは晏司が嫌いなのか?」
氷川くんに聞かれる。この人、本当に直球だな?
八坂くんが咽る。
「ちょっと! 和親!!」
珍しく八坂くんが焦った声を出す。人気商売なのにそっけない態度は地味にキツイのかもしれない。
「あの、なんていうか、ファンではないので特に営業していただかなくても嫌いにはならないですよ、って意味で。あの、普通です。普通」
どちらかというと嫌われたくはないが、それは怖いからで好かれたいわけではない。友達になれたらいいのかもしれないが、そこまで高望みをする気もない。普通でいいのだ。知っている同級生。好きでも嫌いでもない。クラスが別れたら忘れられる、そういうクラスメイト。それでいい。
八坂くんはそれを聞いて大きくため息をついた。
気分を害したかもしれない。それはそれでよくないぞ。フォローしとかなきゃ。
「あ、あの? 八坂くん? あの、悪い意味じゃないですよ? なんていうか、上手く言えないんですけど」
「うん、わかった。姫奈ちゃんの言いたいことは理解しましたよ」
八坂くんが営業用の顔で笑う。多分、怒ってる?
「あの、だからその、営業スマイルいらないです……から怒らないで、欲しいな、とか……えっと、ごめんなさい。良くわからないんです。芸能界のこととか、変なこと言ってたらごめんなさい」
さっさと白旗を上げる。もう何を言っても無駄なような気がした。
「別に怒ってないよ」
八坂くんは脱力したように笑った。営業用ではない笑顔でホッとする。
「珍しいと思っただけだろう? 晏司」
氷川くんが八坂くんに尋ねる。
「そう、正面切って言われたのは初めてだからびっくりしたっていうか。意外? ほら、僕のこと嫌いな人は陰で言うしね」
「嫌いじゃないですって!!」
慌てて訂正する。そこは誤解されたくない。
「嫌いじゃない?」
「嫌いじゃないですよ。ファンじゃないだけで。普通にイイ人だと思ってます。お仕事頑張って学校も頑張って、真似できないなって思っています」
「うん、知ってた」
「だったらいいじゃないですか……」
またいつもの悪ふざけだ。脱力してしまう。
「うん」
八坂くんは納得したようだった。
まぁいいご飯を食べようじゃないか。ローストビーフを食べたら何にしよう。
「ターキーって美味しいんですか?」
食べたことがないから聞いてみる。
「どうだろうな」
氷川くんもまだ食べてないようだ。
「僕はチキンの方が好きだけど」
八坂くんが応える。
「私はお寿司にしようかしら?」
詩歌ちゃんはご飯ものに行くらしい。
私はどうしようかと相談しながら、みんなでワイワイと食事をした。







